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第七章 波羅蜜多仕事人 一

 ともあれ、そんなこんなで撮影が開始された。

「あ、いらっしゃい!」
 元気な茶店の娘を演じるのは、葦原ロケの提案者でもある美羽である。
「ああ、おミッちゃん。いつもの、頼むわ」
 ひょいと椅子に腰を降ろしたのは、近くの瓦版屋役の大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)
「最近、お父つぁんの具合はどうや?」
「最近はだいぶいいみたい。ちゃんとお薬を飲んでるおかげかな」
 けなげに頑張る娘には病気のお父つぁん。もはや王道中の王道である。
「それはよかった……けど、大変やな、おミッちゃんも」
「ううん。今まで男手一つで私を育ててくれたんだから、今度は私が恩返ししないと」
 泣かせる話である。
 そして、泣かせる話と言うのは、フラグでもある。
 ちょうどいい立地にあるこの茶店も、そして看板娘も、しっかり悪徳商人に目をつけられているのであった。

「……何とか、ならんかなぁ」
 場面変わって、波羅蜜多養生所。
 パラミタから江戸に持ち込まれた医術を用いた診療を行っており、町民たちにも広く頼られている診療所である。
 その一室で、泰輔が金髪の女性にぼやいていた。
「あなたの気持ちはよくわかります。ですが、それは私たちの『仕事』ではありません」
 困ったように笑いながら、その女性は――女看護中間テレサ、演じるはテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)――はっきりとそう言った。
「わかっとるわ。けどなぁ……」
「けど何だ。俺らが首を突っ込みすぎるとロクなことにならんだろ」
 だるそうにそう続けたのは、近くの剣術道場の師範役の又兵衛である。
「……でも、この分だと本当に『仕事』になりかねないわね。
 一応、その時はすぐに動けるように、準備だけはしておきましょう」
 そうフォローしたのは、近くの小さな宿の若女将で、副業で着物の仕立ての下働きもしている苦労人、御針子の千鶴――演じるは瀬名 千鶴(せな・ちづる)である。





「江戸とパラミタがつながった、という設定で、悪を闇から闇に葬り去る正義の味方を描く」。
 安易にパラミタ頼りに走った番組がだいたいコメディ色強めになるのに対して、こちらはパラミタ要素を取り入れつつもダーク&シリアス路線を旨としている。
 主人公グループの総元締については今はまだ謎に包まれている、という設定だが、元締め代行にテレサ、情報収集と口直し程度のコメディ展開担当に泰輔、一番「らしい」仕事人役に千鶴、そして(一部から強いプッシュがあった)侍役に又兵衛、というキャスティングになったのだが……面白いのは、千鶴と又兵衛が同じ側にいることである。
「東照大権現、ねぇ」
 千鶴の衣装の背中の文字を見て、又兵衛が苦笑する。
「ああ、又兵衛君はやっぱりちょっと気になる?」
「ん、ああ。別にどうこうってほどでもないが、気にならないって言やぁ嘘になるな」
 いたずらっぽく笑う千鶴に、又兵衛は少し困ったように頭をかく。
 すると、千鶴は笑みを浮かべたままこう続けた。
「私も思うところが全くないわけではないけどね。
 この姿を見たら元君がどんな反応をするか、って、そう考えるのも楽しくて」
 これには、さすがの又兵衛も舌を巻くより他なかった。
「なるほどな。こいつは一本とられたねぇ」

 ちなみに、その様子を撮影現場を見にきた家康が目撃してものすごく複雑な表情をしていたりとか、さらにそんな家康の様子を物陰から見て佐助がニヤニヤしていたりもするのだが、まぁ、今回の本筋にはあまり関係がない。