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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●3

 圧倒的な大自然を前にして、動けなくなるのは人間として、ある種当たり前な反応ではある。
 だが当たり前であってはならぬのが軍人、教導団の制服を着る以上、それ以上が求められるものだ。
 雪崩を目にして沙 鈴(しゃ・りん)一行は、急ぎ発生地点へと駆けつけた。そこにあったのは絶句しそうな光景だった。雪はそれ自身津波のように、その場にあったものを綺麗に押し流し、地ならしを終えていた。しかし鈴は軍人、それも、一流の軍人だ。瞬時、身がすくみそうになったものの、ほとんど反射的に彼女の体は救助活動を開始していた。
「屋外で雪崩に埋まった被災者の生存率は30から45%と言われています。生死を分けるのは……」鈴の言葉に、
「初段階での救助活動の内容次第!」パートナー綺羅 瑠璃(きら・るー)が力強く応じ、
「時間は稼げたはず……あたしらの中継地点から遠くなかったのが不幸中の幸い、かのう」もう一人のパートナー秦 良玉(しん・りょうぎょく)が結んだ。
 彼女ら三人は、叶白竜が村に設置するベースキャンプを支援する形で山中に補助キャンプを設営していた。良玉の提案で設営場所は雪崩の起きにくい地点を選び、逆に、雪崩の発生しやすい地点に警戒をした。この姿勢が雪崩の早期発見につながったのである。
 さっそく瑠璃が、埋まっていた島津ヴァルナを救い出した。
「怪我は浅いわ。けれど……」瑠璃は油断しなかった。ぐったりするヴァルナの身に、四肢末端の機能低下が起きていないことを手早く確認した。だが心配は杞憂に終わった。両腕両脚とも、弱々しくもしっかりと血液が巡っているのが感じられた。
「リヒテン・マルゼーク隊……!」ヴァルナを見てすぐに、鈴は遭難者たちの部隊を頭に思い描いた。少なくない人数が所属している。急がねばなるまい。
「ほら、しっかりしな」良玉もクレーメックを掘り出していた。「覚えている限りでいい。他の隊員がどのあたりにいたか言うんじゃ」
 三人の働きは目覚ましかった。以後またたく間に全員を救出したのである。ほとんどの者は命に別状はない。
(「ただ……問題は」)
 鈴は言葉なく目を伏せた。同じ気持ちなのだろう。瑠璃も厳しい顔つきをしている。
 ケーニッヒ・ファウスト、島本優子の両名の受けたダメージは深刻で、いずれも意識を取り戻さないのだ。優子は傷だらけ、一方のケーニッヒは外傷らしい外傷はないとはいえ、耳や鼻から大量に出血していた。
「不安がったり分析したりするのは後じゃ。ここでは心許ない。キャンプまで皆を運ぶぞ」経験の差か、良玉はまるで動じず、鈴と瑠璃、さらにはクレーメックら動ける隊員に声をかけた。「大丈夫じゃ。昔の戦争で、あれくらいの容態の者を何人も見てきた」
 良玉はうっすらと笑うと、請け負ったのである。
「いずれも、すぐに戦場復帰したわえ」

 離れた場所では、維暮 征志郎(いぐれ・せいしろう)もパートナーの壱影 封義(いちかげ・ふぎ)と共に、ベースキャンプ中継点の一つを受け持っていた。
「凍傷だけは気をつけないといけませんね」教導団提供の防寒着は、素材こそ良い物のいくらか肌触りが悪く、どうにも落ち着かない。しかし、そのせいばかりでもあるまいが「うーそれにしても寒いですねえ……」、と、行動中にもかかわらず、征志郎は多弁になっていた。「雪って遠くから見ると綺麗ですが、近くで埋もれてみると冷たいばかりか、なんだか残酷な性質も持っているような気がします……」
 これを封義はたしなめてもいいのだが、特にそうすることもせず、頷いて同意を示した。
 封義には判っているのだ。経験の浅い征志郎が、少々不安を感じているということが。
 無理もない。山中の中継点の主目的は遭難者が出ないようフォローすること。あるいは、既に遭難している人間を救助することである。すなわち、人の命がかかっている重大な役割であることは言うまでもない。今回、鋭鋒団長から直接この役割を与えられた征志郎が、光栄と恐縮、畏れを同時に抱いているのはとくにおかしな事でもないだろう。
(「さて……この役割をどうこなすか……」)
 征志郎はこの作戦で、力量を試されているのかもしれない。そう思う封義だがそれは告げず、黙々と彼の手伝いをこなすのみだった。
 やがて二人はベースキャンプを出て、本日何度目かの吹雪がはじまった銀世界へ乗り出した。遭難者がないか探すためだ。自分たちが二次遭難者にならぬよう、細心の注意を払っているのはいうまでもない。
 一時間少々経った頃、相手に気づいたのは征志郎だった。
「遭難者……!?」
 このあたりに人がいるとの連絡は入っていない。強風の中双眼鏡を取り出し、女性二人連れであることを確かめた。
 だといいのだが、と封義は短く告げた。
「遭難者だといいのだが……って……そうか……」征志郎は短く唾を飲んだ。パイ、ロー、とコードネームの付けられたクランジたちも、女性二人連れだと聞いていた。恐るべき戦闘力を有する機晶姫で、こちらを見れば躊躇せず襲ってくるだろう、とも。
 できるかどうかはわからない――正直な征志郎の気持ちであった。クランジ二体と戦って、倒すまたは捕獲する、それができなくてもせめて時間稼ぎする――いずれにせよ、できるかどうかはわからないのだ。むしろ、二人きりでは難しいだろう。
「下手をすると、自分たちが救護テントに運ばれることになるかもしれない……というわけですか」
 征志郎が言うと、封義は小さく首肯した。どうする、とその目で彼は問うていた。逃げるのも策だ、と征志郎は思った。しかし、
「一応私たち、国軍なんですよねえ」
 この言葉と共に、彼の迷いは消えていた。遭難者なら救助する。それはいい。そしてクランジなら……それでも戦う。
 迷いが消えれば行動するのは簡単だった。征志郎は走り、二人連れに大声を上げた。
「止まってください! 我々は教導団、ベースキャンプ中継点の者です。救助に参りました!」
 振り返った女性二人連れが真っ黒な顔をしていて、その中央に三日月みたいな口がパックリひらく想像が、一瞬征志郎の頭をよぎった。
 しかし、
「良かった! グリちゃん、救助の人だって! 救助だよ。助かったよ〜! ありがとうございまーす、遭難してたんでーす」
 一人は秋月葵だった。連れはイングリット・ローゼンベルグで、「うにゃ〜、眠いぃ〜」と、大欠伸しながら目をこすっていた。
 うっかり眠りそうになった葵は、外を歩いて眠気を覚ますことにしたのだという。
「えーっと……」無粋だったかもしれませんが、という言葉は避けて、征志郎は告げた。「私は教導団の維暮征志郎と申します。無事でなによりです。中継点までお連れします」

 ならばクランジ二人はどこにいたか。
 クランジ二人は、山中で、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)と対面していた。
 偶然が彼らを引き合わせたのか、それとも、クランジの情報を得て、会いたいとして求め、雪中を彷徨い続けたトライブの念が勝ったためか。
「探したぜ、クランジ! パイとロー、だったかな」
 すっくと立つその姿、決して長身とは言えないものの、堂々と胸を張り、彼は自らが世界の代表だというかのように口上した。
「俺はトライブ・ロックスター、何を隠そう……まあ隠した覚えもないが、美少女たちの味方だ!」
 雪と風にトライブの銀髪がなびく。彼のまっすぐに紅い眼は、決して嘘や冗談でそんな言葉を口にしているのではないと物語っていた。
 正面から名乗る相手など。クランジ二人には想像もつかなかったものらしい。パイは眉間にしわを寄せたまま白い息を吐きつづけ沈黙し、ローは笑顔で、
「あー、そう。ワタシ、ロー、よろしく」
 釣られて手をさしのべようとして、「バカやってんじゃない!」と、パイに手の甲を打たれた。
 パイは、苛立たしげにビーフジャーキーを取り出して咥えると、汚いものでも見るような目をトライブに向けた。
「報告にあったように、あんたたちいわゆる『契約者』はときどき、予想外のことを仕掛けてくるみたいね……今度は何? 『友達になってくれ』とでも言うつもり? 脳みその足りない後期型や、しみったれたΟ(オミクロン)みたいにあたしを考えてるんなら……」
 もしこれが戦場ならば、クランジともあろうものがこのような不覚はとらなかったはずだ。とすればやはり、いくらかは動揺していたのだろう。パイは絶句した。彼女はその手を、トライブにしっかりと握られていたのだ。。
「何するの! こいつ!」
 パイは怒ったがトライブは軽い口調ながら、まっすぐに彼女に向かうと、
「ローはお前の友達だろう? 友達の手を打ったらだめだぞー」
 と言って機先を制しさらに述べた。
「あげく、同族のクランジを『脳みその足りない』『しみったれた』などと悪く言うのは感心しないな。パイ、俺は女の子の味方だが、悪いことをするとちゃんと叱るぞ。うん」
 この言葉にローはおろおろし、パイは、きっ、と眦(まなじり)をつり上げた。
「こいつ、殺して」パイはローに叫んだ。
「え? でも」
「いいから殺せ!」
 ローの拳が唸りを上げた。猛速度で走る重量級トラック、それがまともに鼻先に衝突したような衝撃だ。トライブは受けようと両手を突き出したが虚しく、ローのストレートを食らって消し飛び、雪山に頭から突入させられ姿を消した。
「あいつ……ムカつく!」
 せいせいした、とせせら笑って、パイはローの腕を引っ張り先を急がせた。