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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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第8章 真実と、拍子抜けの援護者


 地下の機械破壊騒動は、サイコメトリで知識を得ていた綾の活躍もあって、何とか途中で食い止めることができた。
 もっとも、完全な動作停止までの間に、機械はあらかた壊れてしまっていたのだが。何とか、原形をとどめた状態で破壊を途中で止められた、というくらいである。
 それでも、半ば爆発のような破壊が最後まで続いていたら、この部屋のみならず地階の数室が潰れてしまっていたかもしれない。事実、破壊が止んだ後、部屋の壁には幾つも大きな亀裂が走っていた。
 崩れる危険がある、ということで、全員が速やかに部屋を出、人身保護のため、本部は地下を出て場所を変えることにした。昨日の最初に本部を構えていた、あの古い競技場の番小屋に戻ることにした。捕まえたコクビャク構成員は、昨日捕まえた者も合わせて空京警察本部に送るべく、護送用飛空艇の出動を要請した。


 教室に参加するはずだった令嬢たちは、全員怪我もなく、白林館のゆったりとした芝生の庭に避難出来た。
 令嬢たちからすれば思ってもいなかった形で、人生初めての魔鎧製作というチャレンジの場が失われてしまったわけだが、そのことを本気で悔しいと思っている者は大していなかったようだ。
 もちろん、せっかくの機会がおじゃんになって残念だ、というくらいの思いはあるだろう。だが、所詮は金持ちの「ちょっと変わった遊び」の延長のような感覚での参加である。
 それに、普段は生まれ育ったザナドゥの片田舎を離れることのない貴族令嬢たちがタシガンにまで遠出をし、女子会のような、合宿のような、滅多にない体験ができたのだ。目的は果たせなかったが、それでも普段の生活にない楽しみを満喫できたのだ。怖い思いはしたが、契約者たちに守られて避難し、安全を取り戻すと、たちまちパーティ気分が戻ってきたようだった。
 というわけで、各々の使用人たちも使ってさっきの作業テーブルと鉄板を設置し直し、新たに仕切り直しての餃子パーティが再開された。材料はあらかた使い果たしてしまっていたものの、そこも令嬢たちは使えるものをフル動員で使わせ、様々な食材を調達してきた。
 必ずしも餃子にあう材料とはいえなかったが……

「ザクロと葡萄……温室みかんなら用意できるのですが……」
 あの令嬢がはにかみながら言った時、恭也はさっき約束した、彼女の作った餃子を貰って食べていた(あーん、はさすがにちょっと気恥ずかしかった)。ローズマリーで肉の臭みの消えた、不思議な味の餃子だった。
「ちょっとそれは……あんまり餃子っぽい材料じゃねえな」
「あら……他の皆様のように、アボカドやチョコレートボンボンの方がよろしいのかしら……」
「……だからな」

「もっと小麦粉があれば、クレープなんかにしてもよかったかな?」
 令嬢たちが持ち寄る食材を見ながら、弥十郎が首を捻る。八雲は呆れたようにそれを見て、
「いや、ここでメニューを増やしても……」
「あ、でも果物を添えるならパンケーキでもいいかなぁ。粉さえあれば」
「……だからな」







「タモン? あぁ、あいつね」
 小屋に場所を移した捜査本部で、警官や契約者たちに取り囲まれて椅子に座ったスカシェンは、臆した様子はなく、目は笑っていた。
「そんなに怖い顔をしなくても。いくら何でも僕だって、自分の作った魔鎧を殺させるわけないじゃないか」
「本当かぁ!?」
「どのみち、僕が行こうがコクビャクがいようがいまいが、彼はあそこに行くことになってるよ」


*******

 その頃。
 大荒野に陽は落ちようとしていた。
 黄昏のオレンジ色と夜の始めの紺色が混ざり合おうという時間の中。
 空気は冷たさを増し、アジト跡も人気は絶えていた。実紘と卯雪の一行以外には。
 ――時間はまだ、指定されたよりは少し早い。

 狼のような獣の遠吠えが、聞こえる。
 遠くから聞こえてくるにしては、やけに多い。なにかとても不穏な感じがする。卯雪は落ち着かなげに辺りを見回す。と、
「実紘、あれ!」
 遠くからじわじわと近づいてくる、光る眼の集団に気付いて、声を上げた。
「コクビャク!? ……!? 違う……狼?」
 じわじわと、ゆっくり、確実に近付いてくる集団。
 確かに狼やハイエナのような野獣の集団だが……何かがおかしい。
 餌を求めて狩りをするなら、もっと遠巻きから様子を見ながら距離を詰めてくるはずだ。何より、何種類かの四足獣が一緒に足並みをそろえて、こっちへ一直線に向かってくるなんて。
 獣の狂暴さや狡猾さとは違う――何か獣らしからぬ衝動に動かされているかのような、じわじわと不気味な動きだった。
「かぱぱぱっ(俺に任せてください)!!」
 光学迷彩で身を潜めていた画太郎が飛び出し、獣たちを前に卯雪らを背に庇う。
 まさか獣が相手になるとは想定していなかったが、主を守らなくてはならないことに変わりはない。
「あたしたちもやるよ! 卯雪、後ろに下がってて!! 博衛、お願い!!」
「承知!!」
 実紘も持ってきた銃を構え、博衛は佩いていた刀を抜いて卯雪を庇う。
 野獣たちは飛びかかってきた。――


「どうなってるのかしら」
「さぁ……」
「あの狼が、まさかコクビャクの手の者!? ……それはないか……」
 アジト跡の穴の中で顔を合わせたヨルディアとネーブル、そしてカーリアは、この穴の内部には誰も潜んでいないし何か仕掛けられた跡もないことを確認していた。
 結局、カーリアは破壊の痕跡の何が引っかかったのか。一応ヨルディアは聞いたのだが、
「……確実なことは言えない……まさかと思うから……」
 と、カーリアは言葉を濁した。どことなく表情が暗いのを見ると、何か懸念するようなことなのかもしれない。ここは無理には訊かないでおいた。
 一方、ネーブルは卯雪の警護のためにここに潜んでいると言った。
「あたしも……何が起こるか見届けるかな。卯雪って子にも会いたいし」
 カーリアもそう言い、ヨルディアも行動を共にすることになった。
 そうして待っていたのだが、何故か獣の襲撃が起こった。
(がぁちゃんも頑張ってるし……加勢した方がいいのかな……
 でも、なんか……変だよね……もしかしたら、あれは囮で、別部隊が……いるかも……)
 光学迷彩で潜んだまま、ネーブルは考えていた。数は多くても荒野の野獣程度なら、契約者が3人いれば追い払えそうなものだ。
「あ、あそこ」
 突然、カーリアが全く別の方向を指差した。
「誰か潜んでいるね」
 離れた所にある岩山の影を指す。
 何かが、うごめいた。


「かぱぱっ(やっぱりおかしい……)
 かぱっかっぱぱー(普通の獣なら、銃器で脅せば一旦は怯む様子も見せるはず……)」
 画太郎は、迫りくる野獣たちへの違和感を一層強く感じていた。
 野生の獣はバカではない。自分との力の差を悟れば大人しく立ち去るものだ。狩りならば、仕留められない敵をいつまでも追い続けて体力を無駄に消耗することはない。
 とはいえ、これだけの数を相手にしながら、同時にその違和感の元を突き止めるために分析を行うのは難しい。
(ここはやっぱり)
 画太郎は大きく息を吸い込んだ。
「(すぅーっ)かぱぱーっ♪」
 荒野に【子守歌】が響き渡る。
 やがて、獣たちは1匹、また1匹と大人しく、こうべを地に垂れ始めた。



 獣たちが来たのとは別の方向から、じりじりと迫りつつある一団がある。
 聞いている指定時刻まで、もう半刻もない。
(……あれは確実に、卯雪を狙ってる連中ね)
 この距離まで気付かれずに来たということは、多少なりとも隠密の業に通じている者だろう。
 恐らく、一気に距離を詰めるだけの、奇襲にもってこいの加速のすべも心得ている者と見た。
 3人は視線を交わし、それぞれに頷いた。

 ヨルディアは、飛び出した。装備した『六熾翼』が、彼女が高く翔るのを助けた。
 卯雪に狙いを定め、十数人程の部隊が一気に飛び出してきたのと、それがほぼ同時だった。
「数で来ても無駄だわ」
 ヨルディアはそのまま、向かってくる一団の中に降下すると、『MURAMASA【一天六地】』を振るった。
 あっという間に、部隊が隊列を崩して散り散りになる。そこへ、ネーブルが【氷術】を真っ向からぶつける。冷気が体を凍てつかせ、さしもの隠密部隊もその機敏な動きを封じられる。

「やっぱり……契約者って、非契約者とは根本的に違う戦闘力があるみたいだなぁ……」
 2人の戦うさまを見ていたカーリアは、変に感心したような呑気な呟きを口にする。
 とはいえ、戦いを他人事のように見ていたわけではない。ヨルディアの刀を、ネーブルの術を辛うじて躱した者を『ぶったぎる』ために、いつも通り、髪を縛るリボンを外す。
 リボンは巨大な剣に姿を変える。まるでその重さを感じていないかのように軽々と持ち上げ、カーリアは身構えた。


 ――「!!」
 だが、おかしなことが起こり始めた。
 卯雪に向かって突っ込んでくる敵に対して、飛び込んできた幾つかの影があった。
 それは、さっき卯雪たちを取り囲んだのと同じような、狼たちだった。機敏な動きに、武装した人間を全く恐れていない無鉄砲な攻撃性。狼たちはコクビャクメンバーを襲い、その結果ある者は傷ついて倒れ、ある者は逆に獣を返り討ちにし、ある者は驚いて逃走……収拾のつかない状態になってきた。
「……何?」
 面食らって立ち止まったカーリアに気付いた、ひときわ大きな狼が、唸りながら近付いてくる。
「こいつら……手当たり次第に人間襲ってんの……?」


 卯雪たちはといえば、画太郎の子守歌でだいぶ獣たちは眠ったが、まだ近付いてくる影がある。
「何……なんでこいつら、しつこく襲ってくるの……? コクビャクの一味の獣人とか?」
 実紘が戸惑いながら訝しげに呟いた。その時。
「実紘ちゃーーーーん!!」
 遠くから、声がした。
「えぇっ?」
 小柄な人影が、荒野を駆けてくる。見たところ、よく日に焼けた肌の少年のようだが……
「あ、あんた……タモンっ!?」
「実紘ちゃん、戦うなら俺も手伝う〜〜〜」
 些か間の抜けた喋り方だが、間の抜けた感じなのは実紘、博衛、卯雪らの顔も同じだった。
 なぜ、人質となっているはずのタモンがここにいるのか。

 ……しかし、今は、目の前の「敵(人も獣も)」を駆逐する方が先決である。


*******

「コクビャクが戦いに関わっている『丘』とは、どこにあるんだ」
 人質の魔鎧・タモンの身が無事であるということが判明し、安心した警察のスカシェンへの尋問が始まった。
 だが、スカシェンは思いの外素直に話す割には、どこかへらへらとして、どこまでが本気なのか分からなかった。
「あれ? 警察はもう掴んでるって聞いたけどね。
 あの超高空島しょ群まで捜査に行ったんじゃなかったの?」
「何? あの……守護天使の集落か?
 あそこからは、コクビャクなど知らない、戦争など起きていない、と回答が……」
「それを信じたの? 警察って結構おめでたいねぇ」
「何!?」

「知らないなら教えるけどね。あの頭でっかちの天使さんたちが、自分の領内での揉め事を警察に言うわけないよ。
 『丘』にはね、彼ら、古い血を守ることに苔みたいにへばりついて固執している連中が死んでも話したくない、『一族の恥』のエピソードが隠れてるんだ♪
 恥を忍んで打ち明けて外部に助力を乞うくらいなら、黙ってジリ貧の負け戦に興じるつもりみたいだよ。愉快な連中だねぇ」
 楽しそうにスカシェンは言うと、ちらりと、視線を室内に巡らせた。
「もっとも、その辺は僕より彼の方が知ってるんじゃないかな」
「彼?」
「そう、あの狭い狭い島のことを知っている――彼さ。あれ、どっか行ったねぇ。
 魔鎧探偵――とか名乗ってる、彼だよ」

*******


 荒野の襲撃は、大して時間もかからず終了を見た。
 はずだが、いつの間にか日はもう暮れかかっている。

「今、宵一から連絡があったわ。魔鎧探偵のキオネが、警察の特殊部隊と一緒にこっちに向かっているって」
 ヨルディアが、一同に向かって、サングラス型通信機で伝えられたその情報を知らせた。
 空京からやって来た卯雪ら一行と、ヨルディア、ネーブル、カーリアはそこで挨拶のようなものを交わした。もっとも、画太郎はネーブルの指示で来ているパートナーだが。
「……で、アンタはいったい何なの?」
 ぶすっと不機嫌な声で、実紘は、「途中参加」の自分のパートナー、タモンに声をかける。不機嫌な声になるのは無理もない。みんな、彼がコクビャク側の人質になっていると思ったから、窮屈な作戦を取らざるを得なかったのだ。
 それなのに傷一つなく、実紘曰く「腹立つくらいに」ぴんぴんしていて、呑気ににこにこしているのだから、説明を聞かないと収まらない。
 タモンには「致命的に空気が読めない」という、取りようによっては長所にならなくもない性質があった。よって、主の不機嫌オーラも構わず、乞われるまま語り出した。

「メンテナンスが終わってから、どういうわけかスカシェンに、長い間眠らされてたんだよ。
 気が付いたら、なんかぼろっぼろの小屋ん中で。
 外に出たらびっくりだよ、シャンバラ大荒野の中だもん。オアシスの町の端っこにあるあばら家だったんだ。
 でさ、誰もいなくて。
 見たらスカシェンの手紙と、ここの位置を書いた地図が残ってて……ほら、これ」


『タモン

 起きたらこの地図の場所に来なさい。
 僕も夜6時に、用事でここに来るが、同じ時間に君の主・乙羽 実紘嬢も、ご友人と共にここに来ることになっている。
 どうしても君が辿りつけなかったら、僕が実紘嬢を君の所へ案内してもいいが、実紘嬢はやはりがっかりするだろう。
 君が、自分の主から言われていることを真剣に受け止め、彼女に応えたいと思うのなら、君がこの荒野の中を一人で、自力で来ることが肝要だ。

         スカシェン・キーディソン』


「? あたしががっかりする……って、どういうこと?」
 実紘の問いに、タモンは鼻の頭をポリポリ掻いて、「あ〜」と、妙に歯切れの悪い声を出した。
「俺が、しょっちゅう実紘ちゃんに『よわっちい』とか『頼りない』とか言われてるって、スカシェンに言ったらさ。
 『そんなことを自分の主に言わせるなんて情けないもんだ』って、何か真顔で言われたんだよ。
 そういうこと言うタイプだとは思わなかったのに。
 だから……なんか、試練、ってことなのかな。ちゃんと、俺一人で荒野を渡ってここまで来れるってところ、実紘ちゃんに見せろ、っていう。
 実際怖かったよう。大荒野って、モンスターも追い剥ぎもいるんだろ? それを乗り越えてここまで来られたって、あぁ〜〜本当俺、奇跡起こしたわ!」
「何が奇跡だ!!」
 浮かれたタモンに実紘の鉄拳ツッコミが炸裂し、卯雪と博衛に止められていた。

「つまり……
 コクビャクの要請だから卯雪を呼び出しはしたけど、最初からタモンを囮として使うつもりはなかったってこと??」

 この件でここに集まった契約者たちは顔を見合わせ、はぁ〜っと溜息をついた。
「やっぱあいつ……ふざけてるわ」
 カーリアが苛立たしげに吐き捨てた。