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リアクション
chapter.15 罪巣食い
いつか、彼は言っていた。
「やりたいことは遠慮しないでやりたいんだよね、俺」
それが宗吾の行動原理であった。そこに道徳や倫理観はない。自分がやろうと決めたことは、必ずやる。彼は昔からそうだった。
そんな彼が神海という剣の花嫁と出会ったのは、晴明よりも前だ。既に寺院の僧として生きていた神海は、一目見た瞬間から強く惹かれていた。
偶然、宗吾が自分の親を殺すところを目撃した時のことだった。彼に理由を問うと「親離れしたかったから」と言った。神海は笑った。根拠はないが、自分に相応しいのはこの男だ、と確信した。
それから神海は、寺院に属していた千住やお華を宗吾に紹介していった。
人を人とも思わぬほど芸術に愛を向ける千住と、小さい頃から忍として育ち、その過程で純血も世間一般の価値観もなくしたお華。
世間と異なる軸で生きていた彼らが、宗吾に親近感を持つまでに時間はかからなかった。
そこに、晴明が現れた。
彼もまたある意味で異様な環境、性質の持ち主だったが、彼と宗吾らで決定的に違う点があった。
――昔から、晴明にはなぜか人が寄ってきた。
放っておけない性格だからか。有名な陰陽師の血筋だからか。他の理由か。ともかく彼は、なぜか人に嫌われることが少なかった。にも関わらず、晴明は事あるごとに「汚い」と人を避けるのである。
これに、千住やお華らは納得がいかなかった。心の内でふたりは晴明に嫌悪感を抱いていた。
それからしばらくして、今回の話が舞い込んだ。所属する寺院からブライドオブシリーズ強奪の話が出て、それが葦原にあったことと晴明が探索隊に選ばれたことはやや出来すぎた偶然であったが、それが逆に彼らに「運命だ」と錯覚させた。千住やお華は、晴明に怨みつらみをぶつける良い機会だと思った。
それほど人を汚いというのなら、その汚さを見せてやろう。
そう考え、任務の失敗や自身らの暴露で精神に傷を負わせようとした。宗吾に話すと彼は少し考えた後「分かった」と短く返事をし、彼らに指示を与えた。
今回の地下城に、先遣隊として最初に入り、その際こちら側の忍や罠を用意しておくこと。
晴明らと共に入る時は、探索隊の一員として揉め事は避けること。
無事深守閣でハルパーを見つけたら、四人が協力して崩落騒動を起こすこと。
そのどさくさで、ハルパーを奪取し、地上に向かうこと。
その際、千住、お華、神海は各階で時間稼ぎをすること。
それらの策に、千住とお華は乗った。自分の芸術を披露するためであり、自分たちの厭う者を疑心暗鬼にさせ、心を塞がせるためだ。
しかし宗吾だけは、ふたりと違う動機で動いていた。
「おいおい、暗闇なんて聞いてなかったぞ」
「拙僧もだ。お華が四階から合図を送っていなかったら危うかったな」
「ま、でも結果的にハルパーがここにあるから良かった。ちゃんとしまえてるし」
宗吾が神海の体を見て言った。
深守閣で起きた崩落の時、お華は深守閣に入らず手前の通路で足を止めていた。不測の事態に備えるためだ。予感が的中し、暗闇が彼らを襲うと、お華はふたりだけが分かるよう、目印として塗装されたクナイを取り出しのぞかせた。ふたりはそれを頼りに深守閣から脱出し、そのまま階を上がっていった。
そこから千住とお華に起きたことは多くの生徒たちが目撃した通りであるが、問題はその後だった。
「あいつら、好き放題やりやがって……これだから無粋な輩はいけねぇ」
千住は、三階と二階の間にある階段でお華と合流していた。途中まで一緒だった雄軒は、「ここまで来ればあとは大丈夫でしょう。私も頃合いを見て脱しますから、あとはご自由に」とだけ言い残し闇に消えていた。なおこの時晴明たちは、既に二階へと上っていた。
「あたしだって危なかったんだよ? でも、いい感じに晴明悩んでるっぽかった」
「ひひ、もっと悩みゃあいいんだよ。あいつだけちやほやされるなんて、不公平じゃねぇか」
そう話すふたりの元に、宗吾がやってきた。
「ん? なんだ、まだこんなとこいたのか? 早く行かねぇとあいつが地上に出ちまうぞ」
「大丈夫、神海が大体の場所を教えてくれてる。まだ一階には上がってないみたいだ」
「そう、でもなんでわざわざここ……」
お華が言い切る前に、宗吾は素早く刀を抜き、お華の喉元を斬りつけた。
「……に……っ!?」
瞬きさえ挟む余地のないほど素早い居合に、お華は反応すら出来ず血を噴き上がらせた。
「あ!?」
宗吾は呆気に取られている千住にそのまま手首を切り返すことで刃を向け、下段から肩口に向かってえぐるように斬った。宗吾の服に、返り血が飛び散る。晴明との再開時に指摘されたのは、この時のものだった。
「宗……吾?」
弱々しい呼吸の狭間に、千住が声を発した。宗吾はふたりを見下ろして言った。
「ごめんな。俺、やーくんとふたりになりたいんだ」
千住の左胸に、宗吾が刀を刺した。
彼が伝えた策は、千住やお華のためのものではなかった。
ハルパーを手に入れるため、自分のためのものであったのだ。それが、ふたりと宗吾の動機の違いだ。
もっと言えば、晴明に対する思いもふたりとは違っていた。宗吾は、本気で晴明を尊敬していた。
――人と深く関わろうとしなくても、人から好かれる器の持ち主だ。
それは陰陽師という身分故? 生まれ持った彼の人徳? 分からない。知りたい。近づきたい。
俺も、あんな人になってみたい。どうすればなれるんだろう? 器? 力? 分からない。でもやれることはやろう。
そう思った宗吾は手っ取り早い力の体現化として、ハルパーを選んだ。彼の中で尊敬は、好意と同義語になっていた。
「おっと、もたもたしてたら間に合わなくなっちゃうな」
ふたりを殺害した宗吾は、そのまま一階まで駆け上がり、晴明を待った。というよりここでは晴明ではなく、ハルパーを体内に預けていた神海を待ったという方が正しいか。
地下一階で晴明らを待つ間、宗吾はこれまでのことを思い起こすように目を閉じ、感慨深く呟いた。
「ハルパーがあれば、やーくんの力に近づけるはずだもんな。そしたらやーくんと、もっと遊べるかな」
罪を犯しているという意識のなさ。それは、深守閣で戦った異形のツミよりももっと黒く、巨大な罪だった。
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