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【第九圏の一・コキュートス トロメーア】


「別に合コンで彼氏見つけたかったわけじゃないの。
 でもこういう事があれば陣だって気が気じゃない、はず!

 ……だったのにジゼル発見……。
 そして内緒で来たのに、陣がいるじゃない……
 ティエンー!!」
 泣きついて来たユピリアの頭を普段と立場が逆転したように撫でて、ティエンは少し寂しそうに微笑んだ。
「ジゼルお姉ちゃんも来てるけど、アレクお兄ちゃんは来てないんだね。
 ちょっと残念。いっぱいお話したかったな」
「いない訳ないでしょ!
 絶対あの妹バカ変態が黙ってるはずないもの!」
「そっか。
 だったらケーキ食べながら探してみよっと」



「はぁ……ティエンまだキョロキョロしてる。
 あの子アレクに会うの楽しみにしてるのよね……疲れる」
 ジゼルに男が近付くのを見かけたら速攻で割り込んで、絶対にジゼルと二人きりにさせないように務めた。
 それからティエンにも悪い虫がつかないように。
 あちこち走り回ったユピリアは、この一時間ちょっとでどっと歳をとった気がしていた。 
 彼女は知らないのだ。陣が密かにユピリアをガードするようアレクに頼んだ事を。
 普段の二人は追いかけ回して・スリッパではたかれての関係だ。
 お互いに安心しきっているからこそ、忘れているものもあるのだろう。

***

「ニーチャンの方がみんなの兄を自称するのなら、ネーチャンの方が皆の妹を謳ってもいいんじゃないか?」
 自身と契約するリカインの話を聞いた時、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)はそんな風に考えた。
 『みんなの』と強調すれば抜け駆けを謀り難くなり、お互いが牽制状態になるだろう。
「そしたら例のニーチャンが出張る事も少なくて済むんじゃね?」と。
 そうしてその緊張状態を見張る事で自身の判官としての実績を作り易くしようというでっかい目的を裏に隠しながら、アストライトはその考えをジゼルに吹き込んだ。
「私が……、皆の妹?」
「そう。『みんなの』妹」
「……アレクは私のお兄ちゃん」
「そうみたいね」
「エースは私のお兄様」
「へえ?」
「大地は兄貴っぽい」
「はぁ」
「今日のカガチはお兄ちゃんみたい。
 だから日本風に兄(あに)様とか」
「……うん」
「あとはどうしよっか」
「呼び方の話しじゃなくてな」

 アストライトは多分、吹き込む相手を間違えたのだ。
 そう、ジゼルはお馬鹿さんだった。

***

「結局マスコミに情報流さなかったのか、ですか? 
 ええ。 
 結果として犯してしまった罪の贖罪は敵味方問わず等しく負うべきです。 
 それが法の下の平等というものです。 
 ですから三校長の言い分に完全に納得した訳ではありませんが 
 同志ジゼルを不必要に追い詰めるのは本意ではない、
 というのも事実でしたので。 
 水底に落ちるのがあの男だけなら構わず実行したでしょうけれど。 
 革命的前衛たる同志エリスにウザイ等と暴言を吐くような反革命分子は、 
 ギロチンにでもかけるべきです。 
 ふふ、冗談ですよ。 
 パートナーをバカにされたほんのお返しです。 
 やり返す権利だって平等であるべきでしょう?」
 マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)の捲し立てるような話に、雅羅は兎に角相づちを打つ事で精一杯だった。



「仁科耀助」
 呼ばれて振り向いた先には藤林 エリス(ふじばやし・えりす)が居た。
「アレクに狙われてるって気づいてるんでしょ?
 やられる前に殺るわよ。
 生き延びたければ協力しなさい!」
「いや、生き延びたいから穏便にやり過ごしたいんだけど――」
 そう話す耀助の腕を掴んで、エリスは無理矢理裏へと押し入った。
「あたしが正面から乗り込んであいつを挑発するから、あいつがあたしに気をと取られている隙に背後から暗殺するのよ。
 あんたも忍者ならそのくらい出来るでしょ」
「(いやそれ、アレクと同等……というかそれ以上に)ヤバいんじゃ……」
「何よ!!」
「いえ何も――」



 裏の通路で暴れている者が居るとの通信に、様子を見に行ったアレクはため息をついた。
 確かに変な女が居る。耀助を引き連れた派手な格好の魔法少女だ。
 アレクの姿を見るなり、エリスは叫んだ。
「シスコン男が嫉妬に狂う姿が見れるって聞いて、笑いに来てやったわよ!
 あんた、あのゲーリングと性格そっくりね。同族嫌悪って奴?
 上っ面だけ狂人気取った女々しいロリコン野郎が!
 ミロシェヴィッチ? エロのビッチの間違いでしょ?!
 適当に横文字並べてればカッコいいとでも思ってんの?
 欧米コンプレックスの日本人じゃあるまいし、はっきり言ってダサイわよ!
 あんたに言われたセリフ、そっくりそのままお返しするわ。 
 『ウザいんだよアンタ、もう――」
 話しながら耀助を陽動にし(耀助に背後から攻撃せよと言ったエリスだが、どうせ耀助じゃ殺せないと思っていたのだ)アレクの背後から古代シャンバラ式杖術で彼の頭を殴ろうとしていたエリスの天地が逆さまになった。
「何すんのよ!」
 顔を上げて目の前に立っていたのは騒ぎに様子を見に来たカガチと何人かの店員だったので、誰にされたのかは分からない。
 兎に角この何れかに投げ飛ばされた事は間違いないだろう。
 或は後ろを向きもしなかったアレク自身にやられた可能性もあるが。
 立ち上がろうとしている間に身体は宙を舞い、エリスは外へと連行される。
「お客様こちらは関係者専用ですので――」
「ちょっと! 離しなさい! 下ろして!!」



 隊士とエリスの声がすっかり聞こえなくなる。
 さっきの言葉に、アレクにも思う所はあった。
 ジェラシード仮面様にああいったものの、実際のところ自分は大してここの男達に嫉妬という感情を覚えた事が無いこととか、
 ロリコンロリコン言われているが、ジゼルは17歳で自分は19歳なんだがなぁとか、
 日本人がBとVを聞き分けられないのは本当だったのかとか、一つ一つツッコミはある。
 が、何の感情も持てない相手にそれをするのは面倒だった。
 陣のようなツッコミ体質の奴はこんなに面倒なことをしていたのか、と感心するばかりだった。
 ただ一つ、隣に居るカガチに与えておきたい情報に、アレクは口を開いた。
「カガチ」
「あん?」
「俺の出身国は知ってると思うが」
「挨拶だけは覚えてやったよ王子様」
「現国籍はアメリカ合衆国」
 吹き出したカガチにつられて、アレクは珍しく本気で笑い出した。
「欧米人が欧米に何をどうコンプレックスするんだろうな」
「違いねぇ」

***

「耀助さん! 大丈夫ですか! 耀助さん!!」
 目を覚ました耀助の眼前に広がっていたのは、潤んだ瞳で彼を見つめる悲哀だった。
「良かった。目を覚まされたのですね」
「ひ、あいちゃん……?」
「こちらで大きな物音がしましたので、様子を伺っていたところ……
 黒髪の男性に手招きされたのです。あれは確かジゼルさんのお兄さんでした。
 そしたらここに耀助さんが倒れていて――」
 混濁する意識の中、耀助はパズルを組み合わせる。
 確かエリスに対アレク戦を強要されて、そのアレクに蹴り飛ばされた。その辺りまでは覚えているが――。
「(あいつ自分で蹴っといて――)」
「耀助さん、どこか痛みますか?
 良かったらタオル、もう一回冷やしてきます……!」
 耀助の額の濡れタオルをとって立ち上がろうとする悲哀を手で止めて、耀助は彼女の柔らかい太腿の感触を噛み締めるように目を瞑った。

 思えば散々な一日だった。
 スタートは塹壕で吹っ飛んだ。
 セレンフィリティはあの後、良い線まで行ったと思ったのにラストでまさか「ざんねんでしたー」なんてバラエティ番組のオチのように、彼女とセレアナの関係を教えられた。
 その前はジゼルに近付いた際に大地に「近過ぎですよ」と腕を捻り上げられて手刀を首に入れられて、気がついたらカウンターの後ろで寝ていた。
 沙夢には無碍無くスルーまでされてしまった。
 プライドも肉体もボロボロの二時間。この他にも一体何度酷い目に遭った事だろう。
 最終的にはエリスに強制連行された先で一番酷い目に遭ったというのに、その一番酷い目を遭わてくれた相手がこんな慈悲をかけてくれるとは。 
「畜生……蹴られといてなんだけど

 幸せだよ馬鹿兄貴ありがとうな!!」