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リアクション
ヒクリ――人間よりも鋭敏な感覚器官を動かしていたジャガーは、首を振って主に何もないことを告げる。
一足先に戻ってきたリスも同様だったのだろう。肩の上に揺れる尻尾には心なしか元気がない。
「……隠し部屋も通路もなし……この辺には何もないみたい」
金銀財宝であれば確実に気付くことができる《トレジャーセンス》も今回は形無しのようだった。
その言葉を受けたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はハイプを弄ぶ手を、つと止めた。
「――手紙は金銀財宝ではない」
「少なくとも、野盗にとってはそのはずだ」
周囲の横穴――どうも野盗たち個人個人の部屋になっているらしいを巡ってきたエースが同意を示す。
「この辺りに雑多なものを纏めたものがないかと思ったんだが――上手くいかないもんだ」
「人間は都合がいいことばかりを望み過ぎだ。奴らが、何の価値もないものを大事にしている保証は……」
いつものように厳しい言葉を続けようとしたメシエの言葉をエースの言葉が打ち消す。
「そう簡単にいくとは俺も思ってない。けど、必ず見つけて、取り戻す!」
諦めることを知らない少年の瞳でエースは断言する。
その心の内には都市一つを背負う少女と健気な少女――二人のレディの姿があるのは間違いない。
レディの願いを聞き届けるのは紳士の務めを地で行くのがエース・ラグランツだ。
けれど――メシエにしてみればそれは甘いの一言に尽きる。
どこまでも前向きに理想を追い求め、その実現に力を尽くす姿勢は人間にしては、まぁ称賛に価するものであっても。
理想と現実の差は消えはしない。
価値のない、金にも銀にも変わらぬ紙切れを強欲な人間が大切になどするわけがないのだ。
「――だから、いわゆる宝物庫にはない……中身を確認していたなら、最悪は処分されている可能性も――ある」
シャーロットの声がメシエの思考の後を継ぐように響く。ついで、清涼な香が漂う。
「詩穂。もう一度、《トレジャーセンス》を――金銀財宝は洞窟のどこに?」
「任せて!」
意識を集中して、外に向って解放されている五感を一つ、一つ閉じていく様をイメージする。
すべてを自分の内に閉まった後に開くのは、もう一つ別のチャンネル。研ぎ澄まされた、五感のその先。
「……あった。奥よ。ここじゃない――丁度、反対」
「彼らが積荷の中身を確認していなければ、手紙もそこにある」
可能性が高い。見ていた場合は、ひょっとすると最悪の結果が待っているかもしれないが――。
と、端末から着信を告げる機械音が上がる――同じく手紙を探している北都からだ。
(ありました――ポイントD5です)
「やったよ! これで、あの子の想いはおばあさんに届くわ」
「あぁ。俺たちもそっちへ向かう――他の手紙や書類もあるか、確認作業だ」
(では、お願いしますね。こちらは先に作業をはじめていますから)
見つかったことにシャーロットはひとまず安堵の息を漏らす。
手紙はあった。見つかったのはどこだろう。
D5と言えば、隣は食堂を兼ねるポイントだったはずだ。ということは――調理場。
推理が導き出す出す結末は時として残酷だ。
探偵は謎を解き明かすことは出来ても、起こったことを元に戻すことはできない。
プライベート・ディテクティブとして活動するシャーロットにとっては珍しくもないことだ。
だが、今回ばかりはそれが外れて欲しいと強く願った。
* * *
岩肌に影が揺らめく。
小さな影と大きな影。
小さな影は葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、大きな影はコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だ。
そして、そして、それに覆い被さるように揺れるクラゲのような影。
クラゲ――海の生き物であるそれが何故に地上、しかも、洞窟にいるのか。
だが、楕円形の卵を横にしたような頭にそこから伸びる無数とも言える細い触手。十人中九人がクラゲというだろう。
ちなみに最後の一人――彼をパートナーにした吹雪は「ポータラカ人」と、ちゃんとした解答をするはずである。
「……暇であるな」
金の瞳をぎょろりと動かし、褐色の体を揺らし、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は言葉を発した。
「これ、吹雪。コルセア――仕込みとやらはまだ終わらんのか。我の仕事はないではないか」
外見からは想像がつかないようないい声である。不満そうな声の主は手足なのだろう触手を伸縮させる。
影の動きだけ見ていると大小二つの影に襲いかかるようにしか見えない。
実際はその逆だ。
傭兵である吹雪はともかく、戦えなくはないが元が技術者であるコルセアの護衛。
それがイングラハムの今回の役目である。
「るっさい!――であります」
不満気な顔で吹雪が振り返り、イングラハムに噛みついた。
傭兵として今回の仕事に参加した吹雪たちなのだが、今回は拍子抜けするくらい呆気ない仕事だった。
高速移動からの分身で、幾多の戦場を共に駆け、血を吸った鉈を振り上げたまではよかったのだが、一度振り下ろしただけで全てが終わってしまった。
吹雪自身はつとめて冷静で何事にも当たっているつもりなのだが、第三者――特に対峙した相手には、それはそれは恐ろしく見えるのだ。
今にもその鉈を振り上げかねない勢いの吹雪の姿にかつての悪夢が蘇り、イングラハムは文字通り体を縮めた。
「ま、ま、待て。落ち着くのだ。吹雪」
ちなみに人間離れした彼自身の姿が戦場で相手に与えるプレッシャーは吹雪のそれに等しい。
とはいえ、今まで彼らが身を置いていた戦場においては大した効果はなかったのだが、今回は当人たちの予想を超えていたようだ。「なら、黙れ。まだ任務中だ」
仲がいいのか悪いのか。騒々しい二人を背にコルセアは黙々と作業を続けている。
壁面に当てた機材のディスプレイ画面に数字が浮かぶ。
それを確認して、また次へ。
調べているのは岩肌の厚さだ。
この洞窟を支えているだろうポイントに目星をつけて、設置する火薬の量を決めるのだ。
「コルセア――」
「まだよ。吹雪、マップをお願い」
まだですか? そう他人に問うことが多いコルセアの口から「まだ」が出るとは珍しい。
吹雪とイングラハムは顔を見合わせる。
「わかったであります」
端末を操ると地図が浮かび、数値のないポイントが明滅していた。
「あと三つだな。――警戒は我に任せよ」
「じゃあ、次ね。ふふ。無駄なく美しく――」
「では、次のポイントへ出発であります」
物騒な三人組の影の中に起爆装置の赤い数字がぼんやりと浮かび上がった。