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リアクション
「ヤットオタンジョウビカイニコレタ〜!!!」
地獄の編集作業を終わらせてオープンカフェに着いたガジェットは、その可愛らしい瞳を輝かせた。解放された喜びとパーティーに参加できる喜びのままにファーシーとイディア、ピノとアクアの姿を見つけて近付いていく。
(主役達を盛り上げられると良いであるな!)
目線の高さが同じになった分、きっと気兼ねなく会話が出来るだろうと期待値は上がるばかりである。
「久方ぶりであるな、ファーシー殿、イディア殿、ピノ殿、そしてアクア殿!」
「「「「……?」」」」
それぞれに料理の皿の傍にいたファーシー達は、一様にきょとんとした表情を浮かべた。直接口に出す前に、「誰だっけ」という問いをお互いに目で問い掛ける。
「でもおかしいわね。わたし、一度会った人は忘れないんだけど……」
「イディア殿! イディア殿、想像以上に可愛らしく育っているであるな! お誕生日おめでとうであるよ!」
「……あり、がと。……しらない」
「初めましてじゃないかな? あたし達のことをどこかで見たとか?」
「ですが、話し方には覚えがある気がしますね……その姿とそぐわないような……」
眉を顰め、アクアは視線をガジェットに一点集中させる。彼女の水色の瞳に射抜かれ、ガジェットの目がハートマークに変化する。その反応に記憶のどこかを刺激されたところで、カフェにルイとセラエノ断章が入ってくる。
「…………!」
2人の姿を見て、アクアは機能停止に陥りそうな程に驚いた。慌てて彼等から背を向けると、料理を取る事に集中しようと極力努める。この時点で彼女はガジェットの正体に気付いていたが、最早それをファーシー達に伝える余裕はどこにも無かった。
「我輩が誰かって!? ノール! ノール・ガジェットであるよ!?」
ガジェットの慌てた声が聞こえるが、どうでも良いことである。名乗ってもファーシー達の記憶が呼び起こせないようだが、それも無理ないことだ。姿が違うという以前に、イディアは夏祭りの時に巨大な『彼』とすれ違っただけでそもそも名前すら認識していない。ファーシーとピノも、直接的には殆ど『彼』と話をしていないのだから。
「うーん……まあいっか。ノールさんで、ルイさんのパートナーなのね。今覚えたから、これからよろしくね!」
「うん、そうだね、よろしく! でも、何で目がハートマークになってるの?」
「ガジェットの中身は男性型エロAIです。姿は可愛くなっても中身までは変わりませんよ」
「「え……エロAI!?」」
「そ、そこは女の子好きなAIと言って欲しいであるよ、セラ殿!」
セラの説明を受け、ファーシーとピノの少し鼻白んだ声が聞こえる。ガジェットが悲壮な声を上げる中、そういえばルイの声が聞こえない、とアクアは少しだけ視線を動かす。気になったわけではない。違和感を感じただけである。それを人は『気になる』と呼ぶのだがそれはともかく。
ルイはラスの前に立っていた。
「……主賓はあっちだぞ」
セラに背中を押されて前に立つと、ラスは椅子に背を押し付けて若干警戒気味にルイを見上げた。こちらとしてはこれ以上何かをする気は無いが、しでかした事を考えると警戒されるのはやむを得ない。心からの笑顔を浮かべ、ルイは言う。
「勿論、イディアさんのお誕生日も祝いたいですが……セラから今日が退院だと聞いたもので。ラスさん、退院おめでとうございます。そして、改めて……迷惑をかけてしまって申し訳ありません」
真面目に謝罪の気持ちを伝え、真っ直ぐにラスを見詰める。すると彼は、居心地悪そうに頭を掻いた。
「……もういいって。気に病まれる方がこっちも疲れる」
警戒を解いたのか猫背になった彼の言葉に安心し、ルイも少しリラックスする。
「人と場合によっちゃ、一生下僕にしてやるんだけどな」
「今後困った事があれば、真っ先に飛んできて手助けしますよ」
「そうか? それじゃあ……」
「金の貸し借り以外ですが」
「…………」
身を乗り出しかけていたラスの動きが不自然に止まる。金(多分治療費)の無心をしようとしていたらしい。それには気付かぬふりをして、ルイはガジェットに作らせた物を彼に差し出す。一部がやけに嵩張っている、大きめの包みだ。
「お詫びの品です。市販じゃ心が篭ってないと思いまして、自作させて頂きました。今後のラスさんの為になると思ったモノを作らせて貰いましたよ」
「……何だこれ。本と……瓶?」
包装の上からの感触で、大体中身が判ったらしい。そのまま包装を開こうとする彼を、ルイはすかさずストップする。
「あ、出来れば1人の時に開けて下さると助かります」
「……何で」
「何でもです。ところで、こちらの方はどなたですか?」
実は先程から気になっていた、ラスによく似た中年男性に目を移す。話している間、男性はずっとルイから目を離そうとしなかった。観察されていると同時、それ以上の複雑な何かも伝わってくる。ラスの口から出た答えは、そうではないかとは思っていた、まさにその通りのものだった。
「あー……父親。そういや、お前に会いたがってたぞ」
「私に、ですか……」
ルイは、困ったような表情を浮かべている彼の父に向き直る。ラスよりも角の取れた印象を受けるが、親であれば今回の事に何も思わない訳がないだろう。今、こうしてこの場に居るのも心配した故のことだろうし、彼からの責めや罵倒は覚悟しなければならない。
「ルイ・フリードです、初めまして」
「サトリだ。……君か。ラスと1人の女の子を取り合ったというのは」
「違う。取り合ってないから」
冗談でも聞き逃せなかったのか、ラスは父親に即訂正を入れる。その一言を挟み、サトリはルイに僅かながらの笑みを向けた。
「話と人物によっては真剣に抗議するつもりだったんだが……2人の間で話がついているなら、俺からは何も言う事は無いよ。気持ちはよく解る、俺やこいつだったら、理由も説明しないで闇討ちでもしてるだろうな」
そう言った上で、彼はにっこりと、その顔では滅多に見られない満面の笑顔をルイに向ける。
「ただ……親としてはやっぱり、もうちょっと手加減してほしかったよな。契約者の力というものがどんなものかは知らないが、もう少し抑える事も可能だったんじゃねーかと俺は思うんだ。いや、本当に気持ちは解るんだぜ? でもな……」
「言ってるじゃねーか……あと、昔の地が出てるぞ」
傍で烏龍茶を飲みつつ、面倒臭そうにラスが言う。どこかへ行けと手で合図する彼の意を汲み、ルイは「申し訳ありません」と一度礼をし、ファーシー達に挨拶するべくその場を離れた。
「ファーシーさん、イディアちゃんのお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう! あ、今、イディアはアクアさんの所に居るわよ」
「……そうですか、ありがとうございます」
小皿を手に、料理の前で何か悩んでいるらしかったファーシーは、イディアの姿を探しているのが伝わったのか、そう言った。カフェ内を見回すと、テーブルを3つほど隔てた先にアクアが座り、彼女はモーナとイディアを抱いたレン、そしてノアと一緒に話をしていた。
「珍しいですね。貴女が空京まで出てくるなんて……。というか、初めてなのではありませんか?」
「そんなことないよ? 空京が出来たばっかりの頃はよく遊びにも来たし。でも……そうだね、ファーシーを銅板から機体に移す――っていうあの依頼の1年前くらいから忙しくなって。プライベートで来たのは数年ぶりかも」
んーっ、と伸びをして、モーナはビールのグラスを傾ける。
「メティスが頑張ってくれたからかな。それに、アクアも手伝ってくれたじゃない」
「……手伝いは形であり、私は自分の勉強の為にしているだけです」
「……まあ、動機は何とやら、だよね」
事実の一部を語るアクアにモーナが苦笑を洩らす中、ノアは大人しくレンに抱かれているイディアを見て感心した声を出した。
「イディアちゃん、レンさんに相当慣れてますねー。最初は大泣きしてたのに」
「あれは俺を怖がったのではなく、着ぐるみにびっくりしただけだからな。その後は、おむつを取り替える仲にまで発展した」
クリスマスに子守をした時の思い出を話す中で、レンは何の気なしにアクアに言う。
「アクアはどうだ? パレードの席取りの時に確か子守も頼んだ気がするが」
「わ、私ですか?」
その言葉に、アクアは少しばかり動揺した。言い難さを感じつつ、告白する。
「私は、未だ彼女を抱いた事が無いですし、そんなには……」
「「え?」」
「そうなのか?」
驚いたらしい3人に、アクアはサラダをつつきながらも話をする。
「クリスマスの時も、抱くのは任せてしまいましたし……何だか、泣かれてしまう気がして……赤子などという生き物は、いえ、機晶姫ですが……とにかく、初めてでどうすればいいのか……」
「でも、嫌いじゃないんだよね? 今日もプレゼントあげたんでしょ?」
「それは、偶々作ったものがあったので……」
「……ぶ、あくあ」
「ん?」
モーナに訊かれてあるがままに説明する。イディアがアクアに腕を伸ばしたのはその時だった。彼女の意に気付き、レンは彼女をアクアの膝に上手に移す。
「え、あの、私は……」
突然ながら、落とさないようにと慌てて支える。その時、彼女の前に巨体が立ち影が落ちた。
「アクアさん、イディアちゃん」
「……!! ル、ルル、ルイ!」
これ以上無い程に吃驚仰天したアクアに、ルイは「お久しぶりですね、アクアさん」と笑顔で言った。心拍数はそこそこ上がっていたのだが、とにかく平静を装わなければといつも通り白い歯を見せる。
気持ちが知られた以上、誤魔化す気はない。だが、その状況が状況だった事もあり、彼女の考えも落ち着いていないだろうと思ったのだ。なるべく刺激はしない方がいいだろう。
(でも、気になってしまいます……ジレンマですね)
女性の心理は、難しいものだ。
もしアクアが1人になる事があればその時にもう一度、伝えよう。
――自分の気持ちを。
「今日も楽しくいきましょう! お誕生日おめでとうございます!」
「……ぷ」
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