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リアクション
8. 戦う、ということ 〜 守るための剣 壊すための刃 〜
洞窟の中を闇に、影に紛れて、疾走する。
視界の右端で惜し気もなくさらされた美しい肢体が舞ったかと思えば、キラリとピンクのレンズが眩い光を放つ。
中央では鮮やかな幻影に惑わされた間抜けな頭に無骨な撃鉄が容赦なく追い打ちをかける。
左端では自慢の獲物もろとも利き手を砕かれた男。
それから、下着姿に青痣をしこたまこしらえた男。
その殆どが淡い光を放つ縄で縛り上げられ、何故か正座していた。
遠く、侵入ルートから外れた、何があるのかわからないエリアからも何事かの音がするが、敵の増援が雪崩込んで来る気配はない。 予想よりもずっと楽に奥へと進むことができた。先行した仲間と陽動の賜物だろう。
(……露払いは必要なかった――ってわけですかね)
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はふっと小さく息を吐く。
だが、油断は禁物。進む先と周囲に視線を走らせ、五感を研ぎ澄ませる。
後に続くセイニィと彼女と共に積荷の奪還をせんとする仲間を目的の場所まで、ベストな状態で導く。
それが唯斗が自身に課した今回の役割だ。
借り受けたHCの画面にちらりと目を落とせば、洞窟内の地図が赤から青に塗り替えられていた。
洞窟内の殆どはこちらの手に落ちたということだ。
(残っているのは――)
前方――進めば進むほど細くなる通路の先。洞窟の最奥にぽっかりと口を開けた一角だけだ。
待ち構えるのは奪われたお宝か、それともその番人か。
野盗にとってのがらくた。
つまり、金にもならない手紙の類は無事に確保したと報告が入っていたから、恐らく待っているのは両方だ。
その証拠に目的地に近付けば近付くほど、肌が粟立ち、首の後ろがチリチリと焼けるように痛む。
肌を刺すそれは紛れもない殺気だ。洞窟のひやりとした空気に混じる異物のような熱。
隠す気がないのか、隠しきれないのか。どちらにせよ、一筋縄ではいきそうにない。
(鬼だか蛇だかは知らないけど、ね)
速度を少し落として、唯斗は背後を見やる。
賑やかな足音。攻める側にも隠れる気は毛頭ないらしい。視界の端で黄色が揺れる。
それだけで肌を刺す空気が変わったような気がした。
(――セイニィちゃんの、みんなの邪魔はさせないよ)
口元を覆う布の下で唯斗は不敵な笑みを浮かべた。
* * *
稀有なるもの。名だたるもの。金と銀。紅に碧。
この世の全ての贅を集めた眩いばかりの輝きを放つもの。
宝の山は豪奢で、どここまで美しく輝く。
だが、そんなのはおとぎ話の中だけだ。
おとぎ話を地で行くパラミタとはいえ、ただの野盗団がそこいらの金持ちから集めたお宝ではたたが知れている。
それでも、随分と荒稼ぎをしてきたレッドアームズの宝物庫はお宝で満杯だ。
装飾のされた箱からはこれまた豪華な装飾の衣服と装飾品が覗き、大小様々な皮袋からは金や宝石が零れる。
積み上げれた樽の中身はその筋では有名な酒。
木箱の中には高い薬や香辛料、好事家の間で高値で取引される書物――らしい。
そこは野盗たちが宝部屋と呼ぶその場所。
今いるのは新参者二人と彼らだけにお宝を任せるわけにはいかないとついて来た数人の野盗だけだ。
所在無げにうろうろとする野盗たちとは対照的に新参者の片割れ。
白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は価値ある何かが詰まった箱の上にどっかりと腰を下ろしていた。
来た時はその隣にいた松岡 徹雄(まつおか・てつお)の姿は今はない。
「――――」
何かを待つように、大剣を抱え込んで座す竜造の口角がつと上がる。
「――――来た」
伏せられたままの面が歓喜の色を湛え、風もないのに胸元の羽根飾りが揺れた。
次の瞬間――
入口付近にいた野盗の体が盛大に吹き飛ぶ。
躍り込んできたのは金と緑。
揺れるそれは左右に結い上げられた二房。
短い裾を翻し、それだけで十分凶器になりそうなプロミネンストリックを履いた足が綺麗な弧を描く。
野盗を吹き飛ばしたその足が、寸分の違いもなく、とんと地に下ろされた。
「野盗ども、覚悟!!」
「あんたち、覚悟しなさいよ!」
呼吸を合わせたかのような動作で並び立つ小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とセイニィが言い放つ。
西シャンバラ・ロイヤルカードで一緒に行動することが多いからだろう。
「……にしても呆気なさすぎない?」
「いいじゃないか。さっさと片付けて、女の子の手紙を届けに行こう」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が美羽の反対側――セイニィの右隣に進み出る。
「くっだらねぇ仕事だと思ったが――どうして、どうして」
強気な侵入者の言葉を受けて竜造は立ち上がる。
「十二星華の一角たぁ、大物じゃねぇか……くはははは」
身から噴き上がるのは隠しきれない歓喜。
「野盗ども、今回ばかりはお前たちのケチな仕事も褒めてやるぜ」
ゆらり、立ち昇るのは空気を震わせる闘気。
「くっついてるオマケも纏めて、相手してやらぁ!!」
戦えることが嬉しくして嬉しくてたまらない。
感極まった竜造の咆哮が響き渡った。
* * *
――ヒュッ
何かが飛来する音。
何もない、誰もいないと思っていた頭上からだ。
目を凝らせば――そこ、積み重ねれた箱の山に人影が滲むように浮かび上がる。
鉄雄だ。
どこにでもいそうな、気さくな風体はそのままに。軽口を叩く口は堅く閉ざされ、表情だけがない。
仕事には沈黙を持って臨むのが鉄雄の信条だ。
(軌跡と爆発地点に狂い、なし)
投げたのはどこにでもある小石。これが仕掛けを動かす。仕掛けておいた機晶爆弾。爆ぜれば煙幕と痺れ薬が散布される。
――ドンッ!!
鈍い爆音に続いて、さして広くもない空間に煙が立ち込める。
(――お膳立てはここまで――じゃあ、清掃の手伝いをしようかねぇ)
上体を傾げ煙幕の向うに突っ込もうとした刹那。鉄雄の体が不自然に反り返った。
喉元に突きつけらるのは真空の斬撃。続いて、本物の刃が迫る。
刃の主は、隠形を解いた唯斗だ。
「やっぱり、ね。ガンガンの殺気を感じてたから、こういうことじゃないかと思ってたんだ」
「――――」
晴れる煙の向う側。
舞い散る小さな粉からセイニィたちを守るように陣取る鋼の体が見えた。
その位置は鉄雄の予測より半歩足りない。たたが半歩。されど半歩。
星きらめく天を駆ける獅子の足をもぐことは叶わなかった。
「もちろん、あんたの殺気じゃないけどね」
「――――」
唯斗の言葉に応じたわけではないだろうが、図ったようなタイミングで空気が弾けた。
竜造が動いたのだと知れる。
「これ以上、邪魔するなら、俺が相手をさせてもらうよ」
答えの代わりに鉄雄の爪先が地を蹴った。
* * *
閃光と爆音。それが両者がぶつかり合う合図となった。
最初にぶつかったのは鉄雄と唯斗。
続いて――
「索敵モードから戦闘モードへリライト――マスターとセイニィ様をサポートします。コンバットオープン!!」
痺れ薬の含まれた煙幕をものともせず重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)の鋼の体が先行する。
庇うように陣取ったその体は動く要塞。いや盾といっても過言ではない。
セイニィの動きを鈍らせるための煙幕はまるで影のように唯斗とリュウライザーによってその効果を失う。
「ケンリュウガー、剛臨!!」
続いて眩いばかりの光が起こる。鋼の盾を飛び越えて牙竜――いや、ケンリュウガーがブレードを振るう。
「少女の想いを踏みにじる悪党共――斬! 悪!」
放たれる真空の刃に野盗の悲鳴が上がる。
図らずも肉体の盾となったそれを意にも介さず竜造が突進してくる。
手にした梟雄剣ヴァルザドーンが唸る。巻き上げた空気が熱を孕んで放たれた。
「――喰らえ!!」
「援護射撃開始します」
砲撃とレーザーガトリングが空中でぶつかり、火花を上げる。
「セイニィ!!」
牙竜の声にセイニィと美羽が視線が合う。
「一気に行くよ! セイニィ」
「借りるわよ!!」
地を蹴った二人がリュウライザーの背を駆け上がり、宙へ舞った。
「うわわわっ」
ひらひらと揺れる裾から健康的な小麦色の足が覗く。そして――白地の……
そこから先は未知の領域。
見えそうで見えない。むしろ、見てはいけない。けど、見たい。
「だ、ダメです!!」
戦場であることも忘れてコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は左右に視線泳がせる。
彷徨った視線は最終的にパートナーに落ち着く。
「……今、言うことではないかもしれませんが――コハク。そちらを向いても意味がないのでは?」
「――美羽はいいんです。美羽は」
同じように揺れる裾から色白の足が覗く。だが、その先は――何も見えない。
がっかりだ――ではなく。
少なくともコハクにとっては僥倖だ。
「鉄壁だからっ!!」
全ての戦う女性のスカートが鉄壁になればいい。
そう思いながらコハクは槍を構えなおした。
掛かってきた野盗のナイフを避けると、擦れ違い様に柄を使って利き手を払う。
「んな? こ、このガ―ー」
予備のナイフに伸ばした野盗の手が止まる。
「――大人しく、投降してください」
くるり旋回させた槍の切っ先を喉元に突きつけ、いつになく低い声で告げる。
「できないのでしたら――申し訳ないですが、少し痛い目をみてもらいます」
次いで、野盗を見据えるコハクの顔は、いつになく厳しいものだった。