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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.12 前触れ 


 一行は、地下一階を半分ほど進んでいた。
「もうここまで来れば、地上への出口までそう遠くないはずだ」
 晴明が状況の確認を含めそう口にした。未だ神海以外は、姿を見せない。
 と、一行の中にいたカイナ・スマンハク(かいな・すまんはく)が突然集団の先頭に飛び出し、鼻をぴくぴくと動かし始めた。
「はりゃき! あんぶのはりゃき!」
「……もしかして、俺のことか?」
 カイナの声に、晴明が応えた。獣に育てられたというカイナはどうもに漢字に弱いらしく、晴明の字をそう解釈していた。
「はりゃき! さんさんのにおいがするぞ!」
「……何?」
 晴明はその単語に聞き憶えがあった。そう、往路で彼と宗吾が話していた時に、カイナが彼につけていた呼び名だ。
「宗吾が!?」
 晴明の反応を待たずして、カイナは駆けていった。慌てて晴明たちも後を追う。

 走った距離はそう遠くない。加えて、彼らが走った方向は、出口のある方向と一致していた。
 つまり、既に彼らは出口付近まで足を運んだことになる。
 そして、そこに彼はいた。
「さんさん発見!」
 カイナが大声をあげ、嬉々として抱きつこうとする。
「うおっ、なんだなんだ?」
 宗吾が反射的にかわすと、カイナは勢い良く地面にダイブした。「いててて……」と顔をさすカイナをよそに、宗吾は集団を、いや、その中にいる晴明を見つめていた。
「晴明! 良かった、やっぱ生きてると思った」
「……宗吾」
 ようやく再会を果たした晴明は、彼に近づいた。と、彼の衣服に、血がついているのを見つけた。
「ん? これなんだ?」
「ああ……崩落の時にどこかにぶつかったのかも」
「大丈夫なのか?」
「ああ、全然平気! お、それより神海も一緒にいるな! 他のふたりは?」
「一度見かけたけど……見失った」
 嘘は言っていなかった。ただ、今宗吾に一部始終を話すべきではないと、晴明は思ったのだ。
「そっか。まああいつらなら大丈夫だろ」
 宗吾も意図は分からないが、深くは聞かない。千住とお華の話は、それ以上ふたりの間でされることはなかった。
「なあさんさん、はりゃきとはいつから友だちなんだ?」
「え?」
 ふたりの間に訪れた僅かな沈黙を破って、カイナが陽気な声を出す。
「さんさんたちでも、触られるのイヤなのか?」
 遠慮なく質問してくるカイナに、宗吾は息をひとつ吐いてから答えた。
「だいぶ前、パラミタに来るよりも前からだよ。なあ晴明?」
 宗吾の同意を求める言葉に、晴明も頷いた。
「ただ、ほとんど触らせてはくれないけどな。それ聞いてどうすんだ?」
 宗吾が逆に尋ねるが、カイナは特に意味はなかったと言わんばかりに、にこにこしているだけだった。終いには鼻歌まで歌い出す奔放さである。
「さんさん腹減った! なんか持ってないか?」
「……上に戻ったら、いろいろあると思うぞ」
 困った顔で返答する宗吾。そんな彼に、次なる話し相手がやってきた。
「宗っち、無事だったんだね。あれ、ハルパーは?」
 歩きながらそう訪ねてきたのは、寿 司(ことぶき・つかさ)だった。
 しかし答えを聞く前から、司は分かっていた。目の前にいる宗吾は、ハルパーを持っていない。
「あれ? 晴明が持ってきてたんじゃないのか? もしかして、もっかい潜り直しか?」
 この言葉に、晴明や司だけでなく、周囲の生徒たちも目を丸くした。ハルパーの行方が、分からない。ここにきて、事態はまさかの方向に転ぼうとしていた。
「敵に奪われないうちに、早く見つけなきゃね」
 司が言ってみせるが、その明確な手段はここにいる誰も出せない。そんな状況において、ニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)はただ宗吾を見つめていた。
 彼が頭に浮かべていたのは、深守閣での場面だ。
 ――あの時千住は、真っ先にハルパーに駆け寄っていた。つまり、ハルパーから最も近い位置にいたはずだ。
 にも関わらず、ハルパーを持っていないことが、彼に疑念を抱かせた。
「マジか! 俺はてっきり、宗吾が持ってるもんだと思ってたぜ」
「いやあ、俺の方こそ晴明がここまで持ってきてるもんだと」
 そう話す宗吾の心の奥は読めない。ニーアは、一見フレンドリーに振舞っているが、最悪彼に武器を向けることも視野に入れていた。確かに自分はこの地下一階で、来る途中共に宗吾と戦っている。
 しかし逆を言えば、「それだけ」の関係に過ぎなかった。
「ところで、なんで俺が持ってるもんだって思ったんだ?」
「え? いやほら、深守閣で最初にハルパーにダッシュしてったからさ。確保してたりするのかなって」
「ああ……残念だけど触る前に色々邪魔されちゃったからなあ」
「そっか、そうだよな。はは、早とちりか!」
 笑うことで、ニーアは気まずくなりそうな空気を振り払った。
 自身も告げた通り、早とちりはダメだ。彼は口を閉じ、晴明らの様子も見た上で反応を窺うことにした。
「ちなみに、宗っちがあの時刀に真っ先に駆け寄ってたのは、どうして? 欲しかったの?」
 と、話題が深守閣でのことに及んだついでとばかりに司が尋ねた。だがそれは決して疑念の感情からではない。純粋な好奇心からである。
 司は、同じ剣士として、伝説とまで評される刀に興味を持つのは自然なことだと思っていた。それゆえの質問である。
「はは、お前の方がよっぽど欲しそうな聞き方だな」
「え? あたし? あたしは別にいらないよ。アレに釣り合うほどまだ強くないから」
「へえ、謙虚だな。ていうかあの状況で刀に近づくのは当たり前じゃないか? だってアレが今回の目的なんだから」
「そう言われれば……そうかも」
 同じ剣士として共感できるのでは、と思っていた司の想像とはやや異なる回答であったが、それで別段司に疑念が生まれたわけでもない。司は剣士という共通項からか、何かと宗吾に近しい感覚で接していた。
「そうだ、宗っち」
「ていうか、もうその呼び名で定着してんのな。なんだ?」
 笑って聞く宗吾に、司が言う。
「地上に戻ったら、一緒に稽古しようよ」
「稽古?」
「うん! あたし、どうしても勝ちたい人がいるんだ。そのためには、もっともっと修練を積まなきゃって思って」
「まあ、ハルパーを手に入れてからだな」
 そう答えた宗吾に、司は大きく頷いた。

 宗吾は深守閣であの時、ハルパーの間近にいた。それは複数の生徒が目撃している。しかし彼は、ハルパーを持っていない。ニーアや司がそのことを気にかけたように、ここにも同じ考えを持つ者がいた。
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)
 彼もまた、宗吾に話を聞こうとしていたひとりである。ふたりのパートナー、木之本 瑠璃(きのもと・るり)相田 美空(あいだ・みく)を連れて、なぶらは宗吾に話しかけた。
「宗吾さん、ハルパーを見つけた時、近くにはいたんだよね?」
「ん? ああ、いたよ?」
「その時、ハルパーがどうなったか見てない?」
 なぶらは、はっきりと疑惑を抱いていたわけではなかったが、気にはなっていた。言わずもがな、宗吾の深守閣での行動に対してである。もし質問の返答次第では……そうなぶらが思いを巡らせていると、宗吾が「その前に」と声を発した。
「なんか、すごく睨まれてる気がしてんだけど、気のせいか?」
「え!?」
 驚いたなぶらがまさか、と隣を見る。すると、美空がまばたきひとつせず、じっと宗吾を見ていた。いや、見ていたというレベルを超えていた。注視、下手すれば睨みの域だ。
「美空……そんなガン見したら失礼だよ」
「……」
 それでも美空は、真っ直ぐ視線を動かさない。彼女としては怪しい言動がないか監視しているつもりなのだろうが、むしろ彼女の方がやりすぎていて怪しく見えていた。
「……で、えーと、なんだっけ?」
「あっ、ああそうそう。深守閣で暗闇と崩落が起きた時、ハルパーがどうなったか知らないかなって……」
 再度宗吾に問おうとするなぶらだったが、それはまたしても自身のパートナーに阻まれてしまった。
「なぶら殿、聞き方が少し回りくどすぎるのだ。もっと直接聞けば良いのだ」
「え……?」
「宗吾殿! ブライドオブハルパー、本当に持ってないのだ? 宗吾殿は敵なのだ?」
「ちょっ、瑠璃……!」
「ハルパー前にした時も、少し様子がおかしかったように見えたのだ。何か知ってることがあるなら、言った方が良いと思うのだ! 今ハルパーを渡せば、きっとみんなも……むぐっ」
 最後まで言い終えることなく、瑠璃の口はなぶらによって塞がれた。
「瑠璃、お前の質問は直接的すぎだ!」
 はあ、と疲れたような顔でなぶらが息を吐く。宗吾は、けらけらと笑っていた。
「ははは、面白いパートナーじゃないか。まあ、本当に俺の手にはハルパーがないってことだけは言っとくよ」
 宗吾がそれで会話を終わろうとするが、瑠璃は「嘘をついていたら承知しないのだ!」と喚き立てている。その騒ぎを聞きつけ、急ぎ駆けつけたのは木崎 光(きさき・こう)だった。
「キミたち! 仲間を疑うような真似はよしたまえ! まずはみんなで共に生還することを目指そうじゃないか!」
 光は、往路とはまるで別人のような態度と言葉遣いで瑠璃たちを注意した。
 ちなみに、往路での彼はやたらと奇声に近い声を上げていたり、爆炎波を連呼しながら暴れたりしていた。その異常に真っ先に気付いたのは、他の誰でもない、パートナーのラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)である。
「あああ、やっぱり、やっぱりヘンです! どうしましょう!?」
 慌てふためくラデルだが、光のことをそこまできちんと知らない宗吾たちからすれば、言っていることは至極まともであるし、何も変な部分はないように思える。
「ごめん、あんまり変なようには見えないけど……」
 なぶらが言うと、即座にラデルは否定した。
「そう! そうなんです! それがおかしいんです! だって、ヘンじゃないんですよ!?」
「うん……うん?」
 困惑するラデルの言葉に、周囲の者たちはより困り顔だ。
「みんな、何を騒いでいるんですか? 怪我人でも出たんですか? それなら、僕が力になりましょう!」
「そうじゃない、そうじゃないんだよおおお!」
 両手で頭を抱え、悶えるラデル。彼はとうとう、おかしなことを口走り始めた。
「そうか、ヒールで治るかもしれない! 元に戻って! ほら、ヒール! ヒールヒールヒール!」
 連呼しながら光に魔法をかけるその様は、少なくともこの中で一番変に見えた。終いには、その場にへたりこみ涙声で光に懇願し始めるラデルであった。
「戻ってくれよおおお……また傍若無人なこと言って、オレに苦労させてくれよおおぉお!」
 光の異変は、単純に崩落の際瓦礫の破片が光の頭に当たり、打ちどころが悪かったことにより起こっただけのものである。おそらく長期的な症状ではないと思われるが、とはいえラデルにとっては一大事なのだろう。彼の涙は、止まらなかった。
「……とりあえず、地上目指すか? それから改めてハルパー探した方がいいんじゃないか」
 収集がつかなくなりそうな気配を察した宗吾が促すと、光が誰よりも先に賛成し、元気良く声を出した。
「そうしましょう! 僕が地上まで守りますから、宗吾さんは僕の後ろに!」
「あ、ああ。じゃあ頼もうか」
 勢いに押されたのか、宗吾が頷いた。それを見たラデルも、涙を拭きながら「もう守りきれないのは嫌だ」と光の近くへ歩み寄った。万が一があっても、光を守れるように。
 もっとも、その光はすっかりどこかのネジが締まりきったのか、誰が裏切り者であるとか、そんなことは微塵も考えていないようだったが。
「あのさ、もしもがあるから裏切り者とかは警戒していた方が……」
 善意で告げたなぶらにも、光の返す言葉は不自然なほど真っ当なものだった。
「裏切り者がいるだなんていうのは、噂にすぎません! むしろそれこそが、悪質な寺院の罠というものではないでしょうか」
「えっ、いやあの……」
「僕は誰も疑っていませんよ。裏切り者なんて、いるはずないじゃないですか」
 光がきっぱりと言った。光の思考回路が正常であってもその言葉が出たかどうかは分からないが、晴明たちはそうであればいいと願っていた。光の呼び込んだ賑やかさが、そんな楽観的思考を彼らにもたらしたのかもしれない。
 しかし、この時既にもう、惨禍が彼らに迫りつつあった。