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第七章 波羅蜜多仕事人 二

 そんなこんなで、話は進む。

 悪徳商人に依頼されたガラの悪い連中が地上げ目的で茶店を襲撃し、そのついでとばかりに借金を盾に看板娘を連れ去ってしまうのである。
 さらに、手向かおうとした茶店の主人は暴漢たちに袋叩きにされ、ボロ雑巾のような状態で波羅蜜多養生所へと担ぎ込まれたが……そのまま、命を落としたのであった。

「兄さん! 兄さん!!」
 茶店の主人の亡骸にすがって泣くのは、悲報を耳にして駆けつけてきた妹――演じているのは天禰 薫(あまね・かおる)である。
 奉行所に捜査を訴えるも、すでに奉行所にも問題の悪徳商人の手が回っており、門前払いされるだけに終わった。
「どうしたら……どうしたら……!」
 もはや、こうなった以上、彼女に頼れる先は一つしかなかった。

 表の裁きが不可能であるのなら、「裏の裁き」が下されるように願うしかないのだ。





「いや、そうではない。本当に斬られたときは、一瞬遅れるのだ」
 斬られ役の面々に指導をしているのは、本物の戦場を経験している直実である。
「ふむ……とすると、こんな感じですかね」
 彼の指示通り、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が少し倒れ方を変えてみせる。
「ああ、そんな感じだ。だいぶよくなった」
 直実の言葉を聞いて、他の面々も同じように演技を変え始めた……のだが。
「確かにその方が現実的だが、一人で登場する弥十郎はともかく、大勢が次々斬られて次々倒れる場面では、それでは見栄え的に今ひとつではないか」
 傍で見ていたバロンから、そんな指摘がなされる。
「そういうものか?」
「俺にはそう見えたのだがな」
 二人がそんな会話をしていると、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がやってきた。
「どうした、何かあったか?」
 二人が事情を話すと、ダリルは小型のカメラを取り出した。
「百聞は一見に如かずだ。ちょっと両方のパターンで撮って見比べてみるといい」

 そうして、一度どちらのパターンも映像を撮影し、見比べてみた結果。
「一人のときと、集団の『最後の一人』は一瞬遅れで、集団で後にまだ人がいる場合はほぼタイムラグなしで」という結論に落ち着いたのであった。





 そしていよいよ、「名斬られ役」弥十郎の見せ場がやってきた。
 今回の役所は、悪徳商人に雇われて茶店襲撃に加担したものの、身辺がきな臭くなってきたため、ほとぼりが冷めるまで江戸を離れようとする浪人である。
 浪人というよりほぼ野武士に近いようななりをして、山道をのしのしと歩く弥十郎。
 その彼の目に、一人の鍬をかついだ農民の姿が映った。
「おい、そこのお主」
「へ、へぇ?」
 呼び止められて、驚いたような、怯えたような様子で答える農民。
「俺は腹が減っている。飯をよこせ」
「へ、へい!」
 勝ち誇った様子の弥十郎に、農民は慌てて鍬を地面に置き――。

「……ん?」
 一拍遅れて、弥十郎が怪訝そうな顔で自分の左肩と、その下の地面を見比べ。
「う、腕、腕がああっ!!」
 左肩を抑え、苦悶の表情で転がり回る。
 その様子を、農民に扮していた仕事人が冷ややかな目で見つめていた――鍬の柄に仕込んであった刀を構えて。

 このシーンであるが、さすがに本当に腕を切り落とすわけにはいかないので、腕だけのシーンはハリボテを用いた別撮りで代用し、切り落とされた腕の部分は映像補正で何とかすることになっていた。
 ……といっても、切断面の部分などはお茶の間への配慮であまり映らないアングルになっているのだが。





 続いて、悪徳商人の屋敷の門番を仕留めるのは泰輔の役目である。
 ほろ酔い加減を装い、外郎売の口上などを口ずさみつつ現れる泰輔。
 酔っぱらい特有のしつこさと、普段から鍛えた話術でうまいこと相手を「早口言葉勝負」に引きずり込む。
「ほしたら、まずは軽く……生麦生米生卵!」
「生麦生米生卵!」
「東京特許許可局!」
「東京特許許可局!」
 ……と、そこまでやったところで、ダリルのストップがかかった。
「ちょっと待て。時代劇で『東京』はまずいだろう」
「あぁ……せやな。ここは『江戸』やったな」
 時代考証という面で言うなら、「特許」や「許可局」もアウトなので、厳密には今の早口言葉はトリプルプレーものである。
「あかんな、撮り直しでお願いしますわ」
 泰輔は軽く頭をかくと、今度は「赤巻紙青巻紙黄巻紙」などの「時代的に問題ない早口言葉」を重ねて行き、そして、ついに。
「この竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけた!」
「この竹垣に竹たけたけてげ……っ!!」
 相手が早口言葉について来れず、舌を噛んだその瞬間。
 目にも留まらぬ早さで伸ばされた腕が、相手の頭を「口を閉じた状態で」がっちりとホールドした。
 やがて、その口元から一筋の血が流れ……泰輔が手を離すと、門番はどうとその場に倒れたのだった。