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リアクション
2025年半。蒼空学園、高等部の卒業式。
「……校長、皆さん……お世話になりました」
湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は校長や教師やその他お世話になった皆々に丁寧に頭を下げて回っていた。
そして一通り挨拶回りが終わり
「……ようやく卒業かぁ、長いようであっという間だったなぁ」
しみじみとこれまでの事を振り返っていた時
「凶司!」
同じく挨拶回りを終えたエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が戻って来た。
「あぁ、エクス。挨拶は終わったのか?」
「うん、終わったよ。一生会えないって訳じゃ無いけど、やっぱり卒業式って寂しいね」
訊ねる凶司にエクスはしみじみと寂しそうに言うなり学舎を見上げた。
「そうだな……色々あったから余計にな」
つられるように凶司も学舎を見上げると共にこれまでの事をまぜまぜと思い返してしんみりとしていた。
「そうだね。この後、会いに行くんでしょ?」
エクスはふと思い出したようにこの後凶司が呼び出した人物と会う約束をしている事を言った。
「あぁ、1年半前の夏の約束を果たすために……ベルに会う」
凶司はこくりと力強くうなずいた。以前のようなおどおどした様子はなかった。今まで恥ずかしくて踏み出せなかった事を卒業をきっかけにもう一度踏み出そうと覚悟したからだ。
その様子を
「……」
じっと感慨深そうに見つめるエクス。
「……どうした、エクス?」
視線に気付いた凶司はエクスに振り返り首を傾げながら訊ねた。
「凶司、変わったね。性格も自信がついてちょっと落ち着きが出て来た……外側からも分かるよ」
エクスは凶司の頭から足の爪先まで舐め見た。
確かにエクスが言うように経験した様々な事が全て凶司の血と肉となり昔よりもずっと逞しくなり内なる変化は自然と外に出ていた。ちなみに姿自体はあまり変わらずである。
「……そうか? 俺よりもエクスの方が変わったんじゃないか? 性格はあんまり変わってないが」
凶司は自分の事よりもエクスの変わり様を指摘した。
「そぉ? 女の子は成長が早いから」
エクスはクスクスと茶目っ気たっぷりに笑いながら答えた。その姿はずっと成長しており実年齢に相応しいお姉さんな外見に成長していた。
「……じゃ、行くか」
エクスの茶目っ気に呆れる凶司に
「凶司、前の夏のように噛まないようにね」
ぺろりと1年半前の夏最後で凶司がやらかした事をからかった。あの場にはいなかったが姉二人から聞いてすっかり知っているのだ。
「……あのなぁ」
凶司は軽くうなだれた。何せ大事な所で二度も噛んでしまったのだから。
「ほら、行こう! ボクが一緒に行ってあげるから」
エクスは凶司に何か言われる前に駆けて行った。
「おい、エクス」
凶司は急いでエクスを追いかけた。
二人は賑やかにベルネッサ・ローザフレック(べるねっさ・ろーざふれっく)との約束の場所に向かった。
約束した場所。
「お待たせ! ベル!」
エクスは待っている人物に向かって手を振りながら現れた。
「あら、エクスじゃない」
ベルネッサは驚いたようにエクスを迎えた。なぜなら凶司と会う約束した時エクスも一緒に来るとは聞いていなかったから。
「うん、引率で付いて来たんだ」
エクスはちょっぴりお姉ちゃんぶりながら言った。
「……おいおい、引率って」
後から追い付いた凶司が当然のようにツッコミを入れた。
すると
「だって、ボク、凶司よりお姉ちゃんだもん!」
エクスは可愛らしく胸をばぁんと張りながら言った。
「だもんってお姉ちゃんの口調じゃないだろ」
凶司は昔と変わらぬ性格から発する子供っぽい口調に呆れてしまった。
そんな二人のやり取りを見て
「……本当、変わらないわね」
ベルネッサはクスリと吹き出した。
「そこが良いところだよ。それより、例の事だけどお姉ちゃん達楽しそうに色々準備中だよ。ボクも同じくらい楽しみにしてるんだ。だから後はベルだけ、かな?」
エクスはきゃらきゃらと笑いながら言った。1年半前の夏最後に約束した兵士や紛争地域の人に希望を与えるために最前線まで慰問コンサートや航空ショーを行う『戦場のアイドル』の話を。
「私だけ? 準備なら着々としているけど……それだけじゃないみたいね」
エクスの言葉にしばし疑問符を浮かべていたが、凶司を見やり何かを悟ったのか得心の顔に。ベルネッサもまた受けた凶司達の誘いに備えて色々と準備をしていたのだ。
「そういう事! それじゃボクは行くね。早く帰ってお姉ちゃん達の手伝いをしなきゃだから」
エクスはにこぉと無邪気な笑顔を浮かべてから去った。
そして、
「……(後は凶司を応援するだけ)」
エクスはこっそり二人の死角になる所で凶司達の様子を見守る事に。最後一歩引いて凶司に譲ったのは二人のためである。当然手伝いがあるという話も嘘だ。
エクスが去った後。
「……凶司」
ベルネッサは改めて真っ直ぐに凶司と向き合った。何を話そうとしているのか悟りながら。
「……ベル」
凶司もじっとベルネッサを見つめ返す。昔と違い慌てると『ベルネッサ』に戻る事はなくすっかり通称に馴染んでいた。
「ずいぶん長いこと、お待たせしちゃいましたね」
凶司は僅かに口元に笑みを浮かべてから
「改めて……コホン……えぇと。改めて。僕と、僕たちと付き合ってくれますか?」
少し成長した口調でベルネッサに再び告白する。1年半前の夏最後にした約束と恋愛の告白と二つ合わせて。ただ、告白と言うよりは確認みたいな調子だが。
「……」
告白を聞いたベルネッサは真剣な表情でしばしの沈黙。
「……」
つられて凶司も沈黙して少し緊張したように一目惚れをし今日まで愛を向け続けたベルネッサを見つめ返す。
すると
「……はあ」
ベルネッサは大きな溜息を吐いて緊張した空気を壊した。
「ベル?」
想定外の反応に凶司は思わず聞き返した。昔と違い慌てる様子は無いが、それなり驚いていたり。
「今更?」
溜息の次は苦笑のベルネッサ。
「……それは」
凶司が意味を問うために言葉を継ごうとする所を
「凶司、こんな生き方をしているからいつどうなるか分からないのは知ってるわよね?」
ベルネッサが遮り、少しだけキツイ顔で問う。
「……知っていますよ。僕はベル……ベルネッサ・ローザフレックの事を……」
凶司は緊張しながら恐々と答え、真剣な顔で畏まった時に使うフルネームで愛を伝えようとするも
「だから、“次のステップ”はもっと早くお願いね」
悪戯っ子の様な笑みを浮かべたベルネッサにまた遮られてしまう。
同時に
「……ベル?」
ベルネッサはぐっと顔を近付け凶司を緊張させたかと思いきや
「……凶司」
最上に素敵な笑みを浮かべてから凶司の唇に口付けをした。これが答えだと言わんばかりに。
「!!!」
思いがけない事に驚いたがすぐに凶司は表情を優しいものに変え、そのままベルネッサの答えを貰った。
一方。
「おめでとう、凶司。二人共、幸せにね」
エクスは凶司の想いが成就した事を確認した後、凶司に向かって静かに祝福の拍手を送った。その顔は感動に満ちていた。何せ凶司とは一番最初からの、凶司がダメ人間だった頃からの付き合いのため感動も人一倍なのだ。
「……お邪魔虫は退散しなきゃね」
エクスは二人に気付かれない内にそっとこの場を去った。
残されたのは幸せに満ちた恋人達だけだった。