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リアクション
第2章
「……うっ、思い出すだけで胃が……」
そーいうんじゃなくて、急性胃炎だった。
「……大丈夫か?」
「大丈夫です……。と、とにかくこういうわけなので……何か、妹と平穏な関係を築くための対処法とかないでしょうか……」
ベッドに座り、大して心配してなさそうに言うラス・リージュン(らす・りーじゅん)に、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は縋るような気持ちで助けを求めた。入院中ではあるが彼も誕生日パーティーに行こうと、ラス同様に私服を着ている。
――ここは空京にある病院の、4人部屋の1つである。向かいと隣にいた患者が昨日退院したらしく、入室者は少ない。リハビリを兼ねて外に散歩に出たということで、対角位置にあるベッドも今は布団がめくれている。つまりのこと、今、この部屋には彼等とピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)以外には誰も居ない。相談するにも、良い環境だった。
「対処法ったってなあ……」
「隼人がルミーナさんとの結婚を機に家から出て行って……それからのテレサやミアが…………うっ! このストレスを何とかしないと、また胃炎に……って、そんな匙を投げた医者みたいな顔しないでくださいよ」
「いや……無理だろ。お前んとこもう末期だし」
「そ、そんなあ……。でもほら、ほら……ラスさんはピノさんと平穏な関係を作ってるじゃないですか。お2人のような関係でいいんですよ」
具体的に言えば、結婚を迫られない関係なら何でもいい。欲を言えば毎日明るく木漏れ日の中で仲良く過ごしていきたいが、とりあえず結婚を迫られない関係なら以下略だ。
「お前それ、今考えただろ。それに、うちが平穏かっていうと……」
「? 何? おにいちゃん」
何となくわざとらしい素振りで、ピノが首を傾げてくる。ラスはピノに全く敬われていない。故に、愛が芽生えるわけもない。第一、愛だの恋だのはまだ100年早いし認めない。ああそうだ。彼女がラスを敬わないのは、携帯にGPSをつけて逐一居場所をチェックしたりと過干渉が過ぎるからで――
「テレサとミアのストーカーでもすりゃいいんじゃねーのか。携帯にGPSつけるとか」
ウザがられると共に嫌われて、浮気など気にされなくなるかもしれない。万事解決だ。
「え、ええっ!? ストーカーですか!?」
「あ、そうだよ! あたしがおにいちゃんと結婚したくないのは魅力がないからだもん! ダメ人間になればいいんだよ!」
「! ぴ、ピノ……!?」
愕然とするラスを尻目にピノは、「でも、優斗さんはもうダメ人間だと思われてそうだし、効果ないかもなあ……むずかしいね」とか言っている。その時、廊下からテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)とミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)の声が聞こえてきた。
「優斗さん、居ませんね……どこへ行ったんでしょう」
「入院中なんだから大人しくしてなきゃいけないのに、どこへ行ったんだろう。……あっ、もしかして女の人の部屋に浮気に行ってるとか……!?」
「テレサちゃん、ミアちゃん、こっちだよー!」
廊下に飛び出したピノが、病室を通り過ぎたテレサ達を呼び止める。『浮気』という単語に反応した優斗が反射的にベッドの向こう側に隠れる中、彼女達は来訪した。
「えっ? 優斗さんも参加されるんですか?」
「えっ? お兄ちゃんも参加するの?」
優斗の代理としてメッセージカードを預かろう、と、パーティーへ行く前に病院に立ち寄ったテレサとミアは、2人揃って驚いた。
「はい。だから、ここでイディアちゃんの誕生日プレゼントについて相談していたんです」
彼女達の関心が浮気から逸れたことに安心し、優斗は余裕を取り戻していた。一応、「本当ですよ?」という念押しの一言を付け加える。本当ではないけれど。
「そうだったんですか」
「そうだったんだね」
納得したのか、息みかけていたテレサとミアから余計な力が抜けていく。
(優斗さんには病院で安静にして早く良くなってもらって、早く私との愛の巣に帰って来て欲しいのですが……)
(お兄ちゃんには病院で安静にして早く良くなってもらって、早く僕との愛の巣に帰って来て欲しいけど……)
そして、彼の笑顔を前に心配そうに2人で顔を見合わせる。お互いに、本来『家』と呼ぶべき部分を『愛の巣』と脳内変換している事には気付かない。
「……わかりました。でも無理はしないで下さいね」
「……わかったよ。でも無理しちゃ駄目だよ」
そして、ほぼ同時に気遣わしげな表情を浮かべる。だが、ふと気付いたようにテレサは言った。
「だけど、プレゼントの相談って……優斗さん、その足元にあるのって、プレゼントじゃないんですか?」
「えっ!?」
優斗は、びくりと椅子の足元に目を遣った。そこには、起動前のミニ機晶犬がリボンで包装された状態で置かれている。テクノクラートのパートナーに作成してもらった歴とした誕生日プレゼントであり、包装故に、どの角度から見ても誤魔化しようもない。
「そうだよ! もう決まってるなら、相談って何の相談してたの?」
入院中でプレゼントを満足に用意できる状況にないから――と、ミニ機晶犬の製作状況を家で見ていたミアも優斗に詰め寄る。否、ただ近づいただけなのだが何となく詰め寄ったように見える。
「こ、これは……僕自身はプレゼントを用意していたんですが、ラスさんはまだのようだったので何が良いですかね、とお話を……」
「別に、そんなもん買う気ねーし……」
「って言ってたんですけど、買おうかなー、と……。ね、そうですよね。あ、いたたたた……」
ラスにアイコンタクトを送りまくっていた優斗は、痛みを感じて胃の辺りを押さえた。相談内容の真実を知られるわけにはいかない、という焦りがストレスを招いたらしい。しかし、それが幸いして心配が先に立ったようでテレサ達が覗き込んでくる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫? 優斗お兄ちゃん!」
「…………!」
その中で、完全他人事目線で3人を見ていたラスががたっとベッドから立ち上がりかけた。彼の視線の先には――
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