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リアクション
第6章 講師に質問
静かな緊張の中を、スカシェン・キーディソンは、教室であるホールに向かって歩いていく。
館の中には、彼には気付かれぬよう、影から注がれる視線が集中している。
「皆様、こんにちは。今回の講師を務めさせていただく、スカシェン・キーディソンです」
ホールで待っていた令嬢たちに向かって、スカシェンは紳士的な笑みを顔に浮かべて慇懃に挨拶し、令嬢たちもにこやかに拍手でこれを迎えた。
しかし。
「……皆様には申し訳ないですが、まだ教室の用意が整っていないようですね」
まだ、必要な機材も、材料の魂も運び込まれていない。
おまけに、庭からはまだ餃子を焼いている令嬢たちのはしゃいだ声が聞こえてくる。そこにいる契約者たちが、令嬢に教室が始まったことを察知させないよう盛り上げていた。
だがホールにいる令嬢たちからすれば、その気配は異常である。何故庭にいる人たちは戻ってこないのか、と。
ホール内には訝るようなざわめきがさざ波のように起こり、それはスカシェンにも伝わっていないはずがない。
スカシェンは一度、咳ばらいをしたが、まだ笑みは消えてはいない。
「どうやら……こちらのスタッフの不手際で、時間通りには始められそうにありませんね。
整うまで、少しお話でも……させていただきましょうか。
皆様は普段、魔鎧と近い場所にはいらっしゃらないと思いますので、まず、そもそも魔鎧とは」
「そんなことより、訊きたいことがあります、『スカシェン先生』」
いきなり、勢いよく手を上げた者があった。挙手しただけではない、座っていた椅子から立ち上がると、つかつかとスカシェンの前まで歩いていった。
「!!」
その場にいた何人かの契約者が息を飲んだ。
その緊張感の中で、挙手をした花妖精・ララカが、真っ向からスカシェンを見つめて、口を開いた。
「先生は、その昔、ティル・ナ・ノーグ近くの『青い木々の森』の中にある花妖精の隠れ里に行きましたね。
なんで、あの里を知ってたんですか? 花妖精じゃないのに。
闇商人に見つからないよう、外の種族には口外せず、ひっそりと隠れ住んでいたのに……!」
室内のざわめきは、先程より一層大きくなっている。
ララカは怯む様子もなく、睨むようにスカシェンを見据えている。
スカシェンの笑みは完全には消えていないが、大分薄くなっていて、瞳の奥には暗い色があった。
「君は……あの里にいた花妖精かい?」
「そうよ。……あんたが来て帰ったすぐ後に、闇商人が侵入してきて、あたしたちはほとんど皆捕まって、商品として連れてかれたわ」
スカシェンは一度ララカをしっかりと見た。
「そうだったのか」
「すまなかったね」
スカシェンは、出し抜けに、頭を下げた。
「僕があの里に行ったのは、昔知っていた花妖精の故郷だと聞いたから……どうしても献花したかったんだ」
「献花……」
「……かつて、僕にとてもよくしてくれた、天人菊の花妖精でね。いろいろあって、最期を看取ることは出来なかったんだが……
闇商人たちは何か感づいて、僕を尾けてきたのだろう。僕の勝手な希望が引き金となり、君たちの平穏を壊してしまったことは、深く謝罪する」
その声にはどこかしんみりした響きがあった。
ララカは毒気を抜かれた顔で、ぼんやりとスカシェンを見ていた。
「(ララカさん、)」
横からそっと、近づいてきた北都が腕を引き、ララカは元の席に戻った。引き離したのは、まさかの事態を想定してのことだったが、しかし物騒な気配はなかった。
ざわめきは収まらなかったが、スカシェンは、顔を上げて場違いに明るい笑いを見せた。
「どうやら僕の個人的なことに興味がある人もいるようだ。何ならここは、僕への質問タイムとしましょうか?」
誰も最初、答えるものはなかった。が。
「それでしたら、幾つか……個人的な興味から質問させていただけますかしら?」
綾瀬がすんなりとその手を上げた。
飛空艇に向かったルカルカとニケの制圧作戦は、ごくすんなりと進んでいた。
服装に騙され、警戒することなく飛空艇内に入れてしまった乗組員たちが一瞬遅れて気付いて、
「何者だ!?」
と騒いでも後の祭りだった。【ドラゴンアーツ】【ヒプノシス】等で素早く乗組員たちを無力化していく。「非常時の連絡機器の場所」も予め捕縛したメンバーから聞き出していたので、そこに向かおうとした一人を【超加速】で先んじて制し、これも倒した。
「大丈夫? 怪我はないですか? ルカ」
「大丈夫大丈夫。はぁ。さぁて……」
超加速の後の軽い疲労を紛らわしながら、ルカルカは首をほぐすようにぐるりと回して、奥の扉を見た。
「この奥に、魂を封じた結界があるのよね」
「今まで作った中での最高傑作と思われる作品は、どんな魔鎧ですの?」
綾瀬の問いに、しばらく考えたスカシェンは、肩をすくめて答えた。
「貴女が私の作品をどれだけご存じかは分かりませんが……最高傑作……
そう呼べる作品はありませんね。
何故なら僕の頭の中にはいつも『これこそ最高の魔鎧』という理想形があるのですが……
いつも出来上がるとどこかが違うのですよ。何か違う、そう思ってしまうのです。
もちろん出来上がった作品はすべて愛しい。
けれど、最高傑作には未だ巡り会っていない。だから作り続けるんでしょうね、僕の場合は」
「僕も質問していいデスカ?」
続いて、ゲルヴィーン・シュラック(げるう゛ぃーん・しゅらっく)が手を上げた。
「何ですか?」
「どうやって、簡単に魔鎧に精製するのか……興味あるネ。教えてもらえないデスカ?」
ゲルヴィーンの質問は、魔鎧を作る者の目線から来たものだった。
(下手すると、僕みたいな古い職人は、お役御免になるかもしれないシ)
「簡単……ねぇ」
スカシェンは顎を指でつまんで考えるような素振りをし、それからふふっと笑った。
「簡単な方法なんてないよ。
ただ、初心者でも一生懸命心を込めて作れば、作品はできあがる。というだけの事さ」
(……)
はぐらかされたと思った。
が、気を取り直し、ゲルヴィーンはもう一つの質問をぶつけた。
「あと、訊きたいのは……強制的に従属させる術があるのかどうか、デス」
「強制的……?」
「ハイ。想像してみましたガ、魔鎧として肉体を得た途端に暴れ出す……なんてされたら、困るじゃないデスカ」
どうこたえるのか、また木で鼻をくくったような物言いではぐらかすのか。
待っているゲルヴィーンの目の前で、意外にも、スカシェンの目が揺れた。
「僕もそれを知りたかった……あったのかな、そんなものは……あったなら」
それは、覚えず漏れた独り言のような呟きだった。
ドオオオオオォォォン!!
突然、建物全体が震えるように揺れた。
「地震!?」
だが、床の下の方から物凄い音が続けざまにしている。
スカシェンは一瞬、驚いたように目を上げ――それから、どうしたのか――すぐに、何か悟ったような、諦念を帯びた目の色になった。
そして、口を開いた。
「今日、この教室にわざわざ参加するために来てくれた皆様、申し訳ありません。
こちらの手違いがあって――材料に使う魂の結界を誤って解いてしまい、逃がしてしまったようです。
魂がなくては魔鎧は作れません。よって、残念ですが、教室は中止になります。
参加費の払い戻しなどは、おってご連絡いたします」
そして、深々と頭を下げたのだ。
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