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幻夢の都(第2回/全2回)

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幻夢の都(第2回/全2回)

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第2章 集落 2

「おばさん、おかわりーっ!」
 ぺろりと平らげた皿を差し出しながら、テーブルに座るリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が言った。食堂に集まる客の視線が集まるのも気にせず、がたんと立ち上がってのことだった。
 食堂のおばちゃんはそれを見て嬉しそうに笑いながら、
「あいよっ。じゃあ、ちょっと待ってなー」
 早速、追加の調理へと取りかかった。席に座り直して、リリアは満足そうな顔をしながら、まだ残っている他の皿へと手を伸ばす。フォークを片手にサラダを食べていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、そんなリリアに呆れた視線を向けた。
「まったく、よく食べるよね。その細い身体のどこに入るんだか」
「それってバカにしてる? それとも誉めてる?」
「どっちもだよ。ねえ、メシエ」
 エースに呼びかけられて、羊皮紙を眺めていたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が顔をあげた。目の前には他にも古びた本などが乱雑に置かれている。メシエは笑いながら、
「まあ、それぐらい元気なほうがリリアらしいよ。ところで、魔獣ガオルヴがいつ頃から現れたのかは知ってるかい?」
 話を変えるようにエースに訊いた。
「村の人の話だと一ヶ月前ぐらいだって聞いたけど」
「大体、その通り。そしてその時に、集落でも指折りの戦士だったある一人の男が死んでいる。死体はないが、ね」
「それってもしかして……」
 エースが訊き返すと、メシエはもったいぶったように間を開けて、
「ああ。ガウル・シアードだよ」
 羊皮紙に描かれている似顔絵と一緒に、そう告げた。
「死体が見つかってないって、つまり、村の人達はガウルが魔獣ガオルヴの正体だって気づいてないってこと?」
「恐らくはね。話によると、ガオルヴが初めて現れた場所に、その、ボロボロになったシアードの衣服が残されていて、大量の傷跡と血も残っていたらしい。もしかしたら致命傷を受けて辛くも逃げることに成功したんじゃないかと思われたらしいが、どれだけ探しても見つからず、結局は――ガオルヴに喰い殺されたのではないかと、判断された」
「だから、ゼノとかいう人はなんかピリピリしてたのか」
 エースは合点がいったようにうなずいた。遠目から見ただけだったが、戦士団の団長を務める、ガウルの親友とかいう男は常に険しい顔をしていた。エースは、あれでは冷静な判断は下せないだろうと、勝手に思っていた。
「ともかく……」
 メシエが思案げに言った。
「事情を知らないことには、立ち回りようもないだろう? 皆にはこれらの情報を伝えておくに越したことはないよ」
「そうだね。じゃあ、リリア」
「うん?」
 届いた追加注文の肉料理を頬張っていたリリアは、むぐっと喉を鳴らしてエース達を見た。がつがつがつっと、豪快にそれらを貪ると、ようやくきょとんとする。
「そろそろ行こうか。他にも集めたい情報はたくさんあるしね」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってよぉっ」
 席を立ったエース達を追って、リリアも立ち上がる。メシエがそれをほほ笑ましそうに見ながら、食堂の主人に代金を支払っていた。
「おばさん、ご馳走様! 美味しかったよぉっ!」
 リリアは剣を腰に挿しながら、店を出る際にそう言い残した。
「こっちこそ、あんだけ美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ。また来ておくれ」
 笑いながら見送る食堂のおばちゃんに、リリアは手を振って別れを告げた。


 旅人が現れたのは戦士団がガオルヴ討伐に向かってから、しばらくしてだった。獣人の集落では珍しいことだ。フードを被ったその旅人二人を、村の獣人はかすかに訝しんだが、相手は柔和な微笑みを浮かべており、悪い奴ではないと思った。それに、どうやら道に迷ったようだ。
 村人達に宿へと案内され、その二人の旅人は、世間話とばかりに集落の現状を話に聞いていた。
「ほう……魔獣の討伐ですか」
 感心するように神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)がぽつりと言うと、宿の主人は、
「ああ、そうさ。集落を守る戦士達が総出で向かったんだ。早いところどうにかしねえと、こっちも落ち着かねえな」
 嘆くように言いながら、夕食の準備を進めた。
 翡翠と、そして隣の柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)はカウンターに腰を下ろしている。
「討伐って……そんなに大変なんですか、この集落」
 夕食を待つ間に、美鈴がぽろっと口を開いた。
「魔獣の力は恐ろしいからな。こっちも必死で抵抗しちゃいるが、追い返すのが関の山だ。それに、魔獣が放つ魔力の影響を受けた魔物達が、集落を襲ってくることも多くなってきた。ここで叩いておかねえと、いつどこで、やられるか分かったもんじゃないのさ」
 主人がこれまでのことを思い出すように、哀しげな顔で言った。
 そんなものか、と美鈴はいまいち実感が持てないまま納得する。その視線が翡翠へと動いた。ふと、そこで気づく。翡翠は遠くを見るようにして、黙り込んでいるのだった。
「翡翠……?」
 美鈴が訊くと、翡翠は、
「えっ……あ、ああ……すみません。ちょっとぼーっとしていて……」
 慌てて、笑顔を取り繕った。
 自分でも無意識のうちに遠くを見ていた。黄金都市の幻を思い出していたのだ。
(時間が迫ってきている。思い出せ……と、伝えたかったのでしょうね。あの人は……)
 あの時現れた幻が、今でも鮮明に蘇る。脳裏をそれが通り過ぎたとき、美鈴がのぞき込むように翡翠を見ていた。
「マスター、無理は、していませんよね?」
 どきっとした。まるで自分の今の胸中を見透かされたように思えた。
「……大丈夫ですよ? 何かあれば、美鈴さんを頼りにしますから。必ず、です」
 柔和な笑みを崩さぬままに、翡翠が言う。美鈴はしばらく納得出来ないように、じっとその顔を見ていたが、やがて、諦めたように息をついて、のぞき込むのを止めた。
 こういうとき、美鈴はとても敏感になる。まるで翡翠の心を読んでいるかのように、気持ちを察知するのだ。
「ご主人、夕食は取り置きできますか?」
「ん……? そりゃあ構わないけど、冷たくなっても知らねえぞ」
「構いません。少しの間ですから」
 翡翠が笑顔で言って立ち上がる。美鈴が小首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「ここでうかうかもしてられませんからね。……ちょっと調べものをしに行きます。美鈴さんも、一緒に来ますか?」
「はい。もちろんです。私は、あなたと契約を交わす精霊ですから」
 言って、美鈴も立ち上がった。
 宿の主人が見届ける中、二人は夜の集落に足を踏み出した。