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真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
真赤なバラとチョコレート 真赤なバラとチョコレート

リアクション

3章

1.


「これは、参りましたね」
 ふぅ、と白いコート姿の青年……叶 白竜(よう・ぱいろん)が、薔薇の生け垣の中で呟いた。
「HC使おうか?」
 同じくスーツ姿の世 羅儀(せい・らぎ)にからかわれたが、それについては黙殺した。
 それにしても、どこまでが校舎の前庭部分でどこからが本当の薔薇園なのか、さっぱりわからない。せっかくだからと早めに到着していたのだが、これでは待ち合わせには遅れてしまいそうだ。
 そこへ。
「なにか、お困りですの?」
 美しい着物姿の女性が、おっとりと白竜に声をかけた。淡い蘇芳香地に紛粧楼の花と枝が描かれた訪問着に、黒紅地に蝶柄の羽織姿も艶やかな美女である。
「喫茶室で、知人と会う約束をしていたんだ。けど、道がわからなくなってしまってさ」
 きりりとした表情で、白竜よりも先に、すかさず羅儀が事情を美女に説明する。すると彼女は微笑み、「それでしたら、ご案内いたしますわ」と親切に請け負ってくれた。

 喫茶室では、なかなかに目立つ一団が、楽しげに談笑していた。
「月夜ちゃんと未憂ちゃんは薔薇の学舎の制服なんだぁ! すごーい、しかもぴったり、かっこいいー!」
「以前天音に借りた時に機会があったらもう一度着ようと思ったんだよね……未憂制服似合ってる、可愛い!
「ありがとうございます。歩さんも月夜さんも、素敵ですよ」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)からの賛辞に、関谷 未憂(せきや・みゆう)ははにかみながらお礼を言う。
「リンもだもん! それに、ヒゲも似合うでしょー」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の肩を抱き寄せながら、立派な付けヒゲをたくわえた顔を近づけて見せた。
「ん、ふふ! もふもふだ〜」
 ヒゲを撫でてが月夜は笑うが、未憂としてはややフクザツだ。
「ねぇ、リン。やっぱり、それはいらなかったんじゃないの?」
「だって、男装するなら必要かなって!」
 リンはそう胸をはって主張した。
 そうなのだ。実は、彼女たち一向は皆、外見性別とは異なる服装……男装をしてきている。薔薇の学舎の制服もいれば、トラッドなスーツなど、みなそれぞれ可愛らしい。
 が、つまり、男性の場合は、女装ということだ。
「ブルーズも可愛い格好してる〜」
 月夜の言葉に、「うん、頑張ったよ!」とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の飾り付け担当をした鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が胸を張る。
「…………」
 漆黒のドラゴンとしては、ノーコメントだ。ヨルの奮闘で、シフォン生地のケープを羽織り、首周りはアンティークレースで飾っている。ケープを留めるブローチは、黒崎 天音(くろさき・あまね)とおそろいのスワロフスキーだ。そして極めつけに、春らしい色合いの花と蝶のヘッドドレスをつけている。
 斜め前に座る樹月 刀真(きづき・とうま)は、先ほどからついその姿に笑いそうになってしまうが、「刀真さん、笑うのはブルーズさんに失礼ですよ? とても良く似合っています」と封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)に窘められていた。
 もっとも、そういう刀真もまた、艶やかな着物姿だ。もちろん、女性用の。
「ねーねー、月夜ちゃん、そこのすごい美人さん誰?」
 歩がこっそり月夜に問いかける程、よく似合っている。
「お似合いです、ね」
「未憂…そう言われても複雑なんだけど」
「その我が着付けしたその着物は不服か?」
 今回の企画の発案者、玉藻 前(たまもの・まえ)が妖艶な笑みを浮かべて刀真を見やる。
「いや男性が女性の美を表現する為にする歌舞伎の女形の修行とか言われてもね? 俺が女物の着物を着てここに居る理由にはならないでしょ? まあブルーズも女装してるし、月夜達は男装だし一応納得するけどさ…玉藻、なんでお前だけ普段と変わらないんだよ、ずるくないか?」
「……我は我の美しさを十分に理解している、改めて磨く必要は無いよ」
 刀真の反論は、そうすっぱりと一蹴されてしまった。
 ちょうどそこに、注文していた品々が運ばれてきたというのもある。
「うわぁ、美味しそう! ヨルちゃん、何にしたの?」
「赤と白のプチ大福だよー。新製品って書いてあったから! それにタシガンコーヒー! 歩は?」
「いつもは紅茶だけど、カフェオレにしたの。そういえば、ヨルちゃんはいつもコーヒー飲んでたよね」
「うん。大好きなんだ〜」
 カップを手に、ヨルはにこにこ顔だ。歩は慣れないコーヒーにやや戸惑いつつも、砂糖をたっぷりいれる。紅茶とは違うけれども、これはこれで、とても良い香りだ。
「おまたせしました、アーモンドティです」
「ありがとうございます」
 西条 霧神(さいじょう・きりがみ)から、おすすめの紅茶を受け取り、白花が微笑む。
「紅茶はないのかと思ってましたけど、嬉しいです」
「私は紅茶が得意分野ですので。他にも色々用意していますよ」
 霧神は丁寧に答えつつ、楽しそうにお茶を楽しむ一同をそっと見やった。
(アルカンシェルでの戦闘も大変だったみたいですし、こうしてみなさんで集まれるなんて嬉しいですねえ)
 そう思うと、つい目頭が熱くなりそうだ。
 同じように給仕にあたっている鬼院 尋人(きいん・ひろと)も、今日ははりきっているようで、それもまた喜ばしかった。
 尋人としては敢えてよそよそしく「いらっしゃいませ、ようこそ薔薇の学舍へ」と丁寧に出迎える予定だったのだが。……実際に出迎えた途端、彼らの装いに吹き出しそうになるのをこらえるのが精一杯だった。今も、自然な笑みを浮かべ、コーヒーを彼らに差し出している。
(教導団に行っても黒崎は黒崎、樹月さんは樹月さんだ。よかった)
 自分は同じ席に座っていなくても、かわす会話も、その笑顔も、変わらないと思えた。
 とはいえ、教導団では、厳しい仕事も増えているだろう。今日はリラックスして、美味しいコーヒーを飲んでいってほしいと、尋人は心から思った。
「…………」
 一方、付けヒゲを外すと、プリムは両手に持ったコーヒーカップに、ゆっくりと口をつけた。
「どう? プリム」
 未憂が、彼女を気遣うように声をかける。
「……少し、……おさとう、を」
「そうね。その方がいいかも」
 すすめられた砂糖壺から角砂糖を指にとり、カップに沈める。白い角砂糖が飴色に変わり、ほろほろと崩れ落ちていく様を、じっとプリムは見つめた。
「どう?」
「…………好き」
「よかった。私も、コーヒーの香りは素敵だと思うんですけど、……苦味や酸味を味わうには私はまだ未熟みたいです」
 小さく肩をすくめて恥じらう未憂。
「いいんじゃないか? 俺はブラックが美味しいと思うけど、その辺りは人それぞれだよ」
 刀真はそう慰め、尋人の淹れたコーヒーを、ゆっくりと味わった。
「今度お茶会でコーヒー入れてみようかなぁ。あ、美味しい入れ方とかあったら教えてもらえます?」
 歩が尋人にそう頼むと、「もちろんです」と丁寧に尋人は答えた。
「鬼院さん! これ、すっごく美味しいね!」
 リンはスプーン片手にご満悦だ。どうやら、尋人提案のコーヒーゼリーパフェも好評のようだった。

 すると、そこへ。
「すみません、遅れてしまって」
「白竜、迷ったの? 羅儀も一緒に?」
「いえ、事前調査です」
 月夜には、しらっと白竜はそう答えた。
「お席をご用意いたします。少々お待ちください」
 尋人がさっそく言うと、霧神とともに席を増やす。増えたのは、二人の他に案内役の美女、そして、さらに……。
「こりゃいいな」
 美男美女たちだ、笑うナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)だ。黒のコートを脱ぐと、ベストにパンツ。それに、恋人からもらった白長手袋を着用している。
「よろしいの? 誰かお探しかと思ったけれど。特徴を教えて頂ければ分かるかも知れないわ」
「いーのいーの」
 今がよければそれで良し、これもなにかのチャンスだと、さっそくナガンは美女の隣に腰を落ち着けた。
「タシガンコーヒーを、ブラックでお願いします」
「オレも」
 白竜と羅儀が、尋人にそう注文を済ませる。ナガンも結局、コーヒーにした。
「美人さんだけど、背高ぇなぁ。男のほうはちっちゃくて可愛いのが多いけど」
 ストレートに口にするナガンは、どうやら周囲が異性装ごっこをしているとは気づいていないらしい。白竜は、少女たちが男装していることには気づいていたが、女子禁制の薔薇学に来るということで、気を遣ったのだろうと好意的に解釈していた。
 とはいえ、約束をしていた黒崎 天音(くろさき・あまね)と会えないのは困る。
「お久しぶりです」
「関谷氏。先日はお世話になりました」
「こちらこそ、お世話になりました」
 そんな挨拶をかわしつつも、きょろきょろと白竜はあたりをうかがっていた。
 羅儀は羅儀で、落ち着かない。予想よりは女性が多かったのは天恵だが、給仕にあたる薔薇の学舎の生徒たちはさすがの美形揃いで、なんとなく気後れしてしまうのだ。そのためどちらかというと、つい無口になりがちではあった。
 まるで気にかけずエンジョイしているのは、ナガンだけといったところか。
「どこの生徒? 女性だから薔薇学じゃないだろ?」
「女性、とは限らなくてよ?」
 くすくすと美女が笑う。周囲はなりゆきをひやひやしたり、にやにやしたりで見守っているが、ナガンだけが気づいていない。
「えっ、男? もうこの際男でもいいかな……どうですか今夜二人で」
 ずいっと距離を詰めて、大胆にナガンはそう誘いかける。するとそこで。
「もういいだろう、天音」
 ブルーズがたまらずに、美女の正体をばらす。
「……ってクロサキィ!?」
 派手にのけぞったナガンのみならず、白竜と羅儀もあっけにとられてしまう。
「本当に気づかなかったの?」
「いやブルーズは分かったんだよ、ただ女装趣味なのかなと思って黙ってただけで」
「まぁ、そういうことだ。………白竜、この格好については気にするな」
 同じく艶姿の刀真が、複雑そうに口にして、腕組みをした。
「いや……二人とも、よくお似合いです」
 そう言っていいものかと白竜としてもやや悩んだが、結局正直に感想を口にする。
「ありがとう」
 悪戯が成功した子供のように、くすくすと天音が笑った。
「びっくりしたぜ……」
 羅儀が思わず呟く。そんな彼にむかって、運ばれてきたコーヒーを、前がすっと差し出した。
「世羅儀とやら、先ほどから浮かぬ顔。我と一緒に居るのはつまらないか?」
「い、いや」
 若干慌てて、羅儀はそう否定した。
「とんでもない。美しい皆様に囲まれて、光栄だよ」
 羅儀は笑顔を浮かべ、さっそくコーヒーを手に取った。しかし。
「天音も、大儀であったな」
 つい、と前の手が伸びる。そして、細い指の先に摘まれたチョコレートを、天音の薄く紅の引かれた唇へと運んだ。
 少し驚いたものの、微笑んで天音も唇を開き、赤い舌をのぞかせて、甘い薔薇のチョコレートを口にする。……ただ菓子を食べさせているだけだというのに、不思議と倒錯的かつ、官能的な雰囲気が漂った。
「ん、若いのも食べるか? ほら、あーん」
 その様を複雑そうに見守っているブルーズをおもしろがって、前は同じようにチョコレートを差し出す。
「む……」
「……何だ要らないのか? じゃあこれも天音へ……」
 躊躇うブルーズの前で、再び前はチョコレートを天音に差し出す。だがそれを、天音は今度は手で受け取ると、「はい」とブルーズの口元へと持って行った。
「べ、別に嬉しくはないのだぞ」
 そうは言うものの、素直にブルーズは、天音の手からチョコレートをぱくりと食べたのだった。
「で、天音。古巣に戻った感想は? ……そう言えばあの時は月夜と白花が迷惑かけたな、ありがとう助かったよ」
 そんなこんなとありつつも、ひとまず場が落ち着いた頃をみはからい、刀真が天音に話しかけた。「そうだね、やっぱり落ち着くかな」
 それは、傍らで見ている白竜にしても、よくわかった。
 天音の笑顔は、見た事がないわけではないが、やはりこの薔薇の学舍で仲間に見せるものとは質が違うものに感じる。
(当然といえば、当然ですが。とはいえ……)
「やはり黒崎さんを、帰したくないですね」
「え?」
 思わず呟いてから、それが少々なりとも誤解を招く発言だったと気づき、白竜は慌てて、
「あなたは教導団に必要な方ですので薔薇の学舍に帰したくありません、という意味です」
 と訂正を付け加えた。