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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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「……むにゃむにゃ……」
 糊の効いた白いシーツの海に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は溺れていた。
 程よい固さのスプリングに四肢を横たえ、清潔な洗剤の香りを嗅ぎながら、柔らかい掛布団を引き寄せて包っている。
 「春眠、暁を覚えず」というが、セレンフィリティはその言葉を忠実に実践しているようだ。携帯のアラームは主人を起こすのを諦めて沈黙していた。
「起きて、もう時間よ」
 何度かと、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はセレンフィリティの身体を揺すったが、起きる気配がさっぱりなかった。
 時々、
「うーん、もうちょっと……」
 と寝ぼけた声で答えるも、すぐにまた小さないびきをかき始めた。
 ――そんなことを何回か繰り返し。
「だってこんなにも気持ちいいんだし……あと5分ほど寝かせてよ……」
 セレンフィリティが大欠伸しながら、何時だろうと重い瞼を持ち上げて時計を見ると……。
「……え? ……10時……過ぎてる!? え? 本当? 何で!?」
 がばっと起き上がるセレンフィリティはホテルの見慣れない掛け時計と枕もとの携帯電話の表示を何度も見比べると、ベッドの上で頭を抱えた。
 青ざめた顔で、隣で既に支度を済ませているセレアナを見る。
「……何で起こしてくれなかったの?」
「いくら起こしても寝ちゃうんだもの。私だけ出かけようかと思ったけど。一緒に叱られてあげるから」
「……ごめんセレアナ」
 呆然としながらセレンフィリティは立ち上がると、顔を洗いにふらふらと洗面所に入って行った。


 春、所用でシャンバラ教導団のあるヒラニプラからヴァイシャリーを訪れた二人は、こうしてセレンフィリティの寝過ごしにより派手に遅刻した。
 自業自得だが、結局二人並んで待ち合わせの相手に叱られる羽目になったのだった。
「…………」
 こってり絞られた後、春なのに冬の曇り空のようなどんよりと表情で、セレンフィリティはヴァイシャリーの道を歩いていた。
「今、冬じゃないよね……?」
「春よ」
「本当にごめん、セレアナまで巻き込んで」
「……いいのよ」
 セレンフィリティがへこみすぎで、セレアナは苦笑する。
 自分も堪えないでもなかったが、彼女一人を置いていくのも気が引けた。幾ら自業自得とはいえ、彼女一人叱られるのを見ている方が嫌だった。
(こんな風に考える自分はきっと甘いんだろう)
 セレアナの苦笑は、自分に向けたものでもあった。
「……ねぇ、お使いが済んだらいつものようにデートしない?」
「……えっ!?」
 セレンフィリティの顔が、途端にぱっと明るくなる。顔にかかっていた雲は霧消し、日差しが顔を出した。
「うん、する、するわよ! さっさと終わらせちゃいましょう!」
 まだ用事は終わってないというのに、既にセレンフィリティの足取りは春の陽気に誘われて軽かった。
 急にやる気が出たのか用事をすぐに済ませてしまうと、ほらデートデート、とセレアナの手を引っ張った。
「現金な子ね」
 セレアナは仕方のない人だなとまた苦笑しながら、彼女に付き合う。
 ヴァイシャリーの定番デートコース、<はばたき広場>で時計塔の仕掛けを眺め、露店を冷かし、大運河をゴンドラでめぐり……。
 それだけのことだけど、LCと一緒だから楽しいし幸せであって、これが一人だったり他の人と一緒なら、そんなに楽しくはない――と、セレンフィリティは思う。彼女は春の暖かさに浮かれたように笑っていた。
(あたしの傍らにいる人が、手をつないでいる人がセレアナでなければ……ダメなの)
 セレアナもそんなセレンフィリティの笑顔に、自然に微笑んでいるのだった。