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リアクション
2024年から遠くない未来の朝、スキー場。
「わぁ、真っ白ですよ、リア」
吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)は白銀の世界に目を大きく見開いて感嘆の声を上げていた。
その隣には
「あぁ、そうだね(本当に楽しそうだな。今まで大変だったから当り前の事が色々とできなかったもんな)」
リア・レオニス(りあ・れおにす)がいた。アイシャの喜ぶ姿に笑みをこぼしつつ波瀾万丈なアイシャのこれまでの事を思い出していた。
二人がここに来たのはつい先日。
「……アイシャ、良かったら休みの日に遊ばないか? 出来れば普通の女の子が楽しむアイシャの力になりたいからさ」
以前、家族と普通に生きたいと答えたアイシャの力に少しでもなりたいと思い遊びに誘う連絡を入れたのだ。
「……ありがとうございます、リア。休みは……」
アイシャは嬉しそうに都合が付く日を教えた。
それから
「分かった。何する? テニスでもスキーでもスケートでもアイシャがしたい事なら何でもいいよ」
リアが何をしたいのか訊ねると
「……スキーがしたいです」
アイシャはリアが二番目に挙げたスポーツに興味を示した。
「よし、決まりだ! 準備の方は俺に任せてくれ。スキーはやった事があるから」
リアは行くのはまだ先だというのに弾んだ声で連絡を切った。
それから時間は巡り、現在となった。
再びスキー場。
「……あの、リア、私、何も準備していませんが本当に大丈夫でしょうか。リアの事ですから……」
アイシャはリアに振り返り何にも準備をしていなかった事を思い出し不安そうな顔に。
「アイシャ、あそこでウェアも用具も簡単にレンタル出来るから……手続きは任せてくれ」
リアは近くの建物を指さしながら言った。準備は全て整っている。
「はい。お願いします……リアはどうするのですか?」
アイシャはこくりとうなずいてから訊ねた。なぜならリアが口にするのはアイシャの事ばかりでリアがどうするのか一言も言わなかったから。
「俺は自分の持ってるからそれを使うよ」
リアはにかっと笑って答えると
「そうですか。そう言えばスキーはした事があると言っていましたね」
アイシャは誘ってくれた時のリアの言葉を思い出し納得していた。
この後、アイシャのウェアと用具をレンタルをし、二人は着替えをしてからスキーを楽しむべく外に出た。
「アイシャ、とても似合ってるよ(今日はアイシャに沢山楽しんで貰うために頑張ろう。アイシャには色んな思い出を作ってもらいたいから)」
「リアも似合っていますよ」
アイシャとリアは互いのウェア姿を褒め合った。特にリアは大好きなアイシャのために今日を楽しい一日にしたいと熱意に溢れていた。
とにもかくにもまずは
「それじゃ、早速リフトで昇って滑ろうか」
リフトに乗ってからだ。リアは山頂に向かって動いているリフトを指し示しながら言った。
「……あれに乗るんですね」
アイシャは顔を上げ、ゲレンデを見下ろしながら行く乗り物に目を輝かせた。
「アイシャ、スキーはした事ある?」
リアは改めてアイシャにスキー経験を訊ねた。アイシャのこれまでに関わった事があるため多少予想は出来るが。
「ありません。でもあのリフトから見る景色は絶景でしょうね」
アイシャはふるりと首を振るもリフトから見下ろす風景を想像し胸を躍らせていた。
「空から見るとまた違った感じに見えるよ。ひとまず、初心者コースで基本を教えるよ」
リアはリフトを見るアイシャに口元に笑みを浮かべながら言った。
「……はい」
アイシャはこくりと頷くも初めてという事に少しだけ不安を見せた。
すると
「誰でも初めてはあるもんだ。分からなかったら俺が教えるし、難しい事はないから大丈夫さ」
リアはどんと胸を張った。
「では、お願いしますね。先生」
不安が和らいだアイシャは笑いながら悪戯っ子のように言った。
「……先生かぁ」
リアは軽く頭を掻きながらちょっぴり困り顔。
「はい。スキーの先生です。早速教えをくれませんか?」
アイシャは茶目っ気のある顔で教えを請う。
「……ん〜、それなら……今日一番大事な事は上手になる事じゃなくて楽しむ事だ。守れるかな、生徒さん」
リアもアイシャのお茶目に乗って悪戯っぽく答えた。
「はい」
アイシャはクスクスおかしそうに笑いながら返事した。
この後、二人は並んでリフトに乗り
「……白銀の世界ですよ。賑やかですね」
「あぁ、今日は晴れて本当に良かった」
アイシャとリアは眼下のゲレンデを見下ろし賑やかな客達の様子やスキー日和と言わんばかりの晴天を楽しんだ。
そして初心者コース。
到着するなりアイシャはリアの指導の下、スキーに挑戦していた。幾度も転んだりすれどもその度にリアが手を差し伸べ、立ち上がり諦めずに挑戦した。
「そうそう、その調子だ。アイシャ、上手いよ」
滑りながらリアはアイシャが上手に滑る様を褒めた。
「そうですか。リアの教え方が上手ですから……あっ!?」
隣を滑るアイシャは褒められ嬉しそうにするもやはり練度はまだまだらしく転んでしまった。
「アイシャ!」
リアは滑るのを止めて慌てて駆け寄り
「大丈夫か」
優しく手を差し伸べた。
「……はい、大丈夫です」
リアの手を握りゆっくりと立ち上がりにこぉと大丈夫だと笑い掛けた。
アイシャは体勢を整え
「……スキーがこんなに楽しいものとは知りませんでした」
転んでも落ち込むことなくアイシャは初体験をたっぷりと楽しんでいた。
そんなアイシャの様子に
「そっか。よし、下に降りたら一休みししようか。随分滑ったし」
誘った者としてリアは大変喜ぶと共に始めてから休み無く滑りまくっている事に気付いた。
「はい。少し疲れも感じますし」
アイシャも当然賛成である。楽しいもあれどやはりスポーツなので疲れもなくはないのだ。
二人は仲良く滑り終えるなり休憩所に行き、一休みを始めた。
休憩所。
「はい、アイシャ、体があったまるよ」
リアは買って来たホットドリンクを差し出した。
「ありがとうございます」
ドリンクを受け取ったアイシャは両手で包むように持ち、
「……体が温まります」
息を吹きかけ冷ましながら飲んだ。
「うん、あったまるね」
アイシャの向かいの席に座りリアも同じくホットドリンクを飲んだ。
そして
「初めてのスキーの感想はどう?」
リアは早速アイシャに訊ねた。
「……とても楽しいです。転んだりもしましたけどリフトから見る景色も素敵で…それにスキーをするリアも格好良かったですよ」
アイシャはドリンクから顔を上げ、本日経験した事を振り返りつつ少し興奮気味に言った。
「……ありがとう……アイシャが楽しんでくれて良かった(一人でも出来るスポーツだけどアイシャと一緒の今日はずっと楽しいな)」
リアは褒められて少し照れながら言った。胸中では想いを寄せるアイシャと同じ時間を共にするこの時が愛おしくて堪らないのだ。
「リアはスキー以外に得意なスポーツとかありますか?」
アイシャは何気なく訊ねた。スキーの上手さと誘ってくれた時に色んなスポーツを挙げていたから。
「……そうだなぁ、地球では色々やってたからなあ」
リアは軽く首を傾げてこれまでのスポーツ経歴を振り返るも即答出来ず。
「そんなにですか?」
アイシャはリアの様子から思い浮かべているのが一つや二つではないと察し驚いた。
「あぁ、地球では運動部を掛け持ちしてからね。スポーツ三昧だったよ」
リアは地球での生活を思い出し
「だからどのスポーツが専門とか得意ってのはなくて……雑食かな?」
笑いながら言った。
リアの言葉に
「雑食ですか」
アイシャはクスクスと笑いをこぼした。
「そんなに笑う事ないだろ、アイシャ」
リアは笑うアイシャにむぅとする。当然怒ってはいない。
「ごめんなさい、リア。でも今日は本当にありがとうございます。素敵な思い出がまた一つ増えました」
アイシャは茶目っ気を引っ込め優しい顔で改めて素敵な一日をくれたリアに礼を言った。
「どういたしまして。俺も最高の思い出が出来たよ(こうやってアイシャの笑顔を見られたんだからな)」
リアも表情を和らげた。リアにとっての最高の思い出で幸せというのは愛を向けるアイシャが笑顔でいる事だから。
こうして話が一段落したところで
「これを飲んだらまた滑ろう、アイシャ」
「えぇ、沢山滑りましょう」
リアとアイシャはすっかりお喋りに夢中になって忘れていたドリンクを思い出し、飲み干すなりまた滑りに行った。
リアとアイシャの思い出に今日の一日が刻まれた。