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リアクション
第2章 集落 3
フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は集落のとある民家にいた。それも、その地下である。石造りのその部屋には、壁一面に古めかしい書物が並んでいる。フレデリカはそれらの書物を少しずつ読み漁っている最中だった。
「何かめぼしいものは見つかりましたか、フリッカ」
ふいに横から声が投げかけられた。部屋の中にはもう一人の探索者がいたのだ。同じように書物を手にしているルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が、フレデリカを見つめていた。
フレデリカは書物から顔をあげ、
「ううん、全然。この集落の歴史とか、後は古代の伝承とか、そういうのは載ってるけど……竜については、特にこれといったものはないわ」
残念そうにため息とつきながら、読んでいた書物を閉じて、本棚に戻した。
そのタイミングを見計らったように、
「おい、まだか?」
部屋の外から、若い男の声が聞こえてきた。集落の兵士である。フレデリカは自分の身分を『魔獣を調査しにきた魔導師』と名乗っており、貴重な書物庫に入らせてもらう条件として、兵士を一人付けられたのだった。
「すみませーん、もうちょっと」
フレデリカが間延びした声で返すと、兵士は「まったく……」と呟きながら頭を掻いた。するとそこで、ルイーザが兵士に近づき、
「ちょっとお聞きしたいんですけど、よろしいですか?」
と謙虚な仕草で訊いた。ルイーザの美しさに惹かれたのも関係してか、兵士は顔を赤くしながら、慌ててうなずいた。
「な、なんでしょうか?」
「その、魔獣が暴れているのですよね? それだというのにどうして、女王様は動いてくださらないのかしら?」
「ああ、そのことですか……」
兵士は幾度となく答えてきたというように、慣れた口調で言った。
「その、もちろん女王様に魔獣問題の解決をお頼み申し上げることは出来ます。ですが、これは森の問題。ひいては集落の問題なのです。我々としましては、女王様のお手をわずらわせる訳にもいきませんし、何より、自分達で森を守りたいのです。それに、仮に女王様に進言したところで、解決までは時間がかかるでしょう。現場のほうがより早い収拾に努められるという、判断なのです」
兵士の言葉に、ルイーザはうなずいた。何事も上に頼めば良いというわけではない。それはより長い時間を費やすことにもなりかねないし、現場で解決出来るなら、それに越したことはないのだった。
「ルイ姉、ちょっとこれ見てみて」
フレデリカがルイーザを呼んだのはその時だった。ルイーザが近づいてくると、フレデリカは開いた書物の一部を見せた。
「これって、もしかして黄金都市のことじゃないかな?」
「古代都市クランジール……?」
開かれたページに書かれていたのは、かつて小高い山の麓に存在していた古代都市についての記述だった。そこは黄金に輝く都市ではなかったが、位置を見たところでは、あの黄金都市のあったヒラニプラの場所と同じに見える。
二人が首を捻っていたとき、
「フリッカ、ルイーザ、居る?」
がちゃっと扉が開いて、別室から一人の男が顔を出した。端整な顔立ちに海の色を思わせる青い髪をした青年である。同時に、青年の足元から、小柄な金髪の女の子や、焦げ茶色のトランクを持った少女が顔をのぞかせた。
ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)に、プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)だ。愛らしいミシェルにルイーザが手を振って、ミシェルもそれににぱっとした笑顔で手を振り返す。プリムラは茫々として愛嬌というものに欠けているように見えたが、それもなかなか懐かない子犬のように可愛らしかった。
「佑一、どうしたの?」
フレデリカ達とは別の部屋で調べものをしていた青年――矢野 佑一(やの・ゆういち)は、片手に持ったぼろぼろの本を掲げた。
「これ、ちょっと見てくれない?」
フレデリカとルイーザは、その本に目を落とした。そこにはフレデリカが先ほどルイーザに開いて見せた本と、ほぼ同じ外観の町が描かれていた。
「これって……!?」
「古代都市クランジール。どうやら、君達が戦っていた相手――邪竜アスターを祭っていた、古代の町らしい。アスターについても、これには詳しく載ってる」
フレデリカは佑一から本を受け取って、改めてしかとその目で記述を読んでいった。
邪竜アスターの伝承は各地に伝わっているものの、ここまで詳しく載っているものを見るのは初めてだった。どうやら、古代都市クランジールには、少なからず獣人族が住んでおり、その遺産が、回り回ってここに辿り着いたという経緯のようだった。
「夢や幻を司る存在のアスターは、この町の祭壇で祭られていた。だけど、そのクランジールの町は魔物の侵攻で廃都と化して、それ以来、アスターの魂は祭壇を彷徨っているのではないだろうか。…………これって、つまりアスターは、その祭壇でしか力を発揮出来ないってこと?」
「さあねぇ……。この本を書いた人も、あくまで自分の家に伝わっていた話を書き留めていたに過ぎないみたいだし。とっくにその人本人は亡くなってる。どこまで考えたって、推測に過ぎない話だよ。ねえ、ミシェル?」
「へっ……う、うん、たぶん……」
急に話を振られて、そこら辺の本を読んでいたミシェルが、戸惑いながらうなずいた。話はよく分からないが、とりあえず答えたという雰囲気だ。代わりに、
「どちらにしても、頼りになるのはそのぐらいなんでしょ? だったら、とりあえずその祭壇がありそうな場所に行ってみたらいいじゃない。相手が幻術を使っているだけだったら、きっと祭壇もどこかにあるはずよ」
プリムラが付け加えるように言った。
「祭壇……」
フレデリカが思案げな顔で宙に視線を巡らせる。途端、はっとなってルイーザ達を見回した。
「ガオルヴがいるっていう古代遺跡っ。あそこなら、きっと祭壇もあるんじゃないかな!」
「……そうですね。行ってみる価値は、ありそうです」
ルイーザが同意してうなずく。佑一達も異論はなさそうだった。
かくして、旅の魔導師達は古代遺跡へと向かうことを決めた。
「こんなところもう嫌じゃああぁぁぁぁっ!」
集落の隅っこで、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は声高に叫んだ。
なにせ、右も左も、獣、獣、獣、獣――だらけである。爬虫類とか蟲類ならまだ良いものを、獣耳とはこれいかに。裕輝は何よりも犬猫の類が苦手なのだった。
だというのに、黄金都市から一変して、着いたのはなぜか獣人達の集落だ。どこに行っても獣人がいるため、悲鳴をあげながらそれから逃げるしかないのだった。
「え、えぇい、こうなったら……」
裕輝が決意を目に宿して顔をあげた。
「オレはもう魔獣退治に行く! こんなところに一時も長くおれるかっ! 魔獣退治にでも行きゃあ、きっとなんとかなるやろ!」
本来ならそちらのほうが危険であるが、無茶苦茶な思考回路だった。
それから数秒も経たぬうちに、集落をびゅんっ、と一陣の風が駆け抜けた。それが逃げたい一心で魔獣退治に向かった裕輝の影だとは、誰も気づかなかった。
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