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幻夢の都(第2回/全2回)

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幻夢の都(第2回/全2回)

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第1章 囚われた者達 1

 そこは牢屋であった。クオルヴェルの集落の地下に存在する牢屋である。閉じ込められたガウル達はそう認識していた。ただ――それが真実かどうかは定かではなかった。
「やれやれ……昨日までは黄金都市だったのが、一転して森の中ですか。これは……まだ邪竜アスターの影響下にいると考えるべきなのでしょうね」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)がため息と共に言った。
 座り込んで壁に寄りかかっていたガウル・シアード(がうる・しあーど)が、そっと顔をあげた。真人の言う通りだった。あれだけの大人数を転移(ワープ)させるような大魔法が、あそこで発動したとも思えない。ましてや、いま、この世界には亡きガウルの親友であるゼノ・クオルヴェルの姿があり、魔獣ガオルヴが存在していた。
(過去の、幻と考えるべきか)
 ガウル達はそう判断していた。
 魔獣ガオルヴは過去のガウル自身であった。かつてツァンダの森を脅かしたとされる魔獣の伝承がいま、再現されている。ガウルはもう一人の自分が存在していることに戸惑いを感じざる得なかった。
「どうしますか? ガウルさん」
 真人が訊いた。ガウルが視線を真人に向けた。
「状況から察するに……この世界は恐らくガウルさんの記憶をベースに構築された幻術だと考えることが出来るでしょう。となると、それを打破するためには、幻術を解くか、あるいはその幻術を使っている本人――邪竜アスターを倒すしかありません」
 真人の推測に異論を挟む者はいなかった。
 誰もが、その通りであると感じていた。そもそもアスターは、黄金都市に存在していた時から、レン・オズワルド(れん・おずわるど)を幻術で操り、なぜかガウルを執拗に狙っていた。真人は口にはしなかったが、アスターはガウルに何らかの感情を抱いているのかもしれないと思っていた。
「でも、その肝心のアスターはどこにいるのかしら?」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)がぽつりとつぶやいた。その言葉に、真人が思案げになった。
「恐らく……どこかに身を隠しているのかもしれません。何者かに成り代わっているとか……」
 真人が推測を口にする。するとそこで、
「そういえば、俺達をここにぶち込んだあいつ……ゼノ・クオルヴェルって言うんだろ。それって確か、ガウルの親友で、リーズの祖父さんだった人じゃ……」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がふと気づいたように言った。
 そうだった。ゼノはガウルの親友だった英雄で、リーズの祖父だった。その男に、ガウル達は牢屋へと叩き込まれたのだ。その事実が、ひどく痛々しくガウルの胸に突き刺さっていた。幻かどうかは関係ない。親友に、自分が自分であると信じてもらえなかったこと。それが、ガウルにとっての現実だった。
 唯斗に連れ添っていたリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)も同じ気持ちだった。この時、リーズはまだ産まれていないため、信じてもらう事など不可能ではあったが、それでも――大好きだった祖父に敵視されたことが、ひどくつらかった。
 その時、
「いつまで落ち込んでんだよ」
 ガウルの胸に、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がぼんっと拳を突きつけた。強く引き結んだ白皙の顔。そして深い光を宿す赤い瞳が、ガウルを正面から見つめていた。
「親友に、こんな地下牢にぶち込まれちまって悲しいだろうけどよ。そんなことうだうだ言ったって始まらねえだろ。大切なのはこれからどうするかだ。そうだろ?」
 エヴァルトが言った言葉に、ガウルは突き動かされた。そうだ。ここで立ち止まっていても仕方ない。元の世界に戻るためにも、ゼノが操られた幻に過ぎないのかどうかを確かめるためにも、まずはここから脱出しなくては。
「お、戻ってきたみたいだな」
 エヴァルトが鉄格子の向こうに振り返り、言った。ふいに光が差し込んでくる。それは、淡く光る小さな球体だった。鉄格子をすり抜けて中に入ってきた球体は、人型を形作り、本来の姿へと戻った。それは、淡い金髪をした一人の少女であった。
「皆さん、お待たせして申し訳ございません。ただいま戻りました」
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が礼儀正しく頭を垂れた。
 球体は舞花の精神体だった。『アストラルプロジェクション』と呼ばれる、精神体に変化する技術(スキル)によって、鉄格子をすり抜け、外の様子を探ってきたのだった。
「舞花、おかえりー!」
 セルファとリーズが、舞花を出迎える。スキンシップが激しい二人の邂逅に、舞花は苦笑していた。顔立ちは母方の血を思わせるが、その表情はどこか父方である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に似ている。
 舞花は未来人だった。陽太達から更に数百年の時代を経た場所から、この時代にやって来たらしい。その目的を舞花は明かさぬし、他の仲間達もそれを察して、問い詰めるようなことはしないが、御神楽家自体は、長い時を経ても健在のようだった。
「それで、舞花さん……外の様子は?」
 真人がタイミングを見計らって訊いた。
「ええ。それが――」
 セルファとリーズの二人を引き離し、表情を引き結んだ舞花は滔々と語り始めた。
「外は騒然としています。どうやらゼノさん率いる集落の戦士団の皆様が、ついに魔獣ガオルヴの討伐に向かったそうです。各所から旅の傭兵なども雇い入れ、万全の体勢で敵に挑むということでした」
「討伐……っ!?」
 仲間達が一様に驚いた。
 だが、妙に納得もいった。だからこそ、ゼノはやけに苛立っていたのだろう。決戦を間近にしたピリピリとした空気が、集落全体に広がっているのかもしれなかった。
「ですけど、これは今がチャンスですね」
 真人が冷静につぶやいた。
「主力の戦士達は討伐部隊に編成されているのでしょう。牢を守る兵士は数少ないはずです。……ガウルさん、やるなら今ですよ」
 真人に進言されて、ガウルは考え込んだ。確かに脱出するなら今だ。だが、仮に失敗すれば、自分達が悪人と見なされることは決定的なものになるだろう。
 思案に耽るガウルに、
「ガウル……私は行きたい」
 言ったのは、ぎゅっと拳を握り込んだリーズだった。
「お祖父ちゃんのところに行って、確かめたいの。これが本当に幻なのか。あのアスターが生み出した幻術に過ぎないのか。それに、――みんなで元の世界にも帰りたい」
 リーズが言うと、彼女と連れ添ってきた唯斗、それに紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が立ち上がった。唯斗は黙ってリーズの肩をぽんと叩く。睡蓮が、強い光を宿した目でリーズを見上げた。
「リーズさん……私も手伝います! リーズさんのためにも、この世界を確かめるためにもっ!」
「睡蓮……」
 リーズは嬉しさを込み上げたように、睡蓮の名をつぶやいた。三人のやり取りを見ていたエヴァルトが、ガウルの肩を掴んだ。
「……だとよ。どうする?」
 ガウルの答えは決まっていた。だから、
「ああ。行こう」
 そう、ガウルは言った。