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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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「……行き倒れ?」
「左様ですお嬢様」
「……行き倒れ? このヴァイシャリーの街中で?」
 パソコンのキーを打つ手を止めて、アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は使用人に再び問い返した。
 これ以上ない疑いの眼で見られて使用人は困惑したが、それ以上に横たわるのは厳然たる事実である。
 たとえ有り得ないものであっても、あった以上は報告するのが彼の義務であった。
「そう申し上げております。いかがいたしますか、若い女性をこのままにしておくのも心配ですし、外聞が悪いかと。何しろ……」
「もう結構」
 門の前に行き倒れがいる時点で外聞が悪いじゃない、とアナスタシアは口をへの字にした。
「いいですわ、この私自ら見に行きましょう。謎は解かなければ……とはいえ、何だか嫌な予感がしますわね」
 もう春なのに。寒気がして、ぶるっと身を震わせると、アナスタシアは玄関を出た。
 石段を下りて小さな庭と鉄扉を挟んで向こう側に、確かに倒れている女性がいる。
 事件か、自己か、それとも大いなる謎か?
「いえ、謎はもう解けましたわ……解けない方が良かったのですけれど!」
 アナスタシアはひと目見て叫んだ。
 そう、使用人が言おうとした続き、それは外聞が悪いとも言いたくなるだろう。
 何故なら、そのうつ伏せに倒れている女性は半ケツ状態で尻に太いゴボウを突き刺され、死因は明白に「尻ゴボウ」だったのである。
 アナスタシアの記憶に、というよりパラミタ中探してもこんなことをする人間はたった一人しかいない。
「この方を部屋に連れて行きなさい、今すぐ!」
 腕がピクピクしていることからまだ息があると判断したアナスタシアは、使用人たちに命じて彼女を運ばせた。
 うつ伏せの格好のまま運ばれ、さっきと同じ格好で事務所の床に運ばれた彼女に、使用人たちは恐れ戦いている。しかしアナスタシアは非情な命令を下した。
「さあ、ゴボウを抜くのですわ」
「お、お嬢様、そんなことをしてもし――」
「危害を加えてきたりはしませんわ。……いえ、精神的ダメージはもう受けましたけれど。……とにかく、そのゴボウをお抜きなさい」
 主人の有無を言わせない口調(自分がやりたくないから、であろうことは明白だった)に、一人のメイドが渋々その、人参ほどの太さのゴボウを引き抜く。
 すると、
「……うっ」
 と、女性は呻いたかと思うと、ばったりと倒れ、やがてゆっくりと立ち上がった。その顔にアナスタシアは見覚えがある。
「やはり貴方でしたのね、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)さん」
 百合園女学院の生徒レオーナは、悪びれもせずズボンをパンツごと引き上げると、
「お姉様、見事な解決ですわ! でも解決するのはお姉様の探偵小説の主人公ですよ?」
「……貴方、何を言ってるの?」
「死因・尻ゴボウ。突き刺したゴボウを食べてしまえば凶器すら隠滅できる、超完全犯罪よ。お姉様が推理小説のネタを探していると聞いて、こうして体を張ったネタを提供しに来たの!」
 アナスタシア以外のその場の使用人は全員、蒼白になった。
「お嬢様……ゆ、百合園女学院の生徒会長というお立場は大変だったのですね……」
「ちょっと、勝手に決めつけないでくださらない? レオーナさんが特殊なのですわ! ……とにかく、一応、こんな方でも客人だか何だかわからないけれど、お茶くらい出して差し上げなさい」
 アナスタシアはひどく疲れた顔で、レオーナに依頼人用のソファを勧める。
「ところで、今日は本当にそれだけのためにいらしたの?」
「違うわ……尻ゴボウはさておき、今日はお姉様にあたしの成長を見てもらいたいの。おっと、成長と聞いておっぱいなんか見ちゃイ・ヤ・ン」
「見てませんわ!」
 アナスタシアは否定したが、勿論レオーナが聞いているはずがない。
「いつぞやのお姉様への進路相談を参考に『あらゆるゴボウを極める』ため、世界中を旅してきたの」
「そういえばそんなアドバイスをしましたわね」
「まあゴボウを食用とする国は限られてるから世界中を回る必然性は無かったのだけど、それでも色んな種類のゴボウを体験してきたわ。
 太さ・長さ・硬さ・色………状況に応じてあらゆる種類のゴボウを使い分ける技量を身に付けたの。ちなみにさっき尻に刺してたのは大浦太牛蒡よ」
 レオーナは、春から進学するという。
「自分でもまさかと思ったのだけど、研鑽を重ねて更なるゴボウの高みに達するのよ」
「それは頑張りましたわね」
「そこでお姉様にお願いっ」
 レオーナはソファからぴょんとバッタのように跳ねあがったかと思うと、アナスタシアの足元に土下座して、次の瞬間には脚に頬ずりしていた。
「馬小屋で良いからあたしを置いてくださいっ。ゴボウ巡りに出てたせいで、下宿の準備とかしてなかったんです……せめて寝所が見つかるまで……お金は無いけど、労役とかペットとか色んな意味で体で払いますからっ」
 号泣し始めるレオーナにアナスタシアは引きつつも、エリュシオン貴族としての矜持を保ちつつ、
「ゆ、百合園に進学なさるのでしょう? でしたら入寮すれば宜しいですわ。手続きはしておきますから、用意できるまでは……」
「ここに置いてくれるんですか!?」
「……近くの下宿に便宜を図って差し上げます。不便があれば、ゴボウ農家を探してご紹介しますわ」
 アナスタシアは本能的に貞操の危機を感じ取っていた。
(そう、ゴボウは、刺すものではなく、食べるものですわ!)
 とにかく今日、今すぐにでも彼女に宿を紹介しなければ!
 脚にすりすりしてくるレオーナを立たせながら、早速住所録をめくるアナスタシアだった……。