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リアクション
第6章
病院内で仕事があるというセレンフィリティ、セレアナと別れ、廊下を歩く。その最中で、ファーシーはフィアレフトとミンツをルカルカ達に紹介した。2人が自己紹介した後、彼女は言う。
「でね、このミンツくんって機晶ドッグは凄いのよ。ほら、普通の機晶ドッグよりも大きいでしょ? さっき見て、わたしもびっくりしちゃったんだけど……彼ね、小型飛空艇に変形できるのよ!」
「……何」
それを聞いたダリルは、ぴくりと反応すると廊下を歩くミンツに視線を固定した。足を運ぶ様子を見詰め続け、そのままの表情でほぼ無意識に「見たい」と呟く。
「え?」「え?」「ん?」
ファーシーとフィアレフト、そしてミンツが同時にダリルに注目する。その中で、ルカルカだけはやっぱり、と肩を竦めた。彼女もミンツのメタリックボディに目を落とす。
(こりゃダリルの知的好奇心直撃だわ……)
突然の台詞にぽかんとしていたフィアレフトが、「もしかして……」と彼に訊く。
「ミンツくんの内部を見たいっていう事ですか? 分解したい……とか?」
「! いや、すまない」
驚きと共に何となく躊躇の気配を感じ、ダリルは慌てて謝った。
「会ったばかりで親しくもないのに申し訳ない」
「いえ、でも……」
下を向いた彼女は、どうしようか迷っているようだった。受けるかというより、何と断ろうか考えているのだろう。
「だが、どうしても内部構造が見てみたいんだ。運動のバランス制御と変形機構を確かめてみたい」
「「…………」」
「ゴメンネ。こうなったら止められないのよ」
困惑しているらしいフィアレフト達に、ルカルカは少しだけ口添えする。
「でも、悪気はないし危害は加えないわ。寧ろ、機械の事は彼に任せたら大抵なんとかなるわよ」
「俺は機晶ドッグや機晶ドラゴンも整備するし、機晶医師もやってるから壊してしまうこともない。……頼めないだろうか?」
「…………。……分かりました」
ダリルの熱心な言葉を受け、彼女はやがて少し硬い顔で頷いた。真面目な響きを帯びた声で、ミンツが言う。
「いいのか?」
「うん。私がここに居る時点で、もう気にしても仕方ないしね」
向かいから隼人とルミーナが歩いてきたのは、彼等がそんな会話をした時だった。2人を見て、ファーシーは思わず「あっ!」と声を上げる。何を忘れていたのかと思ったら――
「そっか。さっき電話したの忘れてたわ」
「ファーシーちゃん、何人のお友達に連絡したの?」
「まだ誰か忘れてたりしてないでしょうね……」
「え? えーと……」
ピノとアクアに言われて、何日前か前からの記憶をたぐりよせる。皆の顔を見ながら指折り数え、ぴん、と浮かんできた顔があって彼女は言う。
「まだ望さんと鳳明さんが来てないけど……まだ予定してた時間をちょっと過ぎたくらいだし、外に出るまでに会えるんじゃないかな?」
「あれ……優斗も行くのか?」
楽観的な結論を出したファーシー達の前で立ち止まると、隼人は一行の中に優斗の顔を見つけて驚いた。先に見舞いに立ち寄ろうと思っていたのだが――
「まあ、そこまで深刻な状態じゃないですし……誕生日パーティでストレスが溜まるようなことはないでしょうから」
「そうか? それなら……」
「お疲れになったら、遠慮せずに休んでくださいね」
立てられてしまったフラグには気付かぬまま、隼人とルミーナは視線を交わして頷きあうと、口々に言った。
「じゃあね、お大事にね」
「失礼します」
さゆみとアデリーヌが乗り込んだタクシーが病院を離れていく。彼女達に続いてシグも帰っていき、風森 望(かぜもり・のぞみ)と琳 鳳明(りん・ほうめい)、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)も合流する。そしてフィアレフトは、一歩引いた場所で皆に言った。
「私は後で行きますね。場所は判っていますから大丈夫です」
ダリルがこれから教導団に戻るということで、彼女はもう少し残る事にしたのだ。ロビーの窓際に設えられた応接セット近くで、一度ミンツをスリープさせることになっている。
「うん。じゃあ待ってるわね」
ダリルとの話を一通り聞いていたファーシーは彼女にそう言い、病院を離れた。皆も一緒に、日の光の下を歩き出す。太陽の位置はさゆみ達が迷っていた時よりも高い場所にあり、当然の如く気温も更に上昇している。
「暑い……」
「大丈夫?」
想像以上の暑さについラスがぼやくと、一歩前にいたルカルカが振り返った。特に何を考えるでもなく、彼は答える。
「ずっと冷房の中に居たからな。暑さに免疫が無いんだよ」
「何なら、車椅子使う? 長い距離を歩くの大変なんじゃない?」
「別にいらねーし……って、は!?」
言っている間にも、ルカルカはぽいぽいカプセルから電動車椅子を出現させた。ほらほら、と手を取って、あれよあれよと彼を座らせる。とても残念だが、力では勝ち目が無い。
「いや、一応歩けるし……これガチで恥ずかし……」
何とかお断りできないかと立ち上がりかける。だがそこで、ファーシーが不思議そうな顔を向けてきた。
「? わたし、別に恥ずかしいと思ったことないけど……この子を産んだ後は歩けても甘えたことあったし」
「……お、お前は慣れてるからそうだろうけど……」
しかしそう言われると、強く拒否することも出来ない。
「無理イクナイ、どーんと頼りなさい」
あは、と笑ってルカルカは車椅子を押し始める。その笑顔に、気のせいではあろうが見抜かれているような気もしてラスはふと力を抜いた。
「……分かったよ。怪我人の扱いに関してはお前の方が詳しそうだしな」
「そうそう。ところでさ、ルカにもお兄さんを紹介してよ」
「兄?」
一瞬何を言っているのか解らずに訊き返す。そして、ああ……とサトリの方を振り向いた。目が合った瞬間に「良かったな」的な何かを感じて即効で前を向く。
「……そんなに若くないぞ。いい歳したおっさんだ」
一方、ルカルカ達の後方では。
(……なーんか、アクアさんの様子がおかしい気がする)
黙ったままに歩くアクアを、鳳明はそんな予感と共に注視した。いつもよりも所在なさげにしているのもそうだが、どこか、一定の場所に視線を向けないようにしてる感じだ。
その先は――
(ラスさん?)
視線を向けていないのだからそれを追う事は出来ないのだが、頑なに避けている一角というのは何となく判るものだ。
「そういえば、ラスさんって何で入院してたの?」
「何でって、それは……。!? い、いえ、貴女は知る必要の無い事です」
訊かれるままに説明しかけて、アクアは寸でのところで答えを拒否した。
「え、あれ、訊いちゃマズかった!?」
色々な意味でストレートに話すのは憚られる。そう気付いた彼女の横で、鳳明は少し横に仰け反り慌てた後、数拍の間を置いて「うーん……」と難しい顔をした後に確認する。
「でも、とりあえず……何か悩んでるってことだよね」
「いえ、悩んでいるというか……」
気まずいのは確かだし、顔を合わせづらいのも大いなる事実なのだが、それで狼狽えたり、どうしようかと脳内模索して右往左往しているわけではない。ただ、この場から離れたいと思うだけである。
(ですが、それは……)
先を考える余裕が無いだけで。もしかしたら、悩んでいるという事になるのだろうか。
「話しづらい事情があるんだろうし、無理になんて言わないよ」
後を続けられずに口を閉ざしてしまったアクアに、彼女の言葉を待っていたのだろう鳳明はのんびりとした口調で話し出す。
「出来れば全部話して欲しいけど……悩みって、1人で抱え込むと自分の中でどんどん大きくなっちゃって押しつぶされちゃったりするからさ。周りの人に相談した方がいいよ? ただの愚痴でも構わないからさ。ほら、友達ってそういうの聞くのもお仕事のひとつだし?」
「……」
黙ったまま隣を歩くアクアを軽く前から覗き、「いや私じゃなくてもいいし!」と彼女は急ぎ付け加える。そして、怪訝そうな顔になったアクアには気付かずに更に続けた。
「あ、でも私なんかで良ければいくらでも聞くし! 気の置けない友達に、ちょっと愚痴こぼすだけでも結構すっきりするものだよ。私あんまり頭よくないから本当に聞くだけになっちゃうかもだけど……」
「…………」
怪訝と戸惑いが綯い交ぜになった表情でアクアは顔を上げる。何と言えば分からないままに目を合わせると、気兼ねない笑顔を鳳明は浮かべた。
「それで良ければいくらでも」
「鳳明……」
「少しでもモヤモヤ減らして、一緒にイディアちゃんのお誕生日祝いを楽しもうよっ」
明るく「ねっ♪」と言う彼女がアクアにはひどく純粋に見えて。
その笑顔を前にしただけで、アクアは少し救われた気がした。この場に居るのが、先程よりも、この場に居るのが苦に感じない。
クリスマスの一件については鳳明は寝ていて知らない筈だ(と思いたい)し、今の感情をどう説明したらいいのかはまだ分からない。その為、アクアは先程少し感じた事を口にすることにした。
「……貴女は、もう少し自己評価を上げても良いと思いますよ」
頭の良し悪しは分からないが、とりあえず、それ以外は。
◇◇◇◇◇◇
――病院の窓際、パーテーションで簡単に区切られた対面式の待合席で、ダリルはスリープ状態にする前のミンツに質問した。
「そもそも何故、飛空艇にされたんだ? 望んでされたのか?」
尤も、例え望んでいなくても、機械である以上、主の命令には肯定のバイアスが掛かるから「望んでなかった」とは通常は思考も難しいだろう。システムにとって、命令とはそれほどまでに抗いがたい。
「まあ、どっちかと言えば『望んでいなかった』だろうなあ。オレが希望したんじゃないって意味ではな」
「では、命令されたのか?」
「! 私は……ミンツくんに命令したことなんてありません!」
その一言を聞いて、フィアレフトが心外そうに抗議する。彼女とは違い、特にかちんときた様子もないミンツがダリルに言った。
「そうじゃねえよ。オレはフィーに希望は出来なかった。喋れなかったからな。でも、飛空艇になってもいいかな、とは思ってたよ」
「……そうだったんだ……」
初めて聞いたのか、フィアレフトはびっくりしたように、少しの感動を含めた声を出す。
「ミンツくんは、本当にただの機晶ドッグだったんです。小さい頃から、ずっと一緒で、お友達みたいな存在で……その彼に、私は機晶石とは別の場所に人工知能を組み込みました。最初は、動力に機晶石を使ってるんだし、そのうち機晶姫みたいに感情が生まれるんじゃないかって思ってました。でも、いつまで経ってもダメで、それで、友達の研究者に人工知能を提供して貰って取り付けたんです。一般の人工知能を更に進化させようと研究中だったものでしたけど……結果として、それは成功して……」
「オレは少しずつ自律思考出来るようになったんだ。変形可能になるまで、フィーも知らなかったけどな」
「……君が造ったのか?」
「はい。私がミンツくんを造りました。飛空艇にしたのも、私です」
フィアレフトは強い瞳で、ダリルに言った。皆と居た時のどこかほわんとした雰囲気とは異なる、真っ直ぐな空気を放っている。
「…………」
話を吟味しているのか沈黙していたダリルは、思考を切り替えるように話題を変えた。
「犬と飛空艇では体の使い方が全く違う。そのデータ的な処理はどうしてるんだ?」
「……処理、ですか?」
「正直かなり無理をさせている状態だぞ」
「確かに、機械工学だけでは無理も出てくると思います。パズルのように、同じパーツを組み替えれば別の形態になるというわけにもいかないですし。でも、それは……ミンツくんの中を見れば大方は解ると思います。伸縮性の強い特殊なバネも使っていますがそれも含めて」
「……機械工学……機晶技術以外も使っているという事か?」
ダリルはそう言いながら、フィアレフトの示したミンツのスリープボタンを押した。一度スリープさせれば、接続を切っても問題ないと彼女は説明する。
「無理は解消されています。私のひとりよがりかもしれないけど……ミンツくんとはできるだけ長く一緒に居たいから。壊れないように、設計したつもりです」
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