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地獄の門

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【第一圏・白き衣のカロン】


「みんなぁ、こっちこっちぃ。はやくー!」
 赤い傘を高く上げて、アイラン・レイセン(あいらん・れいせん)が後ろから来る仲間達に手を振っている。
 その度にとても豊かな胸が上下し、呼ばれた『皆』の殆どが、完全にそこに目が奪われていた。
 地面の水を弾きながら小走りに近付いて一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)はパートナーと目を合わせる為に傘を傾ける。
「……あ、あの……アイラン。
 ふふ、そんなに急がなくても、大丈夫ですよ?」 
「えへへへ。楽しみでつい急いじゃった。
 だってバイキングって聞いたら、行くしかないよねー。
 何が有るかな? ていうかタッパー持ってきたからお持ち帰りしてもいい?」
「アイラン、ご機嫌だね」半円型の傘から顔を出したのはジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)だ。
「合コンって初めに耳した時はどうしようかと思いましたが……
 アイランがあんなに喜んで下さるのなら……来た甲斐がありましたね」
「そうね。
 あまり気は進まないけど、会費の少ないバイキングパーティーと思えばそう悪くは無いわ」
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)はシンプルな傘の下からそう言った。

「うん。雨超すごいし、雷もすごいけどね!」
 ジゼルが言い終えた直後、近くの樹に雷が落ちた。
 初夏の五時前だというのに土砂降りで真っ暗な空には青白い稲光が龍の如く流れ、恐ろしい程大きな雷音は周囲の音を完璧に掻き消していた。
 明らかに異常な天気だった。
 普通ならば外に出るのも躊躇われる様な気象の中、彼女達が然程気にせず行動するのは普段雷か雨の降りしきる戦場を駆け抜け過ぎた所為だろうか。
 合コンが行われるこの日。
 女性陣は雷雨だというのに笑顔で会場となるスイーツバイキングの店へ向かっていた。
「……えっと、そしてその……」悲哀は小さく咳払いをして言葉にする為に気合いを入れている。
「耀助さん……は……
 いらっしゃるといいのですが……」薄い色の肌をほんのり桃色に染めているその姿に、雅羅は可愛いものを愛でる顔で「いたわよ」と答えた。
「あっちの『男子専用通路』って方に行ってた人の中に見かけたから、きっと一緒だと思うわ」
 ジゼルはそう言いながら向こう側を指差した。
 示された場所で彼の姿を見とめ、悲哀は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 耀助に密かに想いを寄せる彼女なのだ。オシャレをした耀助の姿が尚の事素敵に見えた。
 彼に向かって手を振ろうかと、勇気を出して右手を伸ばした。
「あ、耀助さ……」



 その時。唐突に爆音が鳴り響いた。
 明らかに雷音では無いそれと共に、仁科 耀助(にしな・ようすけ)の身体は自動車の衝突テストに使われる人形のように空高く舞い上がり地面に落ちた。
「フハハハ!
 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 ククク、アルバイトとは言えこの悪の大幹部が手を抜く事は一切無い!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の何時もの口上が終わるのを待って、トーヴァ・スヴェンソンは地面に目を移した。
 男子専用通路の地面は舗装が剥がされていた。
「流石ね白衣眼鏡って言いたいところだけど――、実際コメントし辛いくらい凄いもん作ったわね」
 地面には土が盛られ、削られている穴の中にはそれぞれの火器を手にプラヴダの隊士達が身を隠している。ハデスはトレードマークの白衣を泥に汚しながらも、その優れた指揮力で部下の戦闘員達を指示し、それを作り上げたのだ。
「……ふむ?
 そこなのだトーヴァ・スヴェンソンよ。
 俺はアルテミスからウェイターのバイトと聞いて来たのだが、何故、塹壕掘りの指揮をしていたのだ?」
「なんでかしらね、ショージキなところバイト頼んだ私にも良く分かんない」
「男どもを一人も生きて通すなという指示だったが……」自ら作製した簡易地図で、設置した落とし穴と機雷の位置を確認し、その罠に男達が嵌まってゆくのを見ながらハデスは首を捻る。
「いったい、どんな趣向のスイーツショップなのだろうな?」
「それよりあれ、やり過ぎじゃね?」
「致死性は無いぞ。
 細かく説明するとだな、一張羅が泥まみれになったり髪がアフロになってコントのような見た目になってしまい生きていけないもう帰る!
 ――という気分にさせろとのオーナーの指示に乗っ取って安全性は高めている」
「おう。凄いじゃん。今度こそ流石白衣眼鏡だ。
 まーその変態オーナーの指示に従って、私達『店員』は楽しくやってればいいのよ」
「矢張り良く分からんな。だが、こちらは研究の資金を稼げれば問題無い」
「そうそ。あんま気にすんなって。じゃ後宜しくねー」



「耀助さん、ご無事で何よりです」
 潤んだ瞳でそう悲哀に言われて、耀助は引きつった笑みで返事をした。
「酷い目に遭った気もするけど――、兎に角中に入ろうか」
「そうですね」
 二人の目配せを受けて、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)はドアノブを握り前に開いた。
 今日ばかりは紳士的に振る舞おうとレディファーストの精神に則ったのだが、一部のデリカシーの無い男達が早々に中へ入って行ってしまう。彼らを止めようとしたキロスは、その時、何処かで聞き覚えのある声を聞いた。

『いらっしゃいませお客様。

 そしてさようなら』

 感情の無い酷く平坦な声。
 瞬間ドアの向こう側で強い光りが無数に瞬き、幾つもの音が重なり合った。



 銃弾が目標を撃ち抜いていたその時、その無慈悲な命令を出した隊長は店内の最奥に位置するバックルームのパイプ椅子に座っていた。
「女を騙し食い物にする屑共め。『ヤリサー』等という下品なものを作りやがって。
 一般サークルの皮を被って被害者とあのバカ忍者たち、そして俺の妹を騙し仰せたようだが、この俺の目を欺けるものか!
 女達を泣かせては毎晩美味しい思いをしていたようだが、さて、今宵のメインディッシュの味はどうだ? ギルディング・メタルは美味しいか? 口の中に広がるマッシュルームは堪らないだろ? ヒヒヒ、ハハハハハ」
「アレクさん何か飲みますか?」
「ありがとう加夜、じゃあコーヒーを頼む。アリス、お前はジュースでいい――ああほら、口が汚れてるじゃないか。きちんと拭きなさい」
 お盆を片手に持った山葉 加夜(やまは・かや)にハンドタオルを渡されて、
 プラヴダ軍隊長アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)大尉はアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)の塩バターまみれのお口をふきふきした。
「ほにいひゃんぽっぷこーんおいひいね!」
「こら、喋るのはごっくんしてからにしなさい。壮太も床に零すな」
「ウィース、アレクおにーちゃん」瀬島 壮太(せじま・そうた)は返事をしながら部屋をフラフラ歩き回っている。
「駄目だ取れねぇ。加夜、タオル濡らしてきてくれ」
「はいはい、ちょっと待ってて下さいね」
「壮太! きちんとテーブルで食え! 床がバターで滑るだろ!」

「予想に反して所帯染みてるねぇ……」
 バックルームに素知らぬ顔で侵入した永井 託(ながい・たく)は当たり前のように空いた席につきながらそう呟いた。
「やあ、今日も精が出るねぇシスコンさん」
「あ? ああ、まあね」アリスの顔を拭いているアレクは忙しいらしい。託は代わりに加夜に質問する。
「君も見に来たの?」
「アレクさんがジゼルちゃんの合コンを見守る(?)と聞いて、色々と不安になったので、私も一緒にジゼルちゃんを見守ろうかと。
 ジゼルちゃんは恋愛に関してしっかりしてて、悪い人には付いていかないタイプだと思ってるので安心はしてたんですけど……」
「この間この合コンの主催者だった屑サークルのリーダーに騙されて付いていこうとしたんだよ」
「で、そのリーダーは」
「そろそろヴァイシャリーに浮かんできた頃じゃないか?」
「ふーん。それで、そこの可愛い女の子は?
 遂に妹を手篭めにして子供作った?」
「ジゼルはクローンで作られたから生殖しねえんだよ。交配によるリスクが無い。だからあんな馬……頭が弱いんだ。
 つまり……分かるか託、あれはもう多分――天使だ」
「分かった分かった。じゃあその子は誘拐してきたんだ」
「アリスは迷子だ。
 いつも保護者がハンドコンピューターで位置特定してるから、そのうち気づいて迎えにくるだろ。
 それまでは危険が無いようここで預かっておくつもりだ。天気が悪いからな、雷も落ちてるし外に置いておけない」
「へえ。それでそっちのポップコーン食べてるオニイサンは?」
「こいつは俺の弟候補だ」
「年上のな。
 蒼学近くの某所を通りかかったら
 イカツイ野郎どもの『サーイエッサー』っつー声が建物の外まで漏れてきたんで、これもしかしてアレク絡みかなーと思って面白がって後付いてったら、本当にそうだった訳」
「雷怖いからお兄ちゃんのところに居たかったんだろ。素直にそう――」アレクは話しながら背後に立って壮太の首に腕をかけ「言えよ!」頸動脈を絞め上げた。
「ぐぇへッ!!」
 スリーパーホールドだった。
 数秒で落ちた壮太を抱えたままアレクはブツブツ言い出している。
「こいつ弟のくせに生意気に恋人居るんだよ。
 ジゼルと違って壮太はそこまで馬――頭が弱い訳じゃないし大丈夫だとは思うが、一度どんな奴か見にいかねぇとな。こらアリス! 部屋を勝手に出るなまた迷子になるだろ。パートナー達がくるまでじっとしてなさい!」