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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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第5章 バルレヴェギエ学派と魔界系統学


 館の地下を、神崎 荒神(かんざき・こうじん)神崎 綾(かんざき・あや)は歩いている。
 パートナーの頼みで、地下にある機械や機材等の写真を撮ったり、持ち帰れそうなものは持ち出そうとしている。
「とはいえ、持ち出すにはデカい器具ばかりだな」
 荒神はぼやいた。大体おかしな部屋ばかりで、ある部屋にはごちゃごちゃっと、何年も整理していない物置のように、埃をかぶった機材が詰め込まれているかと思えば、洗ったように何もない部屋もある。
「何か分かったか?」
 機材を【サイコメトリ】で見ていた綾に、荒神が尋ねると、綾は振り返って首を振った。
「この機械は何か、重要な操作をパスワード入力で行うみたいだけど……そのくらいしか」
 やたらボタンのある箱型の機械を見て、綾は不服そうに呟いた。
「どうする? 隣は『捕囚部屋』だけど……一応何かないか探してみる?」
 捕囚部屋、というのは昨日捕縛したスタッフを監禁している部屋だ。もちろん警察官の見張りがついている。けれど、荒神らが目的を明らかにして入るなら入れなくも……
「! ……しっ」
 突然、荒神が目を鋭くして綾の声を制する。
「……今、誰かの声が聞こえなかったか? 廊下の、向こうの方から」


 その頃、荒神らに調査を頼んだケイン・マルバス(けいん・まるばす)は、捜査本部で、魔鎧シイダと向き合って話を聞いていた。
「……私には専門的な学問の素養はありません。ただ、父がかつてはそのような学問に興味があったようで。
 学派の不定期発行冊子を送ってもらって読んでいたようです」
 シイダはケインに問われるまま、考え考えしながらぽつぽつと言葉を拾い上げるように答える。
「私が知っていることといえば、ほとんど父からの受け売りです」
「それでも構わん。知ってることを聞かせてほしい」
 自身も悪魔であり、「魔鎧の作成のノウハウ」は知っている、そして今までに色々な魔鎧を診察してきたケインである。蓄積した知識と情報は膨大なものになっている。
 それらを駆使し、コクビャク、『灰』、スカシェンや、シイダに実験を施した集団が口にした「バルレヴェギエ家」の学問、など――それらの断片を繋ぎ合わせてコクビャクの狙いを暴く。
 そのために、荒神たちが成果を持ち帰るのを待ちながら、シイダの話を聞くことにしたのである。
「『魔界系統学』とは、平たく言えば、魔族の根源を探る学問だと父は申しておりました」
 シイダは話し始める。
「この学問の主流派が『バルレヴェギエ学派』――バルレヴェギエ家が輩出した学者たちの論を依拠する一派ですが、彼らはその根源を『魔族の原本能』と仮称しています」
「げんほんのう、と?」
「彼らの定義によると、言葉通り、本能の一番の根っこにあるもっとも純粋な衝動的な本能……魔族特有の嗜虐性や多種族の魂への欲求など、でしょうか。
 彼らによる魔族の定義は、この原本能を具有しているか否か、だといいます。顕現しているかどうかは置いておいて」
 シイダの話をいちいち脳内で咀嚼するように、ケインは何度か肯いて考え込んでいたが、
「その学問がどんなふうに発展していったかは分かるか?」
 と尋ねた。
「結局、あまり広まることはなかったのではないでしょうか。異端の学問どころか、学界では大して認識もされなかったかと」
「バルレヴェギエ学派の研究者どもは今、何をしているんだ?」
「さぁ……かつては定期的に研究会を行っていたとか聞いていますが、今はもうそれもないでしょう。
 父の話によると、学派の没落は、当時の中心的存在であったバルレヴェギエ家の嫡男である学者が行方不明になったからだそうです」
「行方不明?」
「噂ですから確かなことは分かりませんが、嫡男は『原本能』研究のため、ザナドゥを出てパラミタ大陸のどこかに渡ったと言われています」
 それを聞いて、ケインは首を傾げた。
「それは何年前の話だ?」
「千年以上前でしょう……ですから、あくまで噂なのです。
 ザナドゥの住人が大陸へ行き来できるようになったのはつい最近ですから……」
 ケインも悪魔なので分かっている。長きにわたり、ザナドゥは「封印された」地だったのだから。
「考えにくいことだが……仮にそれが本当だとして、何故ザナドゥの外へ? 出ていくことで進められる研究って何だ?」
「『魔族』と『非魔族』を比較対象して……それで何かを証明するつもりだったのかもしれません。
 いずれにせよ、それ以降バルレヴェギエの嫡男は姿を消し、バルレヴェギエの家は没落、学派は事実上空中分解しました。
 嫡男出奔の明確な狙いやその顛末を知る者は、もういないとされています……」

 貴族とはいえ一介の悪魔に過ぎない者が、千年以上も前にザナドゥから簡単に大陸へ出ていけたとも思えないが、もし何か特殊な方法があってそれが出来たのだとしたら。
(もしもその人物がコクビャクに何らかの形で関わっているとしたら……)
 コクビャクは知っているかも知れない。その人物の研究内容を。
 いや、むしろその研究内容が……



 館の裏庭に、一人乗りのかなりコンパクトな飛空艇が入ってきた。
 ここにももちろん、警備の警察官が配置されているのだが、彼はそれを見て息を飲み、物陰に身を隠す。
 打ち合わせで聞いていた人相……スカシェン・キーディソンだったからである。
 幸い、見張りに気付かぬ様子で、彼は建物を回って玄関から入っていく様子である。
 警官は無線で、彼の到着を告げた。
 入館を妨げ、捕縛するわけにはいかない――人質がどうなるか分からないからだ。
 一瞬にして、館を静かな緊張が取り囲んだ。



「何だこれは、一袋分のはずなのに……ちょっと減ってるじゃないか」
「今朝方、あの魔鎧職人がちょっと貰っていくとか言って、別の袋に少し移し替えていましたよ」
「何に使う気だ!? というかあの男、これをぞんざいに扱ったんじゃないだろうな」
 声を低くするでもなく、白衣を着た2人の男が、地下室の廊下を歩いていく。
 一人の手には、両手でつかむくらいの大きさの透明な瓶がある。瓶の中は八割ほど、細かい粉末で埋まっている。
 声を低めないのは、ここに自分たちの敵がいるとなど疑ってもいないからだ。
「やれやれ、怖いもの知らずだな」
「お前、タァ様が改良したんだから大丈夫だって、スタッフに言ってたじゃないか」
「建前はな。言ってもあれだけ実験失敗を引き起こしてるんだから――」
 その時、扉から荒神と綾が出てきたのだった。
「!!」
「な、なんだ!?」
 白衣の2人組は、当然驚いた。荒神と綾は、持っているのが昨日聞いた『灰』だと直感したので、それを取り上げようと考えたのだった。
 危険極まるものだし――ケインはそれに興味を持っているに違いない。入手できればという思いも少しあった。
 だが、何やら危険なものだという話は聞いているので、いきなり襲いかかって強奪するというわけにもいかない。落っことして瓶が割れたりしようものなら、何が起こるか分からない。
 なので、どうしようかと次の手を考えながら、じりじりと距離を詰めていく。
「お前たち……何者だ!?」
 なんだか悪者が浴びせられるようなワードだが、向こうにしてみれば、この館は自分たちが押さえているはずなのによく分からない部外者がいて不穏な動きを見せているのだから仕方ないと言えば仕方ない。
「その物騒なもん、こっちにもらえないかな」
「! なんだと……!」

 その時、高い足音が聞こえてきた……白衣の2人の背後から。
「なっ……」
 そして白衣の2人は、曲がり角も分岐もない廊下の途中で、荒神&綾と、武器を持った執事服の男――「白蛇・裏式」を携えた宵一とに、前後を挟み撃ちにされていた。