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Welcome.new life town 2―Soul side―

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(これを、どうしろと……)
 1人の時に開けてくれという希望を律儀に守る必要も無いのだが、何が飛び出してくるか分からないという危惧もあり、一応外に出てラスは『お詫びの品』を開封した。別に危険でも何でもなかったが、中に入っていたのは――
 帯に謎の宣伝文『主に筋肉の各部位の写真と解説集・さらには効率の良い鍛え方が満載! さらに吸収率の良い食材を使ったフレーバーなマッスルドリンクの作り方も載ってるぞ☆』とあるルイ・フリードの写真集『筋肉の全て』。そして特典の(最早特典でも何でもない)開けてすぐに飲める『マッスルドリンク・パラミタマムシ味』というセットだった。パラミタマムシ味の方のラベルには親指を立てたイラストと共に『これで貴方もマッチョの仲間入り』という文字がプリントされている。
 全力で、要らない。
 そもそも、何故1人を指定されたのかが理解出来ない。
 それとも、どん引き率の高い中身だという自覚があったのか。
(親切なのか!? やっぱり、根に持ってんのか……!?)
 筋肉もりもりのルイの背を見ながら、そう思わずにはいられない。望がとてもイイ笑顔で近付いてきたのはその時だった。葉っぱの飛び出た金魚鉢を持っている。
「ラス……様、どうぞ。プレゼントです」
「……何だ? これ。そして何のプレゼントだ」
「入院祝いです。『カナンの土』を入れたマンドレイク・ポピーです!」
「……返す」
 叫び声を聞いたら死ぬと噂の植物ではないか。こちらも、貰っても全力で困るものだ。ラスは、金魚鉢を押し返した。だが、望もまたぐいぐいと押し返してくる。
「折角、鉢も用意しましたのに。持って帰るのも面倒なので、貰って下さい。むしろ、持って帰れ」
「ただの厄介払いじゃねーか!!」
「違います。入院祝いですよ、入院祝い」
「入院はめでたくねーから。祝いとか要らないから!」
「ちっ……じゃあ、退院呪いでいいです」
「おい、今舌打ちしたろ! 大体退院“呪い”って何だ退院“呪い”って。そこは普通に“祝い”でいいだろ!」
「別にネとロの些細な違いじゃないですか。ハゲますよ?」
「…………」
 言葉の意味が解らず、金魚鉢を押す力がふと弱まる。漢字か! と気付いた時には後の祭りで、その数秒の間に鉢は押し付けられきっていた。せいせいした、という表情の望が、勝利の宣言めいた口調で彼に言う。
「ケシの花なので、鎮痛剤になりますよ」
「いや、間に合ってるから。3割負担して貰ってきた分があるから。後、俺の家系はハゲないから。親父もほら、ふさふさだから。ふっっさふっさだから」
「そんな事はないぞ。俺はヅラだ」
「……!?」
 近くに居たサトリが、頭頂部を掴んで持ち上げ、地肌を晒してまた戻す。あまりの衝撃にラスが絶句していると、サトリはしかし――と望に言った。
「鉢植えは『根付く』、転じて『寝付く』ということで縁起が悪いんじゃないか?」
「ご安心を! 大丈夫です。マンドレイクなので、寝付くどころか歩き回りますよ!」
「そうか。じゃあ問題無いな」
「な に が だ」
 通販のセールストークのような説明で納得する父親に詰め寄らんばかりの目を向ける。望は、その彼にニコニコと最終宣告をした。
「あ、一応、引っこ抜く時は気をつけて下さいね」
 引っこ抜く時もそうだが、中身は土ではなく『砂』だ。蹴っ飛ばして倒しただけでも砂が零れ、危険ではなかろうか。
「退院呪い、ねえ……」
 望が去った後も、どう処分しようかとマンドレイク・ポピーと包み直した『お詫びの品』を前に答えを探る。オークションにでも出してやろうかと半ば本気で考えていると、「ふふふ……」という何だか怪しい笑い声が耳に届いた。ヒラニィが、何とも言えない笑い顔でこちらを見ている。具体的に言うと――
「…………」
“他人の修羅場ってば、本ッッ当に愉しいな!?”という類の笑い顔である。
「…………」
 それは同時に、笑顔の材料となった本人からは“無性に腹が立つからとりあえず殴っていい顔”にも見える訳で――
 多少、頭をぐりぐりするぐらいは甘受されるべきだろう。
「あ、痛っちょっ止めっ、待っ!」
 両側のこめかみをぐりぐりされて、ヒラニィはばたばたとその場で暴れた。その割に手をどかそうとはせず、真に良い心掛けだ。
 手を離すと、ヒラニィは頭を押さえて涙目になりながらラスを見上げた。
「ぬう、いたいけな美少女に乱暴狼藉するとはいい根性だのぅ」
「……誤解を生むような言い方するな。このちんちくりん」
 まだ足りないか、と拳を固めて上から威圧してみるとヒラニィは慌てて頭をガードするポーズを取った。まだ物理的圧力は掛けていない筈だが等身を更に縮めた彼女は、しかし態度は偉そうに笑ってみせる。相変わらずにやにやとはしているが、自制は可能な程度な笑みである。
「ま、何というか入院するほど殴られて何つうの? 贖罪的なモノは済んでおるんじゃろ?」
「……さあな」
 予想外の言葉に一瞬息を詰まらせ、目を逸らして短く答える。一応は和解したが、自分だったら義理や理屈はともかくとして相手の顔を見たら心がざわつくことは抑えられないだろう。『その時』の結末が不明なら尚更に。
 そう思っていたら、ヒラニィはやれやれというニュアンスを込めて彼に言った。
「……後はわしから退院祝いだ。おぬし、結局一線は越えておらんよ」
「!? ……本当か!?」
 思わず、ヒラニィの両肩を思い切り掴む。同時に――話が聞こえていたのだろう。視界の隅で料理を食べていたルイの動きがぴたりと止まった。ラスの勢いに目を丸くしたヒラニィは、だが、すぐに余裕を取り戻してふふんと笑う。
「信じるかはおぬし次第だがのー。わし、意地悪じゃしー」
「…………」
 思わぬところから齎された答えを前に、ラスはしばし呆気にとられたままだった。それから、気付く。答えを知っているという事は、カメラよりも性能の良い本物の眼であの現場をちゃっかりと見たという事で――
「あっ、痛っ、いたたっ、さっきより痛っ!」
「……忘れろ、今すぐに忘れねーと脳を破壊するぞこら」
「わかった、忘れる! 忘れたことに……感謝の気持ちというのがないのかおぬしには……痛っ!」

「今日は色々持ってきたよ……って、どうしたの? ラスさん」
「いや……もう、なんかどーでも……」
 とんでもない場面を直に見られていたという事実に真っ白になりかけているラスに、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はきょとんとした目を向けた。
「わかってたけどな……ほかにみたやつがいることくらいはまあわかって……でもじかね……へー、じか……、…………。へー……」
 ルイに『映像を見た』と言われた時点で、あの場面が他の目にも触れている可能性を考えなかった訳でもない。だが、こう、直接見たと言われると――
(どんだけ理性飛んでたんだ……! 気付くだろいくら何でも……!)
 救いを得たのも事実だが――色んな意味で七転八倒したくもなるというものだ。
「まだ体調が良くないのかな……? 退院って聞いてお菓子買ってきたんだけど」
「……………………」
 無反応である。頭から煙が出て今すぐにハゲそうな感じである。
「……大丈夫かな……というかなんで入院してたんだっけ?」
「! 知らなくていい」
「あ、復活した」
 ラスが目に光を戻したところで、ケイラは持っていた籠バッグとケーキの箱をテーブルに置いた。
「何か入用だったら遠慮せずに言ってね。ほら、ピノさんがいるとはいえ、大きな買出しとかそういうのは手伝えたらなって」
「……お前……」
「? どうしたの?」
 信じられないような何かを前にしたような目を向けられ、ケイラは若干驚いて手を止めた。何となく、感動すらされているような眼差しである。
「いや、何か今日初めてまともなやつに会った錯覚が……」
「そんな、オーバーだよ。お祝いに、美味しいフィナンシェを持ってきたよ」
 ケイラは苦笑し、大きめのケーキの箱を開ける。それから「伝言も頼まれてるよ」と眉間に指を当て、眼鏡を押し上げる真似をした。
「『ラスさんなら何処の店のか……すぐわかりますよね』って」
「……いや、さっぱりだな」
「えっ!」
「……って、伝えとけ。あの農場主に」
「……分かった。伝えとくよ」
 くすくすと笑いながら、ケイラは周りを見回して皆にも声を掛けた。