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地獄の門

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【第八圏・火焔の墓孔】


 丁度一月程前の事である。
 ジゼルから衝撃の事実を聞かされたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、この日ドスの効いた声でパートナーのコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)を呼び出した。
「コード、ちょっと来なさい」
 彼女の迫力に気圧されて、渋々やってきたコードにルカルカは目を半分にしながら聞いた。
「で、なんですって。コード、あなたジゼルにヘンナコトしたんだって?」
 ヘンナコト。とはキス未遂の事だった。兵器セイレーンと化したジゼルとの戦いの最中、コードはセイレーンの音波攻撃を防ごうと、塞がった両手の代わりに己の口を使おうとしたのだ。
 その場にアレクが居合わせた結果、コードは背中から撃たれ、セイレーンことジゼルは唇を奪われずに済んだのだが。
「だからって口で塞いだらダメ」
「じゃあどうしろってんだ」
「耐えて。

 男なら、耐えて」
「んな無茶な!」迷いの無い即答に抗議するコードに、ルカルカは尚もお説教を続ける。
「大体ああいう事は、好きな相手とするものなの」
「だ、誰もジゼルを嫌いだなんて言ってねぇだろ」
「じゃあ好きなの? 嫌いか好きかどっち?」論点が微妙にズレていた。
「ジゼルは――」コードはジゼルを見た。ソファ席に座りながら、膝の上の猫を撫でている顔はとても穏やかだ。だから何故かコードも「嫌いじゃない」と、思ったままを口にしていた。
「好きって事?」
「すきか嫌いかと言われれば……そりゃ」
 そりゃ。の瞬間、ルカルカは契約者というよりも母か姉のようににっこりと微笑んで頷いた。
「じゃあちゃんと謝んなさい。謝ってそこからはじめなさい」
「おま、何か勘違いして……そういう好きじゃなくて、あのな」
 有無を言うことも出来ずにルカルカに(物理的に)背中を押されて、コードはジゼルの目の前までやってきた。



「ジゼルおかえりおかえりーっ」
 ルカルカの豊かな胸に抱きしめられて、ジゼルは顔を赤く染めながら喜んでいた。
「ふかふか」
「うん? ふかふかね?
 ジゼル。合コンはね、好きなもの何っでも注文していいのよ。
 メいっぱい食べちゃおうねっ!」
「うん!」
「(怖い想いでまで全部ルカが食べてあげる)」
 ルカルカはジゼルをもう一度強く抱き寄せて頭を撫でた。
 と、その後ろにコードの姿が覗いてジゼルはルカルカの腕の中に身を隠すように動いた。
「ジゼルさんは警戒している」
「おい……」
「だってコード、あんなことするんだもん!」
「必要に迫られてだってのは分かってくれよな。
 俺が支えてないと二人して墜落してたんだし、セイレーンの状態の攻撃に俺の身体は耐えられないんだからさ」
「しーりーまーせーんー!」
「何だよそれ!
 ……けど、まあ確かにまずかったのは認める。ごめんな」
「――うーん。素直にあやまるなら……許してあげてもいいよ?」
「あと、キスで子供は出来ないぞ。
 そんなデマをジゼルに吹き込んだのはドコの大バカだ?」
「……へ?」
「だから、キスで子供は出来ない」
「……だって、だって雅羅が……言ってたもん。
 キスしたら、子供が生まれるんだよって……」
「嘘だ」
「雅羅嘘ついてないもん!
 やっぱりコードなんか嫌いだわ! ばかばかばかばか!」
「馬鹿ってなんだよ!」
「もうその位にしておけ」
 二人の間に入ったのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
 興奮している二人とは違い、落ち着き払った様子でジゼルを椅子に座るよう促して、問診するように会話を始める。
「ジゼル、調子はどうだ?
 あれから悪い夢も、目眩も無いか?」
「うん、お兄ちゃんと一緒に寝てる日は平気。
 そうじゃないと怖い夢を見たりする日もあるけれど、でも目眩とかは無いわ」
「そうか。顔色もいいな」
「学校も通えてるし、お仕事もちゃんと出来てるよ」
「――待て、ダリル。今聞き捨てならない台詞が。
 お兄ちゃんと一緒に寝てるって何だよ!
 ジゼルはシスコンと一緒に寝てるのか!?」
「そうだよ。お兄ちゃんおっきいベッド買ってくれたから、いつも一緒に寝られるの」
「はあ!? それってあのシスコンの策略に乗せられてるだけじゃ――」
「コード、静かにしろ。
 今ジゼルの後遺症が無いか確認をしているところだ」
「ダリルはジゼルが好きじゃないのか!?」
「ジゼル? ああ、良い子だな」
「じゃあそこから始めなさい」ルカルカを真似て言ったのだが、そんなコードをダリルは馬鹿を見る目で見上げていた。
「は? 俺には好きな女性が居るのに何言ってるんだ」
「――え……」
「兎に角少し大人しくしてろ。騒がしい奴だ。
 じゃあジゼル、他に異変は起きていないか? 例えば――」



 ジゼルとの会話を終えて元の席へと戻って行く間、コードは不機嫌に呟いた。
「ダリル。ここに転がっていた死屍累々をどう見るのだ!」
 初めの洗礼を受けた入り口を指差すコードに、ダリルは事も無げに言う。
「だがもう片付いている。問題無い」
「無くねぇよ! やっぱりあのシスコンはおかしいって!」
「ジゼルが大切なんだろう。
 ジゼルも嫌がってないし、誰も不幸にならなければ良かろう」
 さっさと席に行ってしまうダリルに憮然として、コードは床に残された血痕を撫でた。
 と、その瞬間、後方から銃弾の気配にコードは機晶技術が使われた特殊な銃からエネルギーを発射した。
 狙撃犯のライフルが弾かれる。
「末席とはいえルカファミリーの一員。舐めるな!」
 軌道を逸れた銃弾に跳び退いて着地した時だった。
「末席はやはり末席だよなあ」
 平坦な声に振り返ろうとした瞬間、コードは着地した足を引っ掛けられて前のめりに思いきりこけた。
 立ち上がる前に襟を掴まれ無理矢理起こされて、耳元に這いずる様な声を囁かれる。
「気づいていたか……俺はまだ粛正を終えていない。
 なあ。金属のギフトっていうのはやっぱり沈み易いのか」
 振り向くと顔面を潰す様に握られる。隙間に見える非対称の色は酷く歪んで見えた。
「この時期のヴァイシャリーは美しいぞ。水底から見える景色もさぞ良い事だろう。
 楽しみだよな銀色のギフトそうだ俺も楽しい。

 さあ――、川遊びに行こうぜ」

***

「縁結び饅頭ー。えー、縁結び饅頭いらんかねー
 甘くてうまーい、縁結びー
 コレを食べて縁があった人達続出」
 見るからに、聞くからに怪しい商売だった。
 スイーツバイキングで堂々とスイーツを販売する瀬山 裕輝(せやま・ひろき)に、皆遠巻きに微妙な笑顔でお茶を濁していく。
 と、そんな裕輝の目に一番大きな皿の上、
ドカドカとケーキを山盛りてんこ盛りにしていくシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の姿飛び込んで来た。

「なんかえらいみんなビビってんなー……。
 なんで合コンで男がびびってんだよ!?
 お前等もうちょい頑張れよ!」ワイルドに笑うシリウスに、皆どうして良いのか分からない。
 いや、この感じ。気づいてないのはあんたくらいですよ。と、そんな空気だった。
「シリウスちゃん。今この店はシスコンが――」小声で言った耀助の背中をバンバン叩いてシリウスは爆笑する。
「ったくお偉いさんだかシスコンだか知らないがびびりすぎだぜ。
 軍隊が来る訳じゃあるめーし」
「軍隊きてんだよ!」と言いたいところだが、耀助はもうこれ以上巻き込まれたく無いので黙ってしまう。
「もっと盛り上がってこうぜ。
 ――キロスはどうした?
 ありゃ? なんで大剣持ったウェイトレスに追っかけられてんだ?
 まあいっか。耀助もそう避けんなよ。
 えーっと、ジゼルだっけ?
 ちゃんと輪に入れてやろうぜ。新しい出会いを探しに来たんだろ?」
 またも空気穴に居たジゼルを引っ張り出そうとするシリウスの腕を掴んで、耀助は全力で首を横に振る。
「ジゼルちゃんは! あの周りの三人のオニイサンたちと楽しくしてるし!
 邪魔しないほうがいいし! ほんと! いいし!!」
「何必死になってんだよ耀助。
 お前おかしいぞ?」
「いや、おかしくない! おかしくないから! だからもうちょっと、もうちょっとでいいから――」
 耀助が両手を下に下にと下げるジェスチャーをしていたところで、裕輝が割って入って来た。
「そっちこそどないしてん?」
「え、オレ?
 いやオレはぶっちゃけ飲み食い目当てで合コンはおまけってか参加費みたいなもんだし。
 飲み食い付き合うってなら歓迎だけど、その後は知らねーぞ?」
「ええよ。
 あとこの縁結び饅頭買うてくれへん?」
「饅頭? こんだけタダの菓子がてんこ盛りなのになんでそんなもん買うんだよ。
 つーかここの菓子ホント美味いぜ!」
「いらん? 安くしとくで?」
「いらね」
「そら残念。
 ほんだらオレも元取らなな! 食うで!!」
 こうして二人は競い合うようにスイーツを貪り始めた。
 厨房はてんやわんやだ。
 そんな中。『ところで合コンってプレゼント的なものは必要なんだろうか』。
 そう思った裕輝は何となく準備していたプレゼントを、笑って食べて飲んで騒いで食べてなシリウスにピンク色のチャームがついたペンダントを渡した。
「ほれ、やるわ」
「おう。ありがとな?」
 素敵な桜のモチーフは、皮肉が込められている。

 『もうちょい大人しなりぃな』

 的な。



 と。まあここまでは前座である。
 彼(か)の男の真の目的は妬みにあり。
 恐らく似たものが居る。同じ事を目的とした者が居る。
 その気配を察した時、妬み隊隊長は時を同じくして動くのだ。
「……装着」
 低い声でダークヒーローばりに仮面をつけて、格好良くポーズをとった裕輝は、黒いタキシードに口元以外を仮面で覆った存在へと変身した。
 いや、着替えたのか? 良く分からん。
 とにかくそう、その姿こそ……
「そう、我こそは嫉妬の使者――ジェラシード仮面!
 またの名を嫉妬マスク!!」
 キメキメなその瞬間、コードを引きづりながら歩いていたアレクはその裕輝を見て素直に感想を述べた。
「Awesome!(すげえ)
 You are nuts!(おまえ頭おかしいよ)」
「我は今、嫉妬の炎に燃え上がっているん……のだ!」
「I see.(ふーん)」
 裕輝の謎のノリにアレクも何かしら納得して、唐突に鼠のようなカン高い声で台詞を言い出した。
「じぇらしーどかめんさま。
 この男をやっつけちゃって。
 こいつぼくからいもうとをとろうとするわるいやつなの。
 ぼく、いもうととなかよくするこの男を――


 ぶち殺したい」
 最後だけは素だった。
「――なんという素晴らしい嫉妬を持っているのだ。
 少年、お前の願いは聞入れた。
 このジェラシード仮面がお前に成り代わり、その男を成敗してくれよう。

 トゥオウッ!!」
 
 と言う訳で、アレクはヴァイシャリー行きの予定を変更し、
 ジェラシード仮面にコードをお任せして、
 自分は二人の一騎討ちをモニターで(託と爆笑しながら)見守る事にした。