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2024年9月 おかえりなさいパーティー


「せーの……『おかえりなさい』!!


 差し出されたのは、花、花、花。
 不揃いで、色も形もバラバラな、花。
 様々な百合に青薔薇、ゼラニウム、ナデシコ……。
 その一輪一輪が、先日、皆が願いを込めてヴァイシャリーで植えたもの。
 彼女の帰還を願って。


 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)はその花束というには統一の取れていない、けれどそれぞれの願いを込めた大きな花束を、壊れ物でも扱うかのようにそうっと両腕に抱えた。
「……ただいま帰りましたわ」
 ラズィーヤは自分を取り囲む笑顔の大勢のひとりひとりに、微笑みを返す。
 いつものグリーンのドレスを隙なく着こなし、いつもの扇子を携え、背筋を伸ばして立つ姿には疲労も苦悩の影もなかった。凛とした優雅さとただ圧倒的な存在感が皆に、大輪の百合が返り咲いたことを示していた。
 微笑みもまた以前と少しも変わらず――いや、いつもより柔らかい笑顔に見えた。
「本当に……ぐすっ……良かったよ、ラズィーヤさん。改めて、お帰りなさい!」
 耐えられずこぼす涙を拭うパートナーの桜井 静香(さくらい・しずか)に、ラズィーヤは最後に視線を移し、優しく微笑みかける。
「静香さんも頑張りましたわね」
「ありがとう、ラズィーヤさん」
 また涙がじんわり浮かんでくるが、それを指で拭って、静香はにっこりと笑顔に戻った。
「……さ、ラズィーヤさん。今日はラズィーヤさんが主役のパーティーだよ。ゆっくり楽しんでいってね。
 みんなラズィーヤさんに話したいことがいっぱいあるみたいだよ!」
「ええ、この花束は一旦預けさせていただきますわ」
 ラズィーヤは静香に花束を渡すと、会場を見渡した。
 会場である百合園女学院のホールには、ホールを埋め尽くしそうな程の、天井まで届きそうな巨大ケーキが中央に鎮座している。その周囲にテーブルが並び、お茶や飲み物、小さな甘かったり甘くないお茶菓子や料理が立食形式で用意されていた。
 そして会場にはヴァイシャリーでよく聞かれるオペレッタの曲が流され、楽しげな雰囲気を演出していた。


「ラズィーヤさん、お帰りなさい」
 百合園女学院の制服姿の二人の女性が、まずラズィーヤに近付いていった。
 泉 小夜子(いずみ・さよこ)泉 美緒(いずみ・みお)の夫婦だ。
 小夜子は活けられたラズィーヤの花束の中に、二人で植えたナデシコが綺麗に咲いているのを見付けて、植えた甲斐があったと思った。ラズィーヤの微笑は数えきれないほど見て来たけれど、今日は屈託なく微笑んでいるように思えた。
 その役に少しは立っただろうか? 美緒の想いは届いただろうか?
「静香校長も嬉しそうですね。ラズィーヤさんが無事で良かったです」
「わたくしも本当に嬉しいですわ。ラズィーヤ様のこと、とても心配で心配で……ほっとしましたわ」
「ありがとうございますわ、小夜子さん、美緒さん」
 小夜子は自分でもお祝いを述べながらも、ラズィーヤと感激して声を震わせる美緒とを見比べて、本当に良かったと感じる。
「それではラズィーヤさん、失礼いたします」
 小夜子が祝辞を終えて美緒と共に場を離れると、すぐにまた別の女生徒がラズィーヤへと話しかける。今日のラズィーヤは嬉しい大変さをたっぷり味わうことだろう。
 ラズィーヤから少し離れたところで、小夜子は美緒の頭を優しく撫でてあげる。
「美緒、七夕での願いが叶って良かったですね」
「……ええ、本当に。……あのでも、小夜子、もしかして私のこと子供扱い……」
「あ、皮肉とかじゃなくて素直にそう思ったのですよ!」
 慌てて付け加える小夜子に、美緒は面白そうにくすくす笑った。
「ええ、分りましたわ。それに小夜子がわたくしのことを想ってくれることも……お花も一緒に植えてくれて、とても嬉しかったですもの」
「美緒が植えたナデシコの花も、渡せてよかったですわね」
 それは本心だったけれど、植えた当初の思惑とは違って、小夜子たちに別の作用ももたらしそうだった。
(これからも、卒業してからも、温室に来た時、百合園の事を思い出す良い切欠になりそうですね……)
 花が咲く季節には見に行こうか。
 百合園での思い出、美緒との思い出。作ってきた、作っていく思い出。
 結婚してから二人で一緒に道を歩き、時々、一緒に振り返る……。
 結婚する前よりも、結婚後の道の方が長い。これからはこんな思い出が、たくさん増えていくのだろう。
「さあ、料理を頂きましょうか」
 小夜子は美緒を手を繋いで誘うと、ローストビーフやテリーヌや、小さな宝石細工のようなサラダや、美味しそうな料理をお皿に共に取っていく。
 美緒と肩が触れた時、彼女は小夜子の耳元にそうっと囁くように告げた。
「小夜子、わたくし、嬉しいですわ。わたくしの願い事を小夜子が覚えていてくれて……。今度はわたくしが小夜子の願いを叶えるお手伝いをする番ですわね」
 本当に嬉しいですわ、と美緒はまた恥ずかしそうに何度も繰り返す。
 小夜子は、そんな美緒の桜色に染まる頬を愛おしく思った。


 円・シャウラ(まどか・しゃうら)にとって、それは、ラズィーヤ帰還を祝うパーティではなかった。
 何故なら、彼女はラズィーヤの帰還に一役買ったものの、ラズィーヤを正気に戻すためにと、「ある発言」をしてしまったからである。
(恐ろしい事を言った気がする……)
 ラズィーヤは怖い。正気に戻すのに必要だったとか世界を救うとかそんな事情とか関係ない。
 だってあの時、確かにラズィーヤは怒っていた!
 そう、だから彼女にとってこれは「円氏謝罪パーチィ」なのである。
「ラズィーヤさん復帰おめでとうございます!」
 シャンパンを傾けるラズィーヤに、円は一息に言うと、さっと半身を伴侶のパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)の後ろに隠した。
「あら、円さん、ありがとうございますわ」
「い、いえ! ボクだけじゃないです! 折角なんでパッフェルと来ました」
 慌てて付け加えて再び後ろに隠れると、円は小声でパッフェルに確認する。
「パッフェル! パッフェル! ラズィーヤさん怒ってないよね!」
「怒ってるかも、しれない。そうでないかも、しれない、わ」
 首を後ろに曲げて応えるパッフェル。相変わらず冷静な口調だが、返事は円に、ラズィーヤが怒っていないという確信を持たせるものではなかった。
 ……というか、目の前のラズィーヤの微笑は底知れなかった。
「ところで円さん。救いに来てくださったこと、とても感謝していますわ。ですけれど、ひとつ、伺いたいことがありますの。
 あの時仰いましたわよね、『い、いえ……! ボクは言ってません! 思っていません! 許してください! なんでもしますから〜〜!』と。
 一体、どちらかしら?」
 背筋が、ぞくっとした。
「……ちなみに。わたくし、一字一句覚えてましてよ?」
 ぞくぞくっ。
「い、いちじいっく……」
「……円、相手は、手ごわい」
 パッフェルの額に冷汗が伝う。円は思い出す、自分の発言を。


 「ラズィーヤさん! そんな所で終わってもいいの! 百合子さんに、結婚関係で亡き者として永遠に弄られるよ!
  負けだよ! 負け! 屈辱だよ! ババアって言われたまま負けるんだよ! そんなのでいいのっ!?」


「……円、お菓子を、あげて」
「はっ、そうだった!」
 パッフェルの言葉で硬直が溶けた円は、自分の身体を見渡した。鞄の中に箱入りのお菓子が入っている。パッフェルに「地球だとね。お菓子を持っていくことで恭順の意を示すんだよ」と言って作って貰ったものだ。
 しかしそれだけでは心許ない……と周囲を見渡すと、呑気そうに食べ歩いている知人の守護天使を見付けた。
 円はパッフェルの背中から飛び出すと、一瞬にして腕を捕まえて引っ張っていった。
ボブ! ボブじゃないか! 君も一緒にラズィーヤさんに挨拶に行こう! さぁ! さぁ!」
「えっ!? いや僕まだあんまり食べてないんですけど――」
「いいからいいから!」
 もめている二人の横で、パッフェルは頭を深々と下げて「この度は、おめでとうございます。……とても、嬉しく、思います」などと挨拶している。
 二枚の盾を手に入れた円は、二人の間から改めてラズィーヤにお菓子を差し出した。というより、押し付けた。
「あの時言ったことは本音じゃないです! 本当です。すぐお相手見付かりますよ! これ、お菓子です! パッフェルが作りました!」
(うわぁ、笑ってるけど笑ってない。ご、ごめんね!)
 円は盾(ボブ)を押し出すと、じりじりと逃げ出そうとした――が。
「円さん」
「は、はいっ!」
 呼び止めたラズィーヤは無表情だった。円は生命の危機すら感じてぴしっと気を付けの姿勢を取る。しかし彼女はすぐににっこりと微笑むと、
「今回は、許して差し上げますわ」
 と、言った。
「あ、ありがとうございますっ!」
 次の言葉を聞く前に、円は二人の首根っこを捕まえてラズィーヤの前から退散すると息を整えつつ、ホールを歩き回った。
 かなり堪えたが、こんなところで精神力を使い果たすわけにはいかない。まだ謝罪先が残っているのだ。
「パッフェル、ボブ。次は琴理くんだよ。色々やらかして謝ったけど なんか怖いし苦手だから避けてたんだ。
 ボクも社会人だし挨拶しとこう。ボブは前衛な!」
「……は、はい!?」
 ボブが戸惑っている間に、円は村上 琴理(むらかみ・ことり)を探し出す。琴理はパートナーのフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)と共に追加の料理の手配をしているところだった。
 今回のパーティは白百合会の主催のため、色々と仕事があるのだろう。今回の巨大ケーキを手配したのも彼女だという。
 円は再びボブを盾にして彼女に話しかける。
「琴理くん! 琴理くん!」
「……はい? 守護天使さん? ……いえ、桐生さんとパッフェルさん、どうしましたか? どうして隠れて……」
「学生時代は悪かった、いい機会だから謝っとくよ。済まなかったね! なんか店出すみたいだけどがんばってね! 暇な時遊びに行く事にするよ!
 あっ、これお菓子! パッフェルが作ったんだ!」
 訝しげな――謝られたことではなく守護天使の後ろに隠れていることに――顔をしていた琴理はお菓子を受け取ると、守護天使を回り込んで隠れて逃げ出そうとする円を呼び止めた。
「……あの、桐生さん。わざわざお菓子ありがとうございます。お店にいらしてくれるなら、歓迎しますよ。
 でも、確か一度謝っていただいたと思うのですが……あの」
「…………」
「もう気にしてませんよ。今の円さんは、以前とは違って、とても前向きで素直で可愛い方になったと思います。でもあの……そんなに私、怖いですか?」
 琴理は困った顔をした。いや、本気でへこんでいるようである。暫く顔を伏せていた彼女だったが、そうっと顔を上げると、照れたように言った。
「今まで話す機会が少なかったけど……これから、お友達になってくれませんか? 桐生さんも歩ちゃんのお友達だし、これからは仲良くできるといいなって……」
 いやそれ怖いよ、と円が思ったか定かではないが、本気のようである。
「今度、歩ちゃんのお話とかも聞かせてください。それで、一緒に買い物に行きませんか? 可愛い服とか、詳しいみたいですから」
「……う、うん。じゃ、じゃあまたね!」
 びくびくしながら、しゅたっと手を上げて円は彼女から離れると、パッフェルと殿(しんがり)にしてきた守護天使が付いてきた。
「おう、すまんなボブ。お陰でなんとかなった」
「……いえ、こんなことで役に立つなら」
 いやいや、と円は上手いこと投げ切った抑え投手のような澄み渡った笑顔で、
「ありがとな、アルカディア!」
 その言葉に、守護天使は目を丸くして、きょとんとしてから――満面の笑顔で、はい! と応えたのだった。