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Welcome.new life town 2―Soul side―

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Welcome.new life town 2―Soul side―

リアクション

 
 遅れてきたフィアレフトを含め、招待をした皆の殆どがやってきてカフェの灯りが消される。まだ夜ではないだけに完全に暗くはならないが、できるだけ遮光して薄暗くなったカフェの中央で大きなケーキが照らされている。照らしているのは、1本の太目のロウソクだった。
「Happy Birthday to You♪ Happy Birthday to You♪ Happy Birthday dear Idear♪ Happy Birthday to You〜♪」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が幸せの歌のメロディに乗せて誕生祝の歌を歌う中、イディアを抱き上げたファーシーが、唯一燃える炎を指して彼女に教える。
「ほら、これをふぅって吹くのよ」
「ふー?」
「声は出さずに、空気だけ吹くんですっ。ふーって」
 ノアも隣で、実演をまじえてアドバイスをする。それを見たイディアは、彼女を真似てふーっと口をすぼめて息を吐いた。炎がふっ、と消え、カフェはまた少し暗くなる。皆が拍手をする中で電灯がつき、その下でエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は若干「?」となっているイディアに杖――クリアパニッシャーを振りつつ祝いを授ける。
「イディア・S・ラドレクト、魔女の祝福をさしあげますわ」
 杖から虹色の光が舞い、また皆が拍手する。
「イディアちゃん、お誕生日おめでとー!」
 ノーンが言い、続く「おめでとう」という沢山の声にイディアはまだ驚き気味だった。だが、やがて笑顔になって彼女も嬉しそうにする。上手く話すことは出来ないが、言葉の意味をほぼ把握しているらしいことは反応で分かる。何故祝われているのか、彼女は理解しているのだろう。
「……ありがとう! ……何だか、すごく……信じられないくらいに、嬉しいな」
 当たり前のように祝福の中に居て、でも、それがとても幸せな事だということを意識していない訳でもなくて。こうして、会場を整えてもらって、今日という日に集まってもらって、その“気持ち”の大切さを知っているからこそ、ファーシーは心から感謝を伝える。
「…………」
 フィアレフトも皆の後方で拍手をしながら、ケーキの傍で笑っている2人に微笑ましい目を送っていた。感慨深さを感じさせる表情で、切り分けの始まったケーキを受け取るファーシーを見詰めている。彼女は『お誕生日おめでとう』と書かれたチョコレートが乗った部分を、イディアも苺と、そして陽太が高級洋菓子店で作って貰ったという1歳児用のケーキ皿を両手に持っている。2人は近くの席に座って皿を置き、同席した皆と一緒にケーキを食べ始める。
 不思議な事ではない――のだろう。今、こうしてこの光景を見る事になったのは奇跡でも何でもなく、起こるべくして起こったこと。きっと、必然に近い理なのだ。
 誕生日を祝う母と、誕生日を祝われる、小さな子供――
「フィアちゃん、どうぞ」
 その時、風森 望(かぜもり・のぞみ)が彼女の前にケーキの皿を差し出した。望とは先程、お互いの名前を名乗りあった。どんな字を当てるのかまで、丁寧に。
「ありがとうございます、望さん」
「……あと、ついでにこれも」
 望は『太陽のアルカナ』のタロットカードを取り出した。
「誕生の祝いと成功の願いを込めたカードです。そこまでの深い考えがあったのかは知りませんが、イディアちゃんに……とお嬢様から預かってきたものです。2枚重なっていたので、一枚プレゼントです」
「ありがとうございます。でも、どうして私に?」
 余ったのなら、ファーシーに渡しても良い筈だ。そう思って聞いてみると、望は「そうですね」と考える素振りを見せた。
「……貴女と出会えた偶然に感謝して、でしょうか」
 そう答えた望が差し出したカードを、フィアレフトは片手でそっと摘んだ。出会いの記念というのならそれは嬉しい、と素直に受け取ってカードを見詰める。絵柄の意味は――
「誕生と、成功……」
「といっても……それはもう、貴女の手の中にあるモノかもしれませんけど、ね」
「……?」
 二重の意味でという一言を内心で付け加え、望は力強く、背景にやる気を漲らせる。
「私は全ての幼女・少女の味方ですから!」
「? ?」
 フィアレフトがぽかんとしている間に、望はもう1枚のカードを持ってファーシー達のテーブルへ移動していく。誕生はともかく――それにも何となく意味があるような気がしたが――でも。
「私が、成功してるって……?」
 なんにもしてないよ、とフィアレフトは呟く。直後、傍にいたミンツが彼女に言った。
「フィーがここに居ることが、それ自体が成功なんだよ」
「……そうだね。私が今ここに居られることは、成功なんだ」
 その上で、望はフィアレフトの味方だと言った。……否、幼女と少女の味方と言っただけだが自分は多分どちらも当てはまる。ということは、彼女は――

「……ファーシー、久し振りね」
「うん、そうね。えーと、チェリーさんのお友達の……確か、山田さんのお弔いの時以来よね」
「そう。随分と日が経っちゃったけど……フリューネから、今日がお子さんの誕生日だって聞いて。ちょっとびっくりしたわ……おめでとう」
 記憶をたぐりよせ、獣人の少女とのあれこれを思い出して微笑むファーシーに、リネンもまた微笑んだ。パーティーに集まった皆を見回す。当時の事を充分に思い出せる顔ぶれの中に、一際目立つ――見覚えが無いからそう感じるのかもしれないが――背の低い少女がいる。彼女は望との会話の後、大型と言ってもいい機晶ドッグと『話』をしていた。その内容までは、周囲の話し声で分からない。
(機晶ドッグが喋ってる……?)
 その事自体にも興味を持ちつつ、リネンはファーシーに訊ねてみた。
「ねえファーシー、あの子は?」
「あ、フィーちゃん? あの子とはね、さっきツァンダで会ったの」
 そして、彼女はフィアレフトと会って一緒にここまで来た経緯を話した。何の疑問を持った様子も無く明るく話すファーシーだったが、ラスとピノの不在を聞いた時の少女の反応にリネンは妙に引っ掛かりを覚えた。
(この子、ラスたちのことを……いえ、心配しているのはピノのほう? 何か気になるわね……)
 雑談を含め、ファーシーとの話を一通り終えるとリネンはフィアレフトに近付いた。彼女は望に貰ったカードと、何か古ぼけたカードを見比べてその2枚をショルダーバッグに仕舞っている。
「こんにちは。ラスたちの事で随分驚いてたって聞いたけど……デルライドさん、お2人の知り合い?」
「え? あ……」
 フィアレフトはリネンを見上げると、一瞬、慌てた顔で開閉したばかりのバッグに目を落とした。深い考えもなく反射的に起こした行動のようにも見える。
「ごめんなさい、リネンよ……って、知ってるかな?」
「リネンさん……。あ、はいっ、空賊のリネンさんですよね」
「…………」
 その反応を見て、リネンは考える。最初の名前を繰り返しは、或いは既知の人物に会った時のそれに近い響きと思えなくもない。だが、後半はただ、無難な答えを選んだだけという印象だった。とりあえず、彼女はどんな形であれリネンの名前を知っていて、パラミタの内情についても無知では無いということだ。
「そう。空賊のリネンよ。今日はフリューネも来てるの。入院って聞いたら驚くわよね。私も心配すると思うわ。2人とはそれなりに付き合いもあるし……私にもいるからね、同じくらい反応しちゃいそうな大切な人」
 リネンはフリューネの方をちらりと見て、フィアレフトに笑いかける。
「最初、ピノが入院しちゃったって……まあ、先に退院しただけで入院していなかったわけじゃないみたいだけど……そう思ったみたいだって聞いたわ」
「……私、ピノさんの事が大好きなんです。だから、何かトラブルに巻き込まれてたら大変だって咄嗟に思って……でも、元気だって聞いて安心しました。実際に会っても、元気だったし」
「全く、誰に似たんだかドジなんだよなあフィーは。はやとちりして、大慌てだったんだぜ」
「ど、ドジじゃないもんっ。ぶ、不器用でもないし……」
 はにかみながら話していたフィアレフトは、ミンツの声に膨れた顔で反駁する。話し始めて初めて子供らしい表情が見られたような気がして少し和み、リネンはそれから彼女とパーティーについての雑談をしてからフリューネの所へと歩いていった。
「急にごめん。……フリューネ、喋る飛空艇って知ってる?」
「喋る飛空艇?」
 ケーキを食べていたフリューネは、手を止めて寝耳に水という感じで聞き返してきた。その時点で何かもう答えが出ているような気がしたが、リネンはフィアレフトとミンツについて事情を話す。
「ねえ、似たようなのを見たことはない?」
「……飛空艇の形を見てみないと何とも言えないけど、動物に変形して喋る飛空艇なんて聞いたことないわ。しかも、全ての小型飛空艇の特色を持ってるんでしょ? そんな万能な飛空艇があったらどれだけ希少でも名は通る筈だし、噂にもなっていないなんて不自然よね。他には存在してないと見てもいいんじゃない?」
「……そう、よね。フリューネは彼女、何者だと思う?」
「何者って言っても……世に台頭すべく出てきた天才機工士、とか? ファーシー達を知ってて、でも面識が無いっていうなら親戚か何かじゃないの? 名前だけ知ってたとか。あ、でも……」
「そう。彼女、ピノの事を『大好き』って言ってたわ。…………」
「気になるの?」
「……うん。今はただのカンなんだけど……嫌な予感がするのよ。フィアレフトは悪い人じゃない、って思うんだけど……」
「…………」
 フリューネは考え込むリネンを見て、それから少しして声を明るくして彼女に言った。
「リネン、このケーキ食べた? これ、私が作ったのよ」
「えっ……! フリューネが!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。……クリーム絞って苺乗せただけだけど。まだ食べてないなら、どうぞ」
「あ、そういうことね……。じゃあ貰おうかな」
 甘い物を食べると頭が働くともいう。考えるのにもいいかもと、リネンはケーキを皿に取った。