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真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
真赤なバラとチョコレート 真赤なバラとチョコレート

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 これで、喫茶室の内装などは整った。メニューもほぼ完成し、当日厨房を担当するスタッフたちは、ケーキや軽食のレシピを元に、練習に余念がない。給仕スタッフも何度か集合し、それぞれにコーヒーや紅茶の入れ方、応対の研修などが行われた。
 当日に配布するチョコレートは、様々な案が検討されたが、結局、薔薇をかたどったものに落ち着いた。見た目にはビターとホワイト、そしてミルクと、漆黒、白、茶色の三色だ。中にはタシガンコーヒーが封じられている。
 そちらは、有名ショコラティエのファビエンヌが作成にあたっているが、薔薇の学舎からもエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が、その手伝いにまわっていた。
 最後に残ったのは、当日の給仕の制服、ということだった。
 薔薇の学舎の制服姿では、当日、ただ遊びに来た生徒と見分けがつかなくなってしまう。
「あの制服があったろう? あれなら、かなり数を用意したはずだよ」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)が提案したのは、以前、万博の際に薔薇の学舎生徒たちが着用した伝統パビリオンでのコンパニオン制服だ。
 ダークゴシック調のタシガン伝統衣装というのは、たしかに、他校からの来客には向いているだろう。
「そうだね。少なくともオープン日は、そういう趣向も必要だよね」
 レモはさっそくその提案を受け入れた。
 それから、やや躊躇いがちに。
「……ただ、他校生からのリクエストで、『メイド喫茶』っていうのもあるんだよね……」
「女装ってことか?」
 カールハインツが顔をしかめる。正直、彼としては勘弁してほしいのだろう。
 だがしかし、美少年、美青年ぞろいの薔薇の学舎だ。希望がでるのは、そう不思議でもない。
「冗談みたいなものだから、希望してくれる人がいたら、って感じかな? 誰か、協力してくれるかなぁ?」
 その相談を耳にして、三井 藍(みつい・あお)は傍らの三井 静(みつい・せい)に振り返った。二人もこの会合に参加はしているが、引っ込み思案の静の性質もあり、部屋の一番片隅で主に話を聞いているだけだ。
「なぁ、静」
「なに?」
「メイド、せっかくだからやってみたらどうだ?」
「え!」
 驚きに静は思わず声をあげ、結果として、周囲の視線を集めてしまう。レモが小首を傾げて、「静さん、やってくれるの?」と尋ねた。
「え、……ぼ、僕……」
 注目を浴びることに慣れておらず、静はかぁっと頬を赤らめると、俯いてしまう。だが、隣の藍は、『がんばれ』といわんばかりに見上げているだけだ。
「もしも手伝ってくれるなら、嬉しいな」
 レモにさらにそう言われ、ますます「嫌です」とは言いづらくなってしまう。それに、藍は多分、消極的な自分に、もっとこうしたことに参加してほしいのだろう。
 静は、本当は藍さえいればいいのだ。けれども、それ以上に、藍が喜ぶのなら……とも思う。
「あの……僕で、よかったら」
 了承した藍に、レモは「ありがとう!」と笑顔を返す。周囲も、自分から立候補した静に、暖かな拍手を送った。
「他に、協力してくれるかな?」
「レモはどうするんだ?」
 カールハインツに尋ねられ、レモは「え」と瞬きをする。どうやら自分が着る、というのは、想定外だったらしい。
「え、でも、僕は………ええと……」
 とはいえ、静一人だけメイド姿にさせるわけにもいかない。第一、言い出したのは自分なのだから、ここは責任をとるべきだろうか。
 ぐるぐると悩み出したレモに、「はい!」と大きく手をあげて助け船を出したのは、南天 葛(なんてん・かずら)だった。
「……ボ、ボク、やるよ!」
 緊張に声を裏返しかけつつも、葛はきっぱりはっきりと言い切った。
「えっと、……葛さん?」
「はい! ……ええと、他の学校の方のリクエストだったら、なるべく応えたいし、皆に薔薇学を好きになってもらいたいなって!」
 レモに名前を呼ばれ、葛はぱぁっと青い瞳を宝石のように輝かせる。それからは、他にもちらほらと協力者もあらわれ、話し合いは無事に終了した。
 解散の段になって、レモは葛の姿を探し、そっと話しかける。
「葛さん。さっきは、ありがとう」
「れ、レモ先輩! そんな、えと、当日も、頑張るね!」
「うん。僕も、楽しみにしてるね。葛さんの、メイド姿」
「あ……」
 咄嗟にレモを助けたくて志願してしまったことだが、本当は少し恥ずかしい。
「本当に、当日が楽しみだわぁ〜」
 豊かな尻尾を揺らし、白銀の狼はご機嫌の様子だ。
 ダイア・セレスタイト(だいあ・せれすたいと)にとっては、可愛い葛とレモが並ぶ姿は、いかにも目に楽しい光景のようだった。
「葛とレモ様が並ぶとなんて可愛らしいのかしら! 小さな王子様が二人いるようですわ!」
「王子様だなんて、そんな……」
 レモは謙遜し、やや目を伏せた。……本当のところ、レモにとってはこの外見は、それほど有り難いものでもない。しかし。
「レモ先輩は、かずらの王子様だもん!」
 葛は、そう思わず口にしていた。
 転入してすぐのころ。ダイアとはぐれて、道に迷ってしまっていた葛のことを、優しく助けてくれたのはレモだった。その時からずっと、葛にとっては、レモは憧れの先輩なのだ。
「……ありがとう」
 レモははにかんで、けれども、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、王子様らしく、頑張らなきゃ。当日も、よろしくね」
 ぽん、と葛の背中を軽く叩いて、レモはカールハインツとともに部屋を出て行った。後に残された葛は、ぽうっと頬を染めたまま、その背中を見送る。
「だ、ダイア! かずら、一杯レモ先輩とお話できたよっ」
「よかったわねぇ、葛」
 思わずダイアのふかふかの毛皮に抱きついて喜ぶ葛に、ダイアは一層目を細めた。
「…………けっ」
 少し離れたところから、一連のやりとりを見ていたヴァルベリト・オブシディアン(う゛ぁるべりと・おびしでぃあん)が、おもしろくなさそうに唇を突き出す。
「いいじゃないの、ベリー。将来自分のお店を出すときの修行にもなるわよ? 協力してあげるわよね」
「そりゃまぁ、してやってもいいけどよ」
「ね、う゛ぁる! 今日から、ボクにお給仕の特訓して? レモ先輩の前で、ミスしちゃったら困るもん!」
「……しょーがねーなぁ」
 うるうるした瞳で頼ってくる葛は可愛いが、結局その動機がレモにあることが、ヴァルベリトにはやや面白くない。とはいえ、ダイアが言うことにも一理ある。自分の未来の夢のために、またとない練習の機会だ。
「特訓となったら、オレは厳しいからな?」
「うん! 頑張るね!」
 にこにこと笑う葛が、当日は可愛らしいメイド服だろうことも、楽しみだけれども。それについては、素直に口になど到底できないヴァルベリトだった。


「で、出来た……」
 一方、前日になって、ようやく佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は納得できる逸品をつくりあげた。
 急にレモに四種類にして欲しいと言われた時には戸惑ったが、そこは弥十郎だ。もちろんその期待にも答え、当日に間に合わせた。
 改良点は、赤には細かく賽の目に切ったナタデココを加えて食感をプラス。緑には、枝豆は茹でずに炒り温かい塩水に一晩つけ、それをつぶし餡にした。その際、炒った玄米も加えて香ばしさをアップすることも忘れない。
「すごい! 美味しいし、なんだか……癖になるっていうか、忘れられない感じ!」
「そう? よかった……」
 レモに手放しで絶賛され、弥十郎は微笑むが、その顔にはありありと疲労が出ている。
「あの、レシピはもらったし、少し休んだほうが……」
「うん、そうだ、ね。……そうするよ……」
 弥十郎はそう答えて、ふらふらと調理室を出て行った。明日、ちゃんと起きて来られるか、不安になるような背中だ。
 カールハインツも、やはり疲れているようだったし、皆、本当に準備を頑張ってくれた。レモにとっては、有り難いと思うことばかりの期間だった。
「僕、幸せだねぇ」
「レモ」
 調理室を出て、明日のオープンを控えて、しん……と静まりかえった喫茶室の片隅に、レモは腰掛けた。そこへ、白銀 昶(しろがね・あきら)が顔をだす。
「どうだ? 具合は」
「昶さん。 さっき、弥十郎さんも試作品が完成して、準備完了したよ。備品のチェックも、翡翠さと桂さんがしてくれたし、掃除も緋布斗さんが……」
「そうじゃねーよ」
 昶は苦笑して、ひょいと狼の姿に戻る。レモがこの姿を気に入っているからだ。
「お前の具合。疲れてんだろ?」
「…………」
 ぺろりと頬を舐められ、レモは一瞬、泣き出しそうな顔をした。
 本当は、不安も緊張も疲労も、いよいよこのときになって、頂点まで高まっていたのだ。それをさりげなく気遣われ、本当に、涙がでそうになった。……しかし、それをかろうじてこらえ、レモはただ、「ありがとう」と昶の柔らかな身体にそっとしがみつく。暖かくて柔らかな感触は、最初に目が覚めた時からずっと、レモにとってありがたいものだった。
「今日も冷えるしなー……今日は、一緒に寝てやろうか?」
「いいの?」
「ああ」
 昶は頷く。誰かがいなければ、レモはきっと、今夜は寝つくこともできないだろう。それは、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)も、懸念していたことだ。
「さって。早く休もうぜ。明日っからが、本番だからな」
「うん」
 昶に促され、レモは立ち上がる。あとはもう、ただ、精一杯頑張るだけだ。
 少年と狼が連れだって行く姿を、影から見守っていた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)は、そっと目配せをしあった。
「レモ君は、大丈夫みたいですね」
「まぁ、そうだろうな」
 翡翠は若干、夜になると口調も性格も悪くなる。レモのところに顔を出さなかった理由としては、そんなところだ。ただでさえ一杯一杯なところに、驚かせることもない。
「明日は忙しいだろうしな。こっちも早く寝るか」
「そうですね」
 備品の最終確認は、結局この時間までかかったが、とくに問題もない。
 ――あとは、明日を待つばかりだ。