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ヘッドマッシャー

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【一 謎、不審、疑惑】

 デバイス・キーマンであるグエン・デュベールが殺害されたのは、ヒラニプラの都心から少しばかり外縁方向へと幹線道路を進んだ位置にある、アシャンティ・ホテルの一室だった。
 二つ星グレードの、旅行者からは比較的人気の高いホテルではあったが、今回の暗殺劇でホテル周辺には緊張した空気が常時漂うようになってしまっている。
 殺害現場である1407号室は、鏖殺寺院の残党を軟禁するには幾分贅沢かと思われる、ロイヤルスイートであった。
 シャンバラ教導団の警察権行使部隊による現場検証は既に終わっており、レブロン・スタークス大尉率いる対パニッシュ・コープス部局発行の入場許可証を携行していれば、1407号室への立ち入りも問題なく果たすことが出来る。
 今回、その入場許可証を与えられた月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)、そしてエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)の三人は、警備の教導団員による簡単なボディチェックを受けてから、件のロイヤルスイート室内へと足を踏み入れた。
「うわ〜! さっすがロイヤルスイート! すっごい豪華だね〜!」
 あゆみが、幾重にも連なる品の良い室の並びに心底感心した様子でその辺を走り回っていると、ヒルデガルトが呆れたような面持ちで、小さく溜息を漏らした。
「あゆみさん……朝倉さんの考えは、分かっていますね? 私達はたとえどんな些細なことでも良いですから、事件解決に繋がる証拠を見つけ出さなければならないのです」
「んもぉ〜、わぁ〜かってるって! 大丈夫、あゆみに任せて! クリア・エーテルよ!」
 いつものように、手の甲のレンズを輝かせて高々と宣言するあゆみだったが、エレナにはクリア・エーテルという言葉の意味がよく分からない。
 そんなエレナが不思議そうな面持ちであゆみとヒルデガルトの両者を交互に眺めていると、ヒルデガルトは小さな苦笑と共に、微かな動作でかぶりを振った。
「あまり、お気になさらぬよう……そう大した意味はありませんから」
「何いってるの! すっごい重要なフレーズだよ!」
 抗議の声をあげながら、それでもふかふかの絨毯が敷き詰められた床に這いつくばり、何か手がかりはないかと眼鏡の奥の目を凝らすあゆみ。
 相変わらず苦笑を浮かべたままのヒルデガルトも、襲撃時の散乱状態のまま放置されている調度類の捜索へと着手した。
「それにしても……犯人であるヘッドマッシャーなる存在は、実に3メートル近い巨体の持ち主だったと聞いています。それ程の巨人が、誰の目にも留まらずにここまで潜入を果たすというのは、少し考えにくいように思えるのですが……」
 誰に語りかけるともなく、自らもベッド周辺の捜索に着手しているエレナがそう疑問の声をあげると、あゆみもうんうんと頷きながら、ゆっくりと上体をあげた。
「そぉなんだよねぇ。襲撃まで誰も目撃者が居ないって、こんな密室殺人みたいな話は、ちょっとおかし過ぎるんじゃないかなって思ってたんだよ。そんな理不尽は天が許しても、あゆみと肉まんが許さないよ」
 何故ここで肉まんが出てくるのかはよく分からないのだが、どうやらあゆみも同じような疑問は抱いていたようである。
「情報では、相当に無理な強化を重ねた強化人間、ということでしたね。コントラクターではありませんけど、もしかしたらそれに近しい何らかの能力を持っているのかも知れません」
 ヒルデガルトの冷静な分析も、ひとつの可能性ではある。
 が、現時点では確たる証拠は何ひとつ発見出来ていない為、あくまでもそれは憶測の域を出ない。

     * * *

 同じ頃、シャンバラ大荒野南端では――。
 野盗団アヤトラ・ロックンロールとの交渉を正式に進める為に、一団の交渉部隊が新たに設置され、その為の人員と装備、及び車両が現地に派遣されていた。
 対パニッシュ・コープス部局の正式な責任者としてはレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)が大半の教導団員の兵卒達を率いているが、それ以外に大勢のコントラクター達が協力者となり、部隊に随行するメンバーとして顔を並べている。
 だがその中でも、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)の両名は、存在そのものがやや異色である。
 というのも、ふたりは交渉団への協力者ではなく、レオンに対する聞き取り調査の為に、この場に居合わせていたのである。
 随行の他の面々からしてみれば、千歳とイルマが妙に厳しい姿勢でレオンを問い詰めているようにも、見えなくはなかった。
「こういう訊き方をすると気分を害してしまうかも知れないけど、こっちにしてみれば気を遣ってやる義理も無いんでね。ズバズバと斬り込んで質問させて貰うよ」
 機晶エンジン搭載のハンヴィー(高機動多用途装輪車両)のボンネット付近で、千歳はやや困った表情を浮かべているレオンに、真正面からそういい放った。
 現時点で千歳とイルマは、教導団内に鏖殺寺院と通じる者が居るとの推測を立てており、このレオン、そして対パニッシュ・コープス部局司令官のスタークス大尉の両名が、その最有力者であるとの見立てを、自身の頭の中で立てていたのである。
 勿論、公にその考えを口にすることはなかったが、ふたりの問い詰めるような調子が、その考えを周囲に対して如実に伝えている格好となっていた。
「それでは質問致します。第一点ですが……ヘッドマッシャーは一体どのようにして、グエン・デュベールの軟禁場所を突き止めたとお思いですか?」
 実際の質問担当者は、イルマであった。
 隣では千歳が、メモ帳片手にレオンの口述を全て書き留めようという姿勢を見せている。
「どう思うっていわれてもな……そりゃこっちが訊きたいぐらいだよ。何故あそこが奴に知られたのか、未だに部局内で調査中なんだしな」
 レオンは困り切った様子で、頭を掻いた。実際これはレオンの偽らざる気分であり、返答でもあったろう。
 更に続けてイルマが第二点目の質問を口にしようとした時、レオンの背後に冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)がそっと身を寄せてきた。
「あの……レオンさんへの質問は……口頭じゃなくて、文書でも良いんじゃ、ないでしょうか……?」
 日奈々は、周囲の教導団員達の不安げな視線を気に掛けながら、おずおずと切り出してみた。
 ここで部局の現場責任者たるレオンが問い詰められる姿を周囲に晒すのは、部隊の指揮上、大いに問題があると考えての提言であった。
 日奈々自身、レオンと同じくアヤトラ・ロックンロールとの交渉に当たるべく、この部隊に外部協力者として参加している。
 その日奈々の感覚からいっても、レオンに公然と疑惑のような眼差しを向けられるのは、今後の部隊運用の面からいっても、マイナスの方が大きいと思えたのである。
 イルマは、千歳の指示を仰ぐように、面を転じた。
 教導団に対して何ひとつ遠慮会釈の欠片も無い千歳ではあったが、日奈々のように、レオンの部隊に同行するコントラクター達への影響を考えると、日奈々の主張にも一理あると考えるようになってきていた。
「それもそうか……良いだろう。二点目は、質問状を渡す。そこに回答を記入して欲しい」
「あぁ。そういうことなら、まぁ、対応はさせて貰うよ」
 答えながら、レオンは僅かに日奈々へと視線を転じた。
 日奈々はレオンからの感謝の念を敏感に肌で感じ、はにかんだ笑みを浮かべる。
(ありがとう、助かったよ)
(いえ、そんな……まずは交渉を、成功させましょうね……)
 周囲には聞き取れぬよう、囁く程度に声を交わし合ったふたりだが、レオンの背中には未だに、千歳とイルマからの疑惑の視線が、容赦無く降り注いでいる。
 余程、教導団のことが気に入らないらしい。

 交渉部隊には、もうひとりのデバイス・キーマンであるジェニファー・デュベール護衛隊も同行していた。
 そのうちのひとり、氷室 カイ(ひむろ・かい)は先頭から二台目のハンヴィーの後部座席で、グエン殺害時の状況をまとめた資料にじっと目を落としていた。
 同じく後部座席の隣のシートから、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が合点がいかないといった調子で、自らが手にした同じ資料をぱんぱんと軽く叩きながら、カイに意見を求めてきた。
「……どう思います? この、いきなり殺害現場に現れた、っていうのは……」
「恐らく、その通りなんだろうな。光学迷彩か、或いは他の技術かは分からないが、敵は周囲から発見されることなく、確実に標的の間近に接近する能力を持っている、と見た方が良い」
「うわぁ、それきっついなぁ」
 カイの推測を受けて、助手席から瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が嫌そうな顔を向けてきた。
 霜月にしろ裕輝にしろ、今回の部隊参加の目的はヘッドマッシャーとの戦闘にあったのだが、そのヘッドマッシャーと同じ土俵に立てるかどうかすら怪しいというのでは、ふたりがそれぞれ考えていた戦法は、そもそもの前提から大きく崩れてしまうのである。
 いや、厳密にいうと裕輝は然程に積極的な戦闘意欲があった訳ではなく、個人的な考えで、他の面々がヘッドマッシャーと戦う姿を見に来ただけなのだが、今のままでは普通に観戦することも難しいのではないかとさえ思える。
 ついでにいうと、集団行動はあまり得意ではないのだが、運悪く近くをうろついていたところをレオンに見つかってしまい、身の潔白を証明する為にいやいやながら部隊に組み込まれてしまったという経緯がある。
 それだけに、裕輝自身はヘッドマッシャーに近付こうという意図は、欠片も無いといって良い。
 いずれにせよ、現状では敵と直接刃を交える可能性があるのは、ジェニファー護衛隊が最有力であろう、という結論にほぼ近しい。
 カイは腕を組んで、眉間に皺を寄せた。
「接近能力はプロの暗殺者だが……攻撃手段は、寧ろ逆に、随分と派手だな」
 ブレードロッドと呼ばれる武装について、カイは率直な感想を述べた。
 両手首の内側部分から射出される鞭状の武器で、正確にいえば、細かな分節刃がワイヤー等で無数に繋げられた形状をしている、ということのようである。
 ひとつひとつの分節刃の殺傷力だけでも相当な破壊力を有するらしく、それが鞭状に幾つも並び、予測不能の変化を見せながら、縦横無尽に攻撃を仕掛けてくるのだという。
 軌道が読めない上に、伸縮自在でもあるというから、これは相当厄介な相手であるに違いない。
 そしてグエン・デュベールは、このブレードロッドで首から上をぐるぐるに巻き取られ、ほとんど一瞬にして頭幹部以外の肉や骨をずたずたに削り崩されてしまったらしい。
 まさにヘッドマッシャー、頭をすり潰す者という表現に相応しい殺害方法であった。
「さて、このブレードロッド……お前なら、どう対策を立てる?」
 カイに話を振られて、裕輝は腹の底でぐぅと唸ってしまった。
 裕輝自身、無拍子の使い手であり、トリッキーな動きという意味ではブレードロッドに通じる部分も無くはないが、しかし敵はただトリッキーというだけではなく、速度や破壊力に於いても、尋常ならざる威力を誇っているように思われる。
 如何に裕輝といえども、そう簡単に対策が思いつくような相手ではなかった。
「せやねぇ……まぁ敢えていうなら、間合いの外に逃げて逃げて逃げまくる、っちゅうぐらいですかねぇ」
 裕輝の回答に、霜月は変な顔を見せたが、カイは逆に真剣な面持ちで二度三度と頷いた。
「なるほど……間合いの外から仕掛ける、か」
 思わぬところで思わぬヒントを与えてしまったみたいで、これには裕輝自身が驚いてしまった。