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昔を振り返り今日を過ごし未来を見よう

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昔を振り返り今日を過ごし未来を見よう
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リアクション

 10年後、2034年。

「何とか今日の旅行に間に合ってよかった。今回のフィールドワークは厄介だったから少し心配したけど」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は旅行のためになんとか数ヵ月も続いた厄介なフィールドワークを終わら急いで戻って来たのだ。実は10年前イルミンスールで書いた手紙の続きがこうして繰り広げられているが皆忙しさや日々に没頭しているため気付いていなかったり。
「そうだよ。数ヵ月も向こうで……電話が来た時は安堵したよ」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は明日帰るというかつみの電話を受けた時の安堵を思い出しながら言った。旅行の日は迫るのにかつみは戻らないでどうなる事やらだったのだ。
「何はともあれ、久しぶりに全員揃って良かったではないか」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)は揃った仲間達の顔を見回し出発前から楽しそうである。
「ええと、全員揃った所で……」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)が皆の前に立ち、メンバー全員揃った事を確認するなり
「本日は我社のツアーにご参加いただき……」
 ナオが仰々しく挨拶を始めようとした所で
「すっかり添乗員だな」
「あの時の事を思い出すね。昔、小さかった時に案内してくれた秋祭り」
「そうそう、あの頃から才能があったのだな」
 かつみ、エドゥアルト、ノーンが笑いながら茶々を入れる。
「もう、笑って茶々を入れないで下さい」
 ナオは注意をして皆を黙らせてから
「今回は俺が選んだ“特別な場所”へ向かいます。就職試験は大事な人を特別な場所へ連れて行く事で技術面より何を感じて“特別”としたのかが評価の対象になるらしいので」
 説明を再開。
「少々不便ですが、移動手段は確保してるので大丈夫です。目的地は、シャンバラ大荒野……俺がいた洞窟、研究所があった場所です」
 ナオは三人にとって予想外の目的地を告げるなり意気揚々と先頭を行く。
 三人はナオは目的地を選んだ理由などを告げるまで余計な事は言わずお客さんに徹する事にした。

 目的地に向かう道々。
「みんなで旅行なんて久しぶりだね。なんだか昔に戻った気分だよ……試験ではあるけど普通に楽しんでいいんだよね? 色々と近況を聞いたり話したりしたいし」
 久しぶりの全員集合にテンション上がるエドゥアルトはあれこれと聞いたり話したい事が溢れて堪らないらしくナオに声をかけた。何せこれはナオのための旅行なので。
「はい。俺も色々話したいですから……慌ただしくてかつみさんの土産話も全部聞けませんでしたし」
 答えるナオはエドゥアルトと同じくらいワイワイする気一杯であった。課題ではあるが、仲間と過ごす時間を楽しみたいのは皆と同じ。
「そう言えばそうだったな」
 かつみはナオの課題があって何もかも慌ただしくなった事を思い出し、この場で改めて土産話を話し始めた。現在かつみは文化人類学方面へ進み、フィールドワークに駆け回り調査地で長期滞在することが増えていた。
「それでみんなの方は何かあったか?」
 自分の土産話が終わった所でかつみは他三人の近況を訊ねた。
「それなりに忙しかったよ。かつみの様子を見に行っても良かったけど、ナオの就職の事もあったからね」
 エドゥアルトはかつみ不在時のナオの面倒を見たり、時々フィールドワークの地に様子を見に行ったりと割と活動的に日々を送り
「いつも通り知識吸収に没頭する日々を送った」
 ノーンは読書のマイペースな日々を送っていた。ちなみに吸血鬼と魔道書であるエドゥアルトとノーンは外見は以前と変わりなくである。
「そうか。不在の間は本当に面倒を掛けて悪いな」
 かつみは申し訳無さそうに三人に言った。
「いいや、気にしなくていいよ。かつみが望んだ道に進み頑張っているのを見るとこっちも嬉しいから」
 エドゥアルトは変わらぬ柔和な笑みで言った。他の二人も同じだとうなずいていた。
「……ありがとう。俺がやっていけてるのは皆のおかげだ」
 かつみは10年前と変わらず自分を支えてくれる皆に感謝せずにいられなかった。
「かつみ、当たり前の事に礼はいらないぞ」
「そうだよ」
 ノーンとエドゥアルトは当たり前すぎる事にすっかり呆れてしまう。
「それより、ナオが就職する会社はかつみがフィールドワークで知り合った所だったな」
 ノーンが話題を変えた。
「あぁ、そうだ。お客が望むなら、隣の家から未開の地までどんな旅行でも企画する会社だ……今回のナオの就職試験もさすがに変わってるし」
 かつみは苦笑しながらナオが就職を目指す会社について話した。
「小さな個人旅行会社で事務や企画や添乗員全てをこなすとか……大変そうだけど楽しそうだね」
 エドゥアルトはにこにこと試験に臨むナオに話しかけた。
「はい。そこがとても楽しそうで俺がやりたい事にぴったりだから選びました」
 ナオが意気込み満々で言う隣で
「ふむふむ、意気込み十分、と」
 ノーンが真面目な顔で試験官のように何やらメモを取り始める。
「何書いてるんですか、先生!」
 ノーンのメモ取りに気付くなりナオが慌てたように訊ねると
「お客からのレポート提出もちゃんとあるんだぞー」
 ノーンが変わらず真面目な表情で答えと
「……先生、しっかりとお願いしますね」
 ナオは至極真剣な挑むような顔になった。身内だからという甘い評価は入らないと。
「あぁ、この通りしっかりと」
 そう言うなりノーンは真っ白なメモをナオに見せた。
 途端
「先生、真っ白じゃないですか!?」
 ナオの声が驚きに変わった。何やら小難しい事でも書かれているのかと思っていたのだ。
「あぁ、真っ白だ」
 ノーンはニヤリと悪い笑みを口の端に浮かべるばかり。
「もう、先生は……」
 ノーンの顔を見てナオはからかわれた事を知りむっとした。
 ここで
「かつみも、外の世界が広がって色々な人達とふれあおうと思うのはいいし、現地の人とかと交流が深まるのはいいんだが」
 突然ノーンは深刻そうな口調でかつみに話しかけ始めた。
「どうしたノーン?」
 自然とかつみも真面目な口調に。何か深刻な問題でも持ち掛けられるかと。
 しかし
「……念のため聞くが、恋愛事とかは?」
 拍子抜け。ノーンが口にしたのは恋愛事であった。
「いや、何でその話になるんだ」
 想像と違っていたため拍子抜けしたかつみは溜息で答えた。
「……」
 何かを察したエドゥアルトは黙って他人のふり。
「…………やっぱりか」
 溜息を吐くノーンは目ざとくエドゥアルトを見るなり
「他人のフリしてるがエドゥもだぞ。ナオに先こされるぞ」
 びしっと鋭く指摘するノーン。
「おいおい、俺達の事より……」
 かつみが反撃しようとしたところで
「着きましたよ」
 到着を知らせるナオの言葉でうやむやになった。

 シャンバラ大荒野。

「さぁ、テントを張って夜明けを待ちますよ」
 ナオの掛け声でテント張り開始。
「あぁ、分かった(テントか……一体何があるんだ……ナオが一番思い出したくない場所をあえて選んだのが心配だが、ナオが話し出すまでは何も聞かない方がいいよな)」
「……(到着するまで一切この場所を選んだ理由を言わなかったけど、なぜここを選んだんだろう、辛い場所のここを)」
「……(ナオは何を考えてここを選んだのだろうか。ここに来るまで全く悲しい顔をしていなかった。いや、もしかしたら隠していたのだろうか)」
 ナオの保護者三人かつみ、エドゥアルト、ノーンは目的地に着いても一切理由を話さないナオを少し心配しながらもテント張りをした。
 そして、夜明けを待ちながらゆるりと眠りに入った。

 ようやく待ちに待った夜明けが訪れ
「夜明けですよ、起きて下さい!」
 ナオの元気な呼び声に
「……ん」
「……夜明け」
「……随分、早いな」
 かつみ、エドゥアルト、ノーンは眠い眼を擦りながら目を覚まし、導かれるまま外へ出た。

 すると
「……これは……朝焼け、本当に綺麗だな」
「綺麗な朝焼けだね」
「ふむ、これは絶景だ」
 かつみ、エドゥアルト、ノーンの目に大荒野の地平線にじんわりと広がる朝焼けが映った。
 素晴らしい光景に感動する三人に向かって
「……みんな心配してくれてありがとうございます」
 ナオは笑顔で言った。ここに来るまで三人が心配を胸に押し込んでいる事はとっくに分かっていた。
「?」
 保護者三人一斉にナオに振り向いた。
「……俺がここを選んだから心配してくれてたんでしょう」
 ナオは笑いながら言った。
「分かっていたんだね」
 エドゥアルトはすっかり大人になった少年の顔をじっと見た。
「そりゃ、分かります。もう僕は子供じゃないですから」
 ナオは笑いながら言い返した。もうあの頃の子供ではないのだ。
 そして
「……昔、暗闇を怖がる俺にエドゥさんが“楽しい思い出でひとつひとつ記憶を上書きしていこう”って言ってくれましたね。それで色々場所を調べてここが朝焼けが物凄く綺麗だと知ったんです。今日でここはもう俺にとって怖い・辛い場所じゃありません。みんなで綺麗な朝焼けを見た思い出が上書きされた“特別な”場所です」
 ナオはようやく語った。この場所を選んだ理由を。
「そうか。ナオが以前言っていた辛い思いの人を支えられる、できれば笑顔にできる人になりたいという答えを出せたみたいで良かったよ。色々回り道もあったけど……みんなを笑顔に出来るよう頑張ってね、仕事……試験中だからちょっと早かったかな」
 エドゥアルトはナオの成長を喜び、エールを送った。
「いえ、絶対に試験合格します!」
 ナオは拳を作って答え
「そうだ。試験はきっと合格に決まっている。ナオ、すっかり成長したな……年月が経っても忘れる事が出来ぬいいものを見た」
 ノーンの心からの励ましには
「先生、言い過ぎですよ」
 照れた。
「……頑張れよ、ナオ」
 かつみの短くも思いがこもった励ましに
「はい!」
 ナオは元気に返事をした。
 四人は改めて広がる朝焼け、訪れる新たな一日を眺めた。
 朝焼けを見終わった四人はここを去る準備を始めた。

 この場所を去るためにテントの片付けをする間。
「……」
 かつみは何か思う事があるのか様子が少し違っていた。
「どうしたの、かつみ?」
 気付いたエドゥアルトが隣に立ち、優しく声をかけた。
「いや、考えてみればナオもとっくに成人してるんだよな」
 かつみは離れた場所でノーンと出立準備をするナオの姿を見ながら溜息と共にしみじみと言った。
「そうだね。これまで色んな事があったよね。ナオと出会って一緒に冒険をしてかつみがナオの行方知れずだった両親を亡くなってはいたけれど見付けて、本当の名前も……どれもこれもナオが成長するには必要な事だったと思うよ。だからこそ、ナオは……」
 エドゥアルトはナオを見つつこれまでの出来事を振り返る。決して楽しい事ばかりではなかったがどれも大切な思い出であると。
「……就職かぁ」
 かつみはまた溜息を吐き出した。まるで現実味が無いと言うように。
「……俺の中ではどうしても小さいイメージがあるけど。もうちゃんと過去を乗り越えられたんだよな」
 すっかりナオの姿は大きくなり中身も大人になっていると分かっているのに。どうしてもかつみはあの小さかった姿を重ねてしまう。
 その時
「かつみ、その気持ちが何か知っているか」
 ナオと一緒にいたはずのノーンがいつの間にか現れ
「ノーン!?」
 かつみを驚かせた。
 それを無視して
「親ばかという」
 ノーンはニヤリと言うなり
「かつみはナオに親ばか、と」
 メモりだした。恒例のノーンの悪巧みである。
「ノーン、何、書いてるんだ!? というか、親ばかなのは俺だけじゃないだろ!?」
 かつみは慌てて恥ずかしい事が書かれたメモを取り上げようとするが
「ナオ、パスだ!」
 ノーンの方が一足早く、メモがナオにパスされ
「あ、はい、先生!」
 ナオは悪い事に見事にキャッチしてしまった。
 しかも
「ペンを差している所をチェック!」
 何も知らぬナオにニヤニヤとノーンは余計な事を言った。
「……ここですか……えーと」
 素直なナオが言われた所を開けようとすると
「ナオ、見るな」
 かつみが駆け寄りながら止めようと声を飛ばすも少し遅く
「……かつみはナオに親ばか?」
 すっかりナオの知るところとなってしまった。
 しかし
「俺もかつみさん達と出会えて本当に良かったです。色んな事があったけれど、こうしていられるのはかつみさん達のおかげだと思っています」
 ナオは書かれた文をからかいには取らず、感謝を顔一杯に表した。
「……あぁ(……10年は長いようであっという間だったな……ナオがこんなにも成長したんだから……)」
 かつみは改めて辛さも悲しさも何もかも乗り越え立派な大人になったナオに感慨深くなっていた。完全にノーンの言葉通りである。
「……(変わらないやり取り……でもこれからもこうしてみんなと何気ないこの日々を過ごしていきたいな)」
 エドゥアルトはみんなのやり取りを微笑ましげに見守り仲間と共にいる幸せを感じていた。
 ここで
「さぁ、早く片付けて帰りますよ!」
 ナオの元気な声を合図にテントの片付けが再開した。