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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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第2章 令嬢たちの朝


「皆様、昨夜はよく眠れまして?」
「目覚めのお茶はいかが? わたくしは最近、このブレンドに夢中ですのよ」

 昨日を平和にのほほんと終えた令嬢たちの朝は、また平和にのほほんと始まる。
 ホールには朝のお茶の香りが立ち込め、心地よく湿った温かさが部屋に満ちている。



「おはようございます、皆様」
 昨日と全く変わらぬ様子で、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)がいつも通り漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏ってやってきて挨拶すると、社交術を身に着けた令嬢たちは慣れたもので、昨日初めて会ったばかりの綾瀬にも昔からの知り合いにするように「おはようございます、綾瀬さん」とにこやかに返す。
「今日のお教室の説明、何かお聞きになりまして?」
 目覚めのお茶のカップを手渡してくれた一人の令嬢に、慇懃に礼を言ってから、綾瀬は尋ねた。
「今のところ、特に説明はございませんわ。材料を運ぶ『お船』が着いて、魔鎧作りの先生が入られるまで、しばらく待っていて下さいという話があったようですけど」
「そうですか」
 綾瀬は頷くと、ドレスにそっと囁いた。
「どうやら捜査本部の皆様は、あれを読んで下さったようですわね」
 匿名の手紙は彼女らの手によるものであった。
 コクビャクの企みなどは知ったことではない――特に、何も知らずに「魔鎧を作ろう」とこの館に集まっているザナドゥの貴族令嬢たちは。そして綾瀬の目的も、あくまでこの魔鎧作り教室が予定通り行われること。
 表向きには「教室の準備のため」などと繕い、隠してはいても、落ち着きのない気配が建物中に満ちているので、裏で何かが起きていることくらい、綾瀬には雰囲気から大体察しがついている。それでも、教室開催を妨げる動きが表出していないことは確認できるので、綾瀬は落ち着いて、ゆるりとお茶と、令嬢たちとの談笑を楽しむ余裕を持てる。
 カップを持ちあげ、もう一度優美に、綾瀬は微笑んだ。
「素晴らしく芳醇な香りですのね、このお茶」



 同じホール内に、やはり昨日に引き続き参加者というていで綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がいる。
「やっぱり、飛空艇が来る時にはほとんどがこの部屋にいる……ってことになりそうね」
 2人は、有事に備えて、館の内部構造の把握に努めていた。
 方針ではやはり、コクビャクメンバーたちは飛空艇到着後早めに全員捕縛を目指すが、だからといって館内の奇襲の確率が全くないわけではないし、何を考えているのか分からない反社会集団である。非戦闘員の令嬢たちに直接攻撃は及ばなくても、緊急避難をすることになる局面も大いに考えられる。
「廊下があまり広くないから、この部屋からこれだけ全員が一斉に避難するとなると……パニックが起きないか心配ね」
「少し、別の部屋などに分散するような事があればいいのだけど……」
 さゆみの懸念の言葉に、アデリーヌも眉を顰めて呟く。
「……取り敢えず、この部屋からの一番確実そうな避難経路を確認しておきましょうか。いざとなったらみんなを誘導できるように」
 さゆみがそう言って、先に立ってそっと部屋を後にする。それについていくアデリーヌが内心、大人数の避難誘導の難しさに加えて懸念していたのは。
(工夫しないと、避難誘導するつもりが率先して袋小路に突入しかねないわ……)
 さゆみの「絶望的方向音痴」ぶりのことだった。



 令嬢たちの有事の際の安全を考えているのは、やはりホールにいるクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)も同じだった。
「大丈夫ですか?」
 どこか所在なさげにしているのが気にかかったのか、2人を見つけたクローリナ嬢がやってきてそっと声をかけた。昨日の出来事からこの会の裏側にあるものを知ってはいるが、友人のメレインデ嬢と共に、昨日と同じように一参加者として館内で振る舞っている。古い馴染みのシイダのことを気にかけているのもあって、何かあった時には契約者たちに協力すると言ってくれている。
「何かお困りごとがあるなら…」
「あ、いや、別に困ってはいないんだが」
 慌ててクリストファーは手を振って、令嬢の気遣いを「それには及ばない」と辞した。
 有事の際に令嬢たちを避難誘導することを想定し、出口や通路の位置取りを把握し、敵がどこに陣取っていても対応できるよう、参加者たちがそれぞれのゲストルームからまだ出てこない早朝から館内を見回って、間取りは一通り頭の中に入っている。万が一契約者たちの捕縛の手を敵が逃れて侵入してきた場合のパターンも幾つか想定して、それらに対応できる手も考えた。
 ので、取り敢えず今は、このホールで令嬢たちの輪の中に自然に溶け込もうとしている最中であった。呑気で緊急事態など遭遇したこともなさそうな令嬢たちを、そのような際にスムーズに誘導するのに、彼女たちが安心してついてきてくれるには、自分たちを信用してくれる程度に溶け込んで顔見知りになっておきたいと考えたのだった。
 しかし、あまり必死にくらいつくように親交を図るのも不審に思われるだろうし、ゆるく和気藹藹な感じで……と思っているのだが、すでに初日にいくらかの結束ができているらしく、昨日はずっとシイダと行動していたためにいわば後れを取った形になった2人には、少しばかりさじ加減が難しいことになっていた。
 そのことをクローリナに話すと、
「でしたらあちらで、シュシュリィさんたちのお話を聞きませんこと?」
 という提案を受けた。
 彼女の話では、世間話や噂話の好きなシュシュリィという令嬢がいて、自分の知っているいろんな話をしたり、知っている噂話の真相を知っていそうな人に話を聞きたがったりするので、いつも賑やかな集まりが生まれるのだという。話を聞いてほしいので、初顔合わせも大歓迎という風らしい。
「広い世界を知っている契約者の方々には退屈な、田舎の噂話がほとんどでしょうけど……そこにいて傍にいる人たちと相槌を打ったりちょっとした感想を話したりするだけでも、ささやかな……“ゆるい”? 交流も生まれると思いますわ」
「なるほど」
 そこで、2人はクローリナとともに、小鳥のように朝からぴーちくぱーちく囀っている一団の元に赴いた。

 お喋り集団の中心・シュシュリィ嬢は、昨日と同じく貴族の参加者として振る舞っているソーマを捕まえて何やら話しかけている。
(令嬢……ていうか女は本当、お喋り好きだな……)
 内心うんざりしてはいるが、社交の場での振舞いを心得ている貴族として参加している以上、無下にすげなくするわけにもいかない。スマートに振る舞いながら、ディープには関わらぬよう、調度よくあしらわなくてはならない。
 「お家はどんなですの?」などと家出中の身としては答え難いことに質問が及んできたので、これは…と内心まいったものの、巧みに話題をすり替え、過去の恋愛話に持っていった。
「もう……昔の話ですがね」
 互いの身分を隠して恋に落ちた令嬢、その恋人との悲しい、惨い別れ……それを北都に救われたことなど(ちらりと見つつ詳細はぼかして)話した。悲恋の話に、感じやすい令嬢たちがお上品にではあるが目に涙を浮かべるので、今は新しい恋人が出来たと左手の指輪を見せたりもした。
「失礼いたしましたわ……わたくし、悲しい恋のお話を聞くと、いつもこうですの……お恥ずかしいわ」
 シュシュリィは繻子のハンカチで目尻を拭うと、気持ちを入れ替えようというかのように湿った声を高くした。
「そういえば、悲恋と言えばこんなお話、聞いたことありまして?」
 ――そして結局、自分の話に繋げてしまうのである。




 ずいぶん昔の……おとぎ話みたいなものですわね。

 戦いに明け暮れていた時代、ひとりの悪魔の騎士が、妖精と恋に落ちたんですの。
 ふたりは愛し合っていましたが、他の悪魔が妖精を我が物にしようとしましてね。
 彼は魔鎧職人だったので、親切を装って、騎士のために、妖精を魔鎧にしてやると申し出たんですって。
 騎士は悩んだのだけど、妖精の方が自主的にそれを受け入れたんですの。
 彼を守る鎧となりたい、と。

 ところが職人は、妖精を魔鎧にする際に、魂の形を変えて記憶を消してしまったの。
 何も知らず、魔鎧になった妖精は、愛する騎士を忘れ、職人と恋仲になってしまった。


 ……それでどうなったかですって?

 実を言いますとね、この話の結末は、話す方によって違いますのよ。

 騎士が怒り狂って、職人と魔鎧を殺してしまったとか。
 逆に、絶望して己の命を絶ったとか。
 魔鎧が記憶を取り戻し、騎士の元に戻った、なんてハッピーエンドを唱える方もいましたわね。
 結局記憶を失った魔鎧は浮気性になって、職人の元も離れて心のままに男性遍歴を重ねた、なんてふしだらな話とか。これはこれで面白い気もしますわ。
 あるいは復讐のために騎士は自らも魔鎧作りを覚え、裏切った職人の身内を魔鎧に変えて遠い国に売りとばして復讐したなんて荒唐無稽な結末も。これでは物語が長くなりすぎですわ。
 
 お好みの結末で満足してください、ということでしょうかしらね。ほほほ。


 ……事実か、ですって?
 さぁ、古い時代の……やっぱり、おとぎ話だと思いますけど。