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リアクション
第4章 夢幻 1
森の中をどんどん進んでいくと、やがて辿り着いたのは見知らぬ古代遺跡であった。中からは魔物の気配がぷんぷんしている。
足を踏み込んだはいいが、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)はすっかり夜の雰囲気に怯えてしまって、フレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)の服の裾を掴んで離さなかった。
「あのねぇ、フレリア……。はぐれたくないのはわかるけど、動き辛いんだからそんなに引っ付かないくれる?」
「だ、だってぇ……」
フレリアに非難がましく言われ、ヴェルリアが泣きそうになる。思わずフレリアはぐっと唸り、それ以上言えなくなった。
ほぼ同じと言っていいぐらい、よく似た容姿の二人であった。見た目では、赤い目と青い目という違いぐらいしかない。そんな双子のような二人が迷子になっている真っ最中、
「何者だ……!?」
かっと正面から洋灯(カンテラ)の光が差し込み、二人を驚かせた。
洋灯の影から姿を現したのは、とある集団である。その先頭にいた者を見て、くっつき合った二人はようやく安堵の息を漏らした。
「ガ、ガウルさぁん……」
「お前達……ここで何してるんだ」
洋灯を掲げていたのはガウルだった。そして、集団はガウルの仲間と獣人の集落にいた戦士団である。さらにフレリア達は、ガウルの後ろにいた者を見て、あっと声をあげた。
「し、真司ぃっ!?」
「お前ら、こんなところにいたのかよ。何処に行ったのかと思ったぞ」
それはフレリア達の保護者にあたる契約者の柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だった。
「おやおや〜、迷子さんたち、二名様ご案内ぃ〜ってね」
隣にいるリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がからかうように言う。家族も同然の二人を見て、安心したのか。フレリアとヴェルリアの二人はお互いを抱きしめたまま、力を失ったようにぺたんと座り込んだ。
「もぉ〜、いるならいるって言いなさいよぉ! 私達、ずっと不安だったんだからねっ!」
「わ、悪い。俺達もついさっきガウル達と合流したとこでな。……でも……これでも、ちゃんと探してたんだぞ」
真司が言い訳がましく言う。ぷくっとむくれていたフレリアは、それでも納得いかないのかぷいっと顔を背けた。素直にならないフレリアに対し、
「うわぁん、真司ぃ。こわかったぁ」
「わっ、ヴェルリアっ……くっつくなって!」
ヴェルリアは真司に泣きながら抱きついた。それを見ながら、
「ぬふふふ〜、真司ったら、女泣かせ〜」
リーラがさらにからかうように、にんまりと笑う。フレリアのご機嫌が更に悪くなっていくのが目に見えるようで、真司は勘弁してくれと思った。
そんな、当人達は気づいていないが、仲むつまじく見える四人に戦士団が睨むような視線を向ける中――突如、爆発音が響き渡った。
「なんだっ!?」
しかも、それは一つではなかった。無数の音が地下から響いてくる。爆発音だけではなく、そこには剣が放つ白銀の金属音も混じっていた。
ガウル達は、急いで地下に足を向けるのだった。
ガウル達が地下へと辿り着いたとき、魔獣ガオルヴは既に何者かと激戦を繰り広げていた。
チロルチョコおもちの見た目をした爆弾を使い、ガオルヴに爆破攻撃を与えるのは八神 誠一(やがみ・せいいち)であった。黄金の毛並を靡かせるガオルヴが、獰猛な爪や牙を使って攻撃を仕掛けてきた瞬間を狙い、爆弾を口の中に放り込む。
爆弾が爆発するや、誠一はその足元へと移動する。盛大に噴き上がった爆炎に口内を焼き尽くされたガオルヴが動きを止めるや、誠一は『飛燕』の銘が打たれた大太刀を手に、魔獣へと跳び上がった。
その身体に大太刀が突き立てられる。刀身から発生した『ショックウェーブ』が、ガオルヴの体内を貫いた。
耳をつんざくような叫び声が響く。
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が、それを見逃さなかった。戦闘狂にしか発せない烈気が、透乃を包み込んでいく。『等活地獄』の鬼神のごとき闘気が空間に放たれるや、透乃はガオルヴへと跳んでいた。
途端、その視界が波のように歪み出す。それはガオルヴが放つ幻術であった。視界を幻が覆い隠そうとしているのだ。
「陽子ちゃん!」
透乃が呼ぶと、後ろで待機していた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がうなずいた。
幻術に対抗するのは、幻術である。幻さえもその拳で撃ち砕かんとする透乃には、その必要はないかもしれないが、用心に越した事はない。陽子が『その身を蝕む妄執』を放つと、幻術と妄執の力はぶつかり合い、弾けて霧散した。
ガオルヴは更なる幻術を放とうとするが、透乃の拳がそれよりも速く、相手の身体にめり込んでいた。ついで、連続して拳が叩き込まれてゆく。ガオルヴはそれに悲鳴をあげながらも、しかし、凶刃たる爪を振るって抵抗した。
「私達も続くぞ……っ」
ガウルが言って、大剣を手に駆け出した。ガオルヴと戦う者達の間には、見覚えのある者もいれば、そうでない者もいた。目的はそれぞれだった。だが、一つハッキリしているのは、誰もがガオルヴ討伐のために戦いを挑んでいることだった。かつての、自分を、倒す為に。
戦士団もガウル達に続き、ガオルヴに戦いを挑んだ。
「絶対に、ガオルヴを倒す!」
筆頭になって、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が『ブライドオブブレイド』を手に立ち向かった。携帯電話に接続された、強化型光条兵器である光り輝く大剣が、ガオルヴの身を斬り裂く。さらに、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が『日輪の槍』と『スピアドラゴン』の二つの槍を手に、美羽に続いた。
美羽の心にあったのは、ガウルの為に戦うその一心であった。この幻の世界はガウルが生み出したと言っても過言ではない。ガウル本人の手で、その因縁に決着を付けて欲しかった。その気持ちはコハクも同じである。二人の気持ちが一つになって、一体となって、ガオルヴに挑みかかっていた。
ある種、樹月 刀真(きづき・とうま)にとっても、その気持ちは一緒だった。だが、それよりもむしろ、刀真の心には疑念に似たものがあった。
なぜ、この森は生まれたのか。なぜ、ガオルヴが存在する必要があったのか。この光景と幻には、何か自分達には分からぬ意図があるように思えてならなかった。
「……お前は、誰を求めているんだ!?」
『白の剣』を振るいながら、刀真はとっさに声をあげる。ガオルヴから返ってくるのは、獰猛なうなり声と容赦のない攻撃だけだった。
「顕現せよっ!」
月夜が攻撃を防ぐために『剣の結界』を張る。封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)がその後ろで、『荒ぶる力』によって仲間達の気力を上げ、『幸せの歌』を歌い始めた。『鯨ひげのヴァイオリン』が奏でられると共に流れる魔力の歌は、仲間達に闇黒属性に対する耐性を与えてくれる。
その耐性が、ガオルヴが放つ闇の闘気から仲間達を守ってくれた。
(ガウル……これはもう、あなたの過去と違うんでしょう?)
茅野 菫(ちの・すみれ)が、ガオルヴと戦うガウルを見やりながら、ふと思った。
この世界が幻であれ現実であれ、ガウルはその結末をよく知っている。目の前の自分自身――魔獣ガオルヴが、ゼノに封印されるという結末を。ガウルはそれを、未だに後悔しているのだろうか? 自分の過去の成れの果てを、どう思っているのだろうか?
ガオルヴが、一瞬の隙を突いて、反撃に打って出る。振るわれた凶刃の爪が、ガウルを斬り裂く――その刹那。
「……お前は……っ」
「間に合ったかのぅ」
咄嗟に、人知れない影から飛び出してきた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、『さざれ石の短刀』でガオルヴの爪を受け止めた。その爪を弾き返し、ガウルとともに距離を取る。幼い刹那が、ガウルを見上げた。
「おぬしがピンチになるとは、意外だったのぉ」
「……そうでもない。かつての私よりも、このガオルヴの力は強大になっている。仲間はいるだけ必要だ。……君も、戦ってくれるか?」
ガウルに言われ、刹那は思案げに黙り込んだ。だが、やがて、こくりとうなずいた。
「報酬は高くつくのじゃ。忘れるでないぞ」
刹那が戦いのために動き出すと、その後ろから、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)とファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)が続いた。刹那と同様に、影に隠れていたらしい。
アルミナが『サンダーブラスト』を放って魔獣を牽制する。
「アルミナを悲しませた罪は、重いですよ」
ファンドラは、ハルバートを取り出して斬りかかった。
黄金都市のことを、刹那とファンドラは思い出していた。あの時、邪竜アスターが作り上げた幻によって、アルミナは過去の傷を無為に掘り起こされた。その悲しみは精算させる。二人が無言で誓っていたのは、そんな思いだった。
次々と、獣人の戦士や、契約者達に傷つけられ、ガオルヴはもはや倒れる寸前であった。
だが、そう思った刹那――ガオルヴの身体を背後から包み込んだのは、無限とも思える闇と、触手や獣の牙や口を有した肉感的な物体であった。
「なんだっ……!?」
ガウル達は危険を察知して、思わず飛び退く。
だが、朝斗だけが、その闇から現れたがごとき存在の正体に気づいていた。
「エッツェル――!」
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、まるでガオルヴを取り込もうというように、そのえげつない身体全てを拡大させていた。咄嗟に朝斗が動き出す。だが、それよりも速く、エッツェルに向けて飛び出した影があった。
「偲さんっ!」
鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が、二刀の刀を手にして飛び出していた。いや、違う。偲一人ではない。影は二つあった。
「いつの間にやら、とんでもない事態になってるなぁ、偲」
偲と並走するように飛び出していたのは、裕輝だった。大した驚きもなく、偲は、
「おや、ようやく追いついたんですか、バカ」
と、無慈悲な言葉を放つ。
「ひどいわぁ、オレだって、ちょっとはみんなの役に立ちたいんやで」
傷ついたように嘆きながら、裕輝は拳を握った。
あのとき、黄金都市で見たものを引きずり出すつもりでいた。そのためには、エッツェルがその正体を喰ってしまうと、何が起こるか分かったものではない。裕輝は不敵ににやりと笑って、エッツェルの身体にその拳を向けた。
「いくで、偲っ」
「……ふぅ……しょうがないですね」
偲がぽつりとつぶやく。二人の刀と拳が、全く同じタイミングでエッツェルの身に叩き込まれた。
エッツェルの拡大した肉感的な身体が、間一髪のところでガオルヴから離れた。
「ガウルさん、向こうは僕たちに任せて! ガオルヴを!」
朝斗が言って、ガウルの傍を離れる。無差別に暴走するエッツェルを取り囲んでいった。
これで、果たして全てが終わったのか。ガウルが、慎重に、倒れているかつての自分――ガオルヴへと近づいた。
だが、その瞬間、心臓がどくんと鼓動を打った。くずおれたガオルヴから感じる怖気が、背筋を撫でたのだった。ガオルヴの下に、魔法陣が生まれている。巨大な魔法陣が、ガオルヴの楔を解き放っているのだった。
「みんな、離れろっ!」
ガウルが仲間達に告げた。
刹那――ガオルヴの姿が、突如として膨れあがった。
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