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リアクション
幕あい: 教室開催前夜
夜のシャンバラ大荒野。
地面に大穴があいている。
マントのフードだけ脱いで、その穴の縁に佇む男――スカシェン・キーディソンは、体をかがめて顔を穴にぐっと近づけ、目を凝らしていた。
夜の穴は闇の深淵だ。実際にはさほどの深さはなくとも、彼の目には底知れない深坑に映る――まるで、ナラカまでも通じているかと思われるような、無限の闇のように。
ほんの少し前まで、闇商人たちが隠れていたアジトだ。ここを中継点とし、恐らくは『商品』をここに一時隠しもして、そこから各地の後ろ暗い『お得意様』へ売りに出歩いたのだろう。
アジトが潰された時、そこにいた者はひとりも助からなかったと聞く。闇商人はともかく、そこに『商品』はいたのだろうか。
闇商人の商品に多いのは人身……特に知られているのは花妖精。
視線を落とした時、鼻先を懐かしい香りが掠めたような気がした。
「花……」
スカシェンの口から、言葉が零れ落ちる。そのことに、一拍おいて自分でハッと気づく。続いて唇に上ったのは自嘲の笑みだった。
(何をバカな)
香りは幻。そんなことは分かっている。荒野に満ちているのは砂っぽい乾いた風の匂いだけ。
しかし、時折蘇る、古い懐かしい香りの褪せぬ鮮明さに自分で驚かされる。
「……感傷というものほど、不要なのに処分し難いものはないかもしれないね」
そう呟きながらも、その場にしばし、今度は穴を観察するという風でもなく、何をするでもなく立ち尽くしていた。
次に彼が我に返った時、彼の周りには無数の光る目があった。
荒野に住むハイエナ系や、狼属の四足獣たちだろう。スカシェンを取り囲み、唸るような低い声を時々発しながら、目を爛々と光らせている。彼らの狙いは明らかである。
狩りの標的にされているという事実にも臆することなく、スカシェンは微笑んだ。
「ちょうどよかった。こんな機会もあるんじゃないかと、一握り失敬しておいた甲斐があったね」
言いながら、隠しから小さな袋を取り出した。
「動物相手……全く結果は読めないな。
でもまぁ、『魔族以外』であることには、変わりないと言えば変わりないし」
スカシェンの魔力で、小さな袋は空中にゆっくりと浮かび上がる。
予期せぬ動きに、唸り声に警戒の色が加わりつつもその場を動かない獣たちの、上空にそれはふわんと浮かぶ。
「ははは、まるで『丘』のミニチュア……だね」
穴の縁を背に立つスカシェンの背後から獣たちへ、風が吹いた。
同時に、魔力は爆ぜた。
袋が破裂し、中から何か細かい――灰のような粉が散って、風に乗って獣たちの上に降り注ぐ。
獣たちの唸り声が変わった。
網に捕えられた時のように地に転がってもがきだす十数頭の獣たちを横目に、
「しかし、見届けられないのが残念だなぁ。
まぁ、どこかで知ることはできるだろうけど」
スカシェンはとっくに、アジト跡を遠く離れて歩きだしていた。
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