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リアクション
第四幕:深き緑の懐に至る道
街の東側、シャンバラ大荒野へと延びる街道を歩く男の姿が見える。
玖純 飛都(くすみ・ひさと)だ。彼の行く先には横に長く広がる森がある。どこまで続いているのか、ここからでは森の終わりを見ることはできない。地図上ではそこまで大きく見えない森も、こうして実際に見てみると広大に思えた。
「特に怪しい人物はいない、と」
玖純は街道沿いにある岩場などの物陰を一つ一つ調べていた。
不審人物やその類の証拠品はないかと調査していたのだ。
「しかしこうも暗いとやり難いな……」
さっきまでは紫だった空は黒一色に染まっていた。月明かりがあるだけまだ良いといったところか。
しかし危険であることに変わりはない。玖純は周囲を警戒しつつ作業を続ける。
そこへ一組の男女が姿を現した。
日比谷 皐月(ひびや・さつき)と神代 師走(かみしろ・しわす)の二人である。彼らは玖純に近づくと声をかけた。
「調子はどうだ?」
「ぼちぼちだな」
玖純は作業をしながら答えた。街道から少し離れた位置でしゃがみ、ライトを片手に何かを設置している様子だ。
それが気になったのだろう。日比谷が後ろからその様子を眺めている。
「なんだそれ」
「トラップ。野生動物用にな」
玖純の返答に日比谷はなるほど、と呟くと周囲に視線を巡らした。
街道には誰もいない。街道に沿って配置された街灯は軒並み壊れており、月明かりだけが頼りであった。
彼の隣、神代が口笛を吹く。獣を呼んでいるようだ。
「オレはこれから街灯の修繕するけど離れんなよ?」
「わかってるよ……皐月も動物が襲ってきたからって無為にいじめるんじゃないよ」
「あいよ」
日比谷は応えると森に一番近い街灯から修繕を始めた。
しばらくして一つまた一つと街灯に火が灯る。そうしていくつかの街灯が辺りの様子を浮き上がらせた頃、神代が違和感に気付いた。
「動物がいない」
彼女が獣を呼ぼうとしても何の反応もなかったのだ。
近くにいないだけとも考えられるが……しかしその考えは森の様子を見て捨てた。
動物だけではない。虫の声も聞こえてこないのだ。
「さっきまでは虫の鳴き声があったよな?」
日比谷の疑問に神代は頷きで応えた。
異様な事態に後退りをしたときである。彼らの背後、街道の方から声がした。
「大丈夫?」
声の主はサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)だ。彼の後ろには幾人かの人影が見える。サズウェルは彼らと共に行動していたのだろう。
「オレたちなら大丈夫だ。野盗も危険な動物もいねーよ」
「街道から外れるとトラップあるけどな」
日比谷に続いて玖純が答えた。
「うわー……」
サズウェルは苦笑いをすると追いついてきた仲間たちにそのことを伝えた。
やってきたのは瀬乃 和深(せの・かずみ)とセドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)にシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)の四人だ。
サズウェルからトラップの話を聞いたアルクラントが大袈裟に言った。
「あっぶないなおい!?」
「動物向けの小さいトラップだから人が踏んでも……数ミリ削れる程度だ」
「それは地味に痛いであろうな」
セドナが冷静に感想を述べる。
彼女の隣、瀬乃が森に向かって口笛を吹いた。神代と同じ音色の口笛だ。しかし何の反応もない。瀬乃がおかしいな、と難しい顔をする。
「このあたりって獣いないのか?」
「それはないね」
瀬乃の疑問に答えたのはアルクラントだ。
「前に森に来たときはいた記憶があるし――」
「そうだよね。道に迷ってたわね……誰かさんのおかげで」
シルフィアが責めるような視線をアルクラントに向ける。
「ま、まあ動物はいたな。うん。それは間違いない」
はは、とアルクラントは笑うが空笑いであった。
「まったく。お父さんはしょうがないねえ」
「本当に。アルクラントさんはしかたがないなあ」
サズウェルと瀬乃の言葉にアルクラントは面目ない、と頬をかきながら言う。
特に問題もなく警備をしていた彼らが各々、また仕事を始めるべく別れようとした時である。
シルフィアが森の方を向くとその視線を厳しくした。
何事かと皆が同じように森を見やる。
「何かいます!?」
彼女の叫びを切っ掛けに森がざわめいた。
数えきれないほどの物音が辺りに響き渡る。木々の葉が揺れる音、草々が掻き分けられる音、そして駆けてくる動物の群れの音だ。
音の波が重なり合い、無音にも思えたその刹那――
「ちょ――」
「おい……」
「うわぁ」
「ふむ」
「なんだってんだ……」
各々が言葉を漏らす。
目の前で展開されたのは、森から溢れるように動物の群れが街道へとなだれ込んでくる姿だった。
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