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断崖に潜む異端者達

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断崖に潜む異端者達

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◆断崖の拠点内部・連絡通路◆

 出入り口付近だけで見ても、拠点内の面積はかなりの広域に渡っている。
 例えるなら空港のロビーのような地形(地下なので解放感は皆無だが)であり、
 隅々まで見渡せば、拠点奥へと至る経路はいくつか存在した。

 その内の目立たない1つ、本隊とは大分離れた抜け穴のような道から、
 ユキノ・シラトリ(ゆきの・しらとり)はコッソリ拠点奥へと侵入していた。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が待機指令を伝達する、ほんの1分前の事である。
 一応、彼女1人ではなく、ジェレミー・ドナルド(じぇれみー・どなるど)ユキヒロ・シラトリ(ゆきひろ・しらとり)も一緒だ。

「姉ちゃん、作戦上じゃまだ奥に進むのは早いんじゃ……」

 念のためにユキヒロは言ってみた。
 軍の待機指令を聞いていたら、さすがのユキノも踏み留まっただろう。
 しかし、先に拠点奥へ進んでいたためジャミングの圏内に入ってしまい、ゆかりが伝達した指令を聞き取れなかったのだ。

「大丈夫、エレクトラの奴を一撃殴ったら、本隊のところに帰るよ」
「大丈夫、かなぁ? あーあ、姉ちゃんのサポートで忙しくなりそ」

 ユキヒロは観念して、なるべく戦況を把握するよう努めることにする。
 ユキノがこの状態になったら、もう止められない事を知っているからだ。
 シズレの一件にしてもそうだが、彼女は人間を改造したり、それを悪用したりする事に非常に敏感だ。
 エレクトラの連中に対して沸き上がる、非道を許せないという純粋な怒りの気持ち―――
 感情には理由がない。だから、止めることなんてできないのだ。

「まったく、貴様がそういった感情を抱いていると、【精神感応】でこちらまで頭が痛くなってくるぞ。
 ただでさえノイズが奔ってうるさいというのに……要は一発殴ってすっきりしたい、そういう事だろう?」

 ジェレミーは自己中心的だな、と鼻で笑う。
 強化人間だからという理由で過去に監禁されていたジェレミーも、エレクトラの行いについて思うところはある。
 ただ、それを態度には出さないようにしている。
 今は……暴走気味のユキノを刺激することになってしまうからだ。

(ユキノのわがままに付き合うのは癪だが、放っておけば何をしでかすかわからんからな)

 そういった理由で、「どうしても一発だけ」というユキノに随伴しているのである。
 
 思い思いの動機を理念に、人気の無い細道を慎重に進んでいく。
 そしてしばらく経つと―――常に展開していた【禁猟区】に、敵兵が引っかかった。
 物陰から視線を覗かせ、様子を窺ってみる。

「……2人か。
 どうやら奥の扉を守っているようだが、“斬られ役”としてはおあつらえ向きだな」

 ジェレミーはユキノの怒りを収めるためだけに動いた。
 物陰から飛び出し、出会い頭に【ヒプノシス】を放って、見張り2人の内の1人を眠らせる。
 もう1人が反撃してくるが、それはユキヒロが【ディフェンスシフト】で庇うように動き、弾き飛ばした。

「姉ちゃん、やるなら今だよ!」
「さっさと終わらせろ」

 2人が戦いの場を整えてくれた。
 ユキノは一目見ただけでそれとわかる、「許せない」という形相で敵兵ににじり寄る。

「な、なんだお前は……」

 そのあまりの気迫に気圧されたのか、
 相手は後退しようとして睡眠状態の味方に足を取られ、転倒する。
 それでもユキノは殴ろうとするのを止めない。

「もう、この気持ちは、怒りとか悲しみとかの言葉じゃ表せない」

 【パワーブレス】発動。華奢な体つきのユキノの拳に、僅かながら力が宿る。
 彼女は武器として『カナンマインゴーシュ』を所有しているが、どうやら今回は使用しない。
 気持ちを込めた一撃を放つこと自体が目的なのだ。だったら拳以外にありえないだろう。

「エレクトラはIRIS計画を断ち切らずに、広げることで大きな犠牲を生んだの……!
 これ以上、許しておくわけにはいかないっ!!」

 ―――ユキノの拳が決まった。
 威力を見ればあまりに弱く、漫画とかでよくあるみたいに、壁まで吹っ飛ばすなんてことはできなかった。
 それでも、その拳は芯に突き刺さり、敵兵をその場にくずおれさせた。

「……満足したか?」

 ジェレミーは相変わらず素っ気ない様子で問いかけてくる。

「うん。だいぶすっきりしたと思う。2人ともありがとう」

 ユキノは率直な感想を述べた。
 そんなやり取りの間も、ユキヒロだけは慌ただしく動こうとしていた。

「終わったんだから、早いとこ戻ろうぜ!
 次に敵が出てきたらどうなるかわからないし、勝手に動いたから教導団の人にも怒られるかも……」

 彼の言う通り、一同は急いで元来た道を戻ることにした。

 こうして、小さな自己満足のための戦いは終結したのであった。
 しかし―――拠点を巡る攻防は、まだ終わってはいない。





◆断崖の拠点内部・断崖側通路◆

 両出入り口からは、結構奥深くまで潜り込んだ地点であるこの場所。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)、そして如月 和馬(きさらぎ・かずま)の2人は、偶然なのか必然なのか、こんなところで合流した。
 2人とも全速力で駆けてきてT字路で鉢合わせると、残る1本の道の先へと全く減速せずに駆け抜ける。

「おう、アンタも単独行動中か? 奇遇だねぇ」
「そうだな。そんな事言ってる余裕は無いけどな!」

 彼らの共通点は、エレクトラ側の事情を知りたがっていた者であること。
 それぞれ独立して拠点内へ忍び込み、エレクトラ側の幹部と何とかコンタクトを取ろうと動いていた。
 ところが、敵陣真っ只中で話し合いの場を持とうというのは、さすがに厳しかった。
 自分は中立であると主張したところで、エレクトラ側は聞く耳を持たなかったのである。
 そのため現在―――
 教導団が送り込んだスパイだという疑惑をかけられて、敵の大軍の追跡を受けている。

「悪には悪の理由が有る、なんて思ってさ。
 教導団に任せてたら一方的にエレクトラ潰しちゃうだろうし、その前に向こうの事情知っときたかったんだけどなー」

 唯斗は喋りながらも『不可視の封斬糸』でさり気なく罠を形成していく。
 ただ逃げているだけでは脱出の機会は訪れない。いずれ追いつかれてしまうためだ。

「……その点はオレも同意見だが、漠然と忍び込むだけじゃ準備が足りなかったか。
 知人の情報で、話が通じそうな幹部がエレクトラにもいるって事は知ってたんだが……
 もっと具体的に、確実に狙った相手に接触できる方法を考えとくべきだったぜ

 倣って、和馬も『ヘルハウンドの群れ』を呼び出し、時間稼ぎに当たらせる。
 完全な行き止まりにぶつかる前に、この時間を利用して脱出したいところだ。

「確か、俺が侵入に使ったダクトみたいなパイプラインがこの辺に―――」

 唯斗は断崖を『モンキーアヴァターラ・レガース』によって降りて、配管を伝って侵入してきた。
 それと同じ方法で外に出ようと、しばし足を止めて【超感覚】で空気の流れを追う。
 すると、そのダクトは天井にすぐ見つかったのだが、
 振り向いた和馬の目に映ったのは、怒濤の追跡で距離を詰めてくるIRIS兵達の姿。

「駄目だ、こんなところ呑気に通ってたら、確実に下から蜂の巣にされるぜ」
「だったらここの壁をぶち抜きましょうかね……そんなに厚くなかったはずだ」

 唯斗は『アトラスの拳気』を纏って、壁に向けて【正中一閃突き】を放つ!
 壁面に縦一直線の亀裂が走り、強い風が入ってきた。

「どうやらビンゴみたいだな!」

 和馬は綻びが生じた壁めがけて『七界の剣』を突き立て、無理やりこじ開ける。
 壁の先は、しばらく前に空峡側の制圧部隊が交戦していた空域だった。

「「脱出!」」

 2人はそれぞれ『影に潜むもの』、『小型飛空艇オイレ』を使って、空峡に飛び出していった。
 背後から少しだけIRIS兵達の叫んでいる声が聞こえたが、
 距離が離れるにつれそれも無くなり、なんとか脱出に成功したのであった。





◆断崖の拠点内部・サーバールーム◆

 少数の精鋭にて隠密偵察を実施し、最優先事項として敵拠点の自爆機能の有無を確認せよ
 それが、羅 英照(ろー・いんざお)よりルカルカ・ルー(るかるか・るー)達に送られた、極秘任務の内容だった。
 この任務が完了するまでは、森側・空峡側どちらも迂闊に進軍ができない状況らしい。

「しかし、このジャミングは何なのだろうな。
 『小型精神結界発生装置』のお陰で、敵に感知されたりする事はないが、マッピング機能がうまく作動せん」
「でも、なんとかそれらしい場所に辿り着けたよね。
 どう? ダリル……ここで拠点機能の解析できそう?」

 自分達の任務が遅れれば遅れるほど、敵に立て直す時間を与えてしまう。
 その責任感から、ルカルカは少しだけ焦っていた。
 とはいえ、既にルカルカ達は『ベルフラマント』を使用した隠れ身で、
 断崖の拠点サーバールームへの潜入に成功しているので、結果が出る時は近そうだった。

 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はデータの集積されていそうな装置に目をつけると、
 その付近で『シャンバラ電機のノートパソコン』を広げ、キーを叩いていく。

「見たことのない形状の集積装置だが、すぐに解析可能だろう。
 ただ、ハッキングを始めると、おそらく俺達の存在は敵にバレる」

 ダリルの言葉に、夏侯 淵(かこう・えん)はサーバールームの入り口を見張ったまま、

「要は、俺とルカは足止めしておれば良いのだろう?
 それで全てが上手くいくのなら、お安い御用だな」
「そうね。ダリルはそっちに集中してて! そもそもこの部屋に自体近づけさせないわ」

 圧倒的な戦闘力を持つ、彼女達だからこそ言える台詞である。
 少数での潜入にルカルカ達が選ばれたのも、この力を当てにしているところが大きかった。

「では、始めるぞ」

 ―――そう言って、ダリルはハッキングを開始した。
 【機工マスタリ】や【電脳支配】、【先端テクノロジー】といったあらゆる技能を駆使して、
 未知の装置を少しずつ、だが確実に紐解いていく。

「敵兵が来たようだ。出るぞ、ルカ!」
「うん!」

 間もなくして、部屋の外にIRIS兵達が現れた。数は6人ほど。
 夏侯淵と示し合わせて、あえてこちらから扉を破って攻勢に出る!
 ルカルカは狭い通路での戦闘ということで【光条兵器】を武器に選んだ。
 迫り来るIRIS兵達だけを対象に取って、剣状の光を横合いに構える。

「馬鹿め! 気づかれぬとでも思ったのか!」
「ハッキングなどさせぬぞ!」

 敵は、立ち向かってくるルカルカに、案外怯んだ様子を見せない。
 もしかしてそれなりに手練れなのだろうか。
 夏侯淵はルカルカが討ち漏らした時に備えて、後方より追従する。

「気をつけろ……! 数も多いぞ!」
「回り込むわ。淵は正面から!」
「了解だ」

 ルカルカは得意の【超加速】を駆動し、ムーンサルトのような動きで敵勢の頭上を飛び越える。
 通常の速度からいきなり加速したため、敵は目で追えていない―――
 チャンスと見たルカルカは敵陣の後方めがけて、【ショックウェーブ】を打ち下ろす。

「「!!!」」

 突如出現した強烈なエネルギー波で、IRIS兵3人は卒倒。
 残る3人は、サーバールームから見て通路の手前に、風船が弾けたみたいに吹っ飛ぶ。
 で、吹っ飛んだ先にはもちろん夏侯淵が待ち構えていて、

「受けろ!」

 【魔剣『青龍』】と【魔剣『朱雀』】を交差させるようにして斬り捨てた。
 ―――どうしようもなく弱かった。

「なんだ、根拠の無い自信というやつだったか……」

 IRISとか言っても大したことないな……、と剣を収める夏侯淵。
 と、ちょうどその時、ハッキングを終えたダリルがサーバールームの壊れた扉から出てきた。

「ダリル! どうだった?」
「解析完了だ。
 断崖の拠点には、即座に自爆できる装置も火力も存在しない事が判明したぞ」

 羅の指示で目的を絞り込んでいたとはいえ、ものの数分しか経っていない―――圧倒的な解析速度だった。