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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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 2025年の4月下旬、百合園女学院の正門前に一人の女性が立っていた。
 前白百合会会長のアナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)がじっともう30分以上校門を背に道を眺めていることに、百合園の警備員が訝しげな視線を向ける。
 アナスタシアはそれを跳ねつけて、「待ち合わせをしていますの」と言った。時計を眺めれば約束の時間はもうすぐと顔を上げると、その顔がぱっと明るくなった。
 深緑の上品なワンピースを翻し、アナスタシアは数歩進んで手を振った。
「ヨルさん!」
 視線の先、道を足早に歩いてきたのは、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だった。
 アナスタシアとは白百合会の前会長と前副会長という間柄だったが、個人的な友人でもある。
「こんにちは、アナスタシア! 待った?」
「楽しみで先に来てしまいましたの」
「待たせてごめんね。ラズィーヤさんのお帰りなさいパーティでした約束、覚えてる?」
 ヨルに訊かれ、アナスタシアは軽く頷いた。
「ええ、覚えてますわ。『卒業して、少ししたら会いに行くよ』……と仰ってましたわよね?」
「………うん、本当は四月上旬中には会いたかったんだけど、今は四月下旬………。まだ春………だよね!?」
 ちょっぴり恥ずかしそうに言うヨルに、アナスタシアはええ春ですわ、とにっこり笑う。
 ヨルも笑顔を返すと、友人の顔をまじまじと見る。
「ほんの一ヶ月くらい離れただけなのに、懐かしいなぁ」
 アナスタシアが卒業してからは、余計に合う機会も減っていた。互いが社会人になると余暇も減り、接点が減る。毎日顔を合わせていた頃とは違う……分っていたことだけれど、そのせいで余計に感じるのだろうか。
 二人は近くに待たせていた馬車に乗り込むと、予定通りアナスタシアの家へ向かった。
「アナスタシアは新しい城を手に入れたんだってね。メールもらって、すぐに見に行きたかったんだけど………」
「城? お城のような立派なものではありませんわよ、小さな家ですわ」
 ものの例えだよ、とヨルは笑った。
 ――と言っても、アナスタシアの「小さな家」も庶民の感覚からしてみれば立派な家だったのだが。
 その新居兼仕事場は、二階が居住空間、一階は事務所となっていたが、使用人の部屋まで付いていた。
 ヨルは上等そうな木製の家具に囲まれた応接室や書斎、キッチンや居間など一通り見せてもらうと、二階の居間に通された。
 趣味なのか、一階よりも華美に見える。窓際の花瓶に大きな白百合が活けてあった。
 二人は腰を落ち着けて、メイドが運んできた紅茶とお茶菓子を以前のように食べながらたわいもない話をした。
 アナスタシアは推理小説家を目指し始めたこと、早速この前猫探しの事件を解決したことなど近況を話し合う。
「ボク、思い直して、卒業後に家に戻ったんだ。親にまだパラミタに居続けることを話しておこうと思って」
「まあ」
 アナスタシアは驚いた。ポジティブなヨルが唯一苦手としているように思えたのが、実家の父親と跡継ぎの話だと思っていたからだ。
「そしたらいきなり、『卒業したら帰ってきて当主としての勉強をする約束だっだろ!』なんて言われて。そんな約束してないよ」
 ヨルは頬をふくらませた。本当はヨルが忘れているだけだったのだが。
「喧嘩してストライキして結局意地の張り合いになって。あーあ、妹でもいれば押し付けてきたのに。弟がいればベストだけど、もう年齢的に無理かな」
「……大変でしたわね」
 アナスタシアは自分の境遇と引き合わせて深く頷く。彼女には兄弟がいたから、跡継ぎになることはなかったから、まだ良かったのだが。
 ヨルは紅茶を飲むと、さっぱりした顔で、
「ひとまず四年間の猶予をもぎとったよ。その間にじっくり将来のことを考えるんだ。空大受験もいいし、世界旅行も。アナスタシアは?」
「私はこのまま暫くヴァイシャリーにいて、世間を見ようと思いますの。いつかエリュシオンに戻る時が来たとしても、この経験は無駄にならない筈ですもの」
 例えば、という。
「とりあえず推理小説家として、事件を解決したり、話を書くつもりですわ。その傍ら、百合園女学院で得た人との繋がりを活かすつもりですわ。
 エリュシオンとの交換留学の計画を立てたり、互いに留学されたい学生さんの下宿のお世話をしたり……。エリュシオンとシャンバラの争いが起ころうとした時に、これが戦いを回避する役に立つと思いますの」
 ヨルと一緒に旅に出るということはなくなったけれど。今はここで色々やってみるつもりのようだ。
「ボク達、どんな道を選んでも友達だし、いつだって会えるって思ってるよ」
 アナスタシアはヨルの手を取って、深く頷く。
「ありがとうございますわ。ええ、ヨルさん、私たちずっと友達ですわね」