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 第10章 

 そんな感じで一部が修羅場化している誕生日会であったが、それ以外は変わらず平和な空気を保っていた。
「ファーシーさん、イディアさんのお誕生日、おめでとうございます」
「おめでとう! プレゼント持って来たよ!」
 初対面でいきなり、というのはと来る前には少しためらったりもしたが、誰だって最初は初対面だしと思い切ってパーティーに参加した博季とリンネは、お互いの挨拶も終えてファーシー達にプレゼントを渡していた。明るさと勢いに乗って、リンネは絵本をお披露目する。
「これ、博季くんが選んだ絵本なんだよ!」
 満面の笑顔でそう紹介され、博季は照れながらもファーシーに話す。
「もしかしたらファーシーさんの好みじゃないかもしれないけど……色んな人が選んだ方が色んなお話が集まるし。……そっちの方が、色んな考え方が出来るようになると思ったんです」
「ううん。そうして色々考えてくれたってことだけでも嬉しいわ」
 絵本を受け取って、ファーシーは博季に笑顔で言った。人見知りというものを1ミリもしないタイプである彼女は、既に昔からの友人のように忌憚の無い表情を見せている。
「それにわたし、絵本を読んで苦手に感じたことってないのよね。だから、大丈夫だと思うわ。多分、この子も。映画とかだと、苦手なものもあるんだけどね」
 バイオレンス系の映画等が、ファーシーは苦手だ。その点、絵本は子供を怖がらせようと思って作られていないからだろうか。抵抗感を覚えるものに出会った事は未だ無い。
「じゃあ、DVDとかにしなくて良かったです。それとこれは、僕が編んだんだけど……ポンチョです」
 そうして、博季は可愛らしい紙袋を彼女に差し出す。
「ポンチョ? 広げてみてもいい?」
「はい、もちろん」
 微笑んで頷くと、ファーシーはイディアを椅子に座らせて袋から上着を取り出して広げてみる。前の部分には大きなボタンがついていて、シンプルながら可愛らしい。洗濯もしやすそうだ。
「何か、あったかいわね。毛糸なんだから当たり前なんだけど、そういうんじゃなくて……」
 手編み独特のあたたかさ、みたいものがある気がする。
「時期的にはまだ早いですけど、肌寒くなってきた時にさっと着せてあげられたら良いかなって」
「うん。紅葉の頃くらいにちょうどいいかもしれないわ」
 個人的に、毛糸の上着が一番あったかい時期だと思うの。とファーシーは笑ってポンチョを畳む。
「季節の変わり目には不具合が出やすくなるし、気をつけなきゃね」
「……ふふ、1年経って、ファーシーちゃんもしっかり者のお母さんな逞しさが身についてきた感じよね。とても良い事だわ」
 博季達とファーシーの遣り取りを聞いて、リリアはメシエに寄り添って言う。続けて、テーブルから少し離れた場所でセラと話しているアクアに視線を移す。最近、アクアは悩める乙女らしい表情を垣間見せるようになっているけれど――
「何をニヨニヨしてるんだね」
「ううん? 何でも……あら」
 リリアはそこで、新たにカフェに入ってきたスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)を見て目を輝かせた。スカサハが背負っている2人の赤ん坊――椎堂 未月椎堂 葉月を見て、と言った方が正確だろうか。妹の未月は父親似の金髪青眼、兄の葉月は母親似の銀髪赤眼という見目をしている。
「やふー! ファーシー様、アクア様、お久し振りであります! お元気でしたか!」
 機晶犬のクランを共に、未月と葉月を適度に揺らしてあやしながらスカサハは元気に入ってくる。
「え、ええ、まあ……身体的には」
「うん、元気よ!」
 個人的な事情であまり余裕が無いアクアが戸惑いつつ答え、身体的にも精神的にも元気なファーシーは迷わず即答する。スカサハは2人の丁度真ん中辺りで立ち止まって、明るく言った。
「スカサハは絶賛子守中であります! 未月様は大人しいから大丈夫なのですが葉月様が好奇心旺盛で大変であります!」
「大変という割には楽しそうですね……」
「大変だから楽しいのよ? ね、スカサハさん!」
「そうであります! 毎日楽しいでありますよ!」
 思わずというように言うアクアに、2人は笑顔全開で頷きあう。話が進む中、ファーシーはほぼ確信していながらまだ聞いていなかったことを確かめようと口を開く。
「ところでこの子達って……」
「私の子供達だよ、ファーシー」
 そして、それに答えたのはスカサハに続いて入ってきた椎堂 朔(しどう・さく)だった。久しぶりに会った彼女は、以前までとは違う穏やかさを内包しているように見える。
「やっぱり……。おめでとう、朔さん!」
「ありがとう。母親になってまた強く成長したみたいだね、ファーシー。アクアも好きな人の1人や2人出来たかい?」
「!? い、いえ、私は……」
 不意の言葉は何気ないものだったが、だからこそ予測出来ずにアクアは平静とは程遠い挙動不審な反応をした。明らかに何かあったらしい様子に朔は少し驚くが、アクアはその後に何かを言うこともなく黙り込んでしまう。
「…………?」
 両手の指を絡ませ、答えを探すように目を落とす彼女の表情を見て朔は考え、これ以上の話をするのはまだ尚早らしいと判断してファーシーへと笑みを向けた。
「イディアちゃんも元気そうだね。お誕生日おめでとう」
「そうですイディア様! お誕生日おめでとうございます! クリスマスの時の機晶ドッグさんとは仲良しでありますか?」
 スカサハも椅子の上のイディアに向けて話しかけ、拙い声と腕の動きで返事らしきものをする彼女に持ってきたプレゼントを新しく見せる。6ヶ月間、双子達と接してきたスカサハには、今の動きだけでもイディアの気持ちは何となく分かる。
「スカサハからのお誕生日プレゼントはこの機晶技術のマニュアルE.G.G.付きであります! 読みやすいように絵も多くしたこれを小さい頃から読んでいれば機工士英才教育は万事OKであります!」
「ぷ?」
 機工士? というようにイディアは首を傾げる。スカサハは、ファーシー達を友人であると同時に機工士仲間としても見ていた。機工士の両親の下に生まれた彼女は、きっと自然に機械と触れ合い、同じ道を進んでいくだろう。そんな予感めいたものもあって、そして、それは多分――
「ぶ、ばぁ、ば」
 多分、高確率で間違っていない。イディアはプレゼントのリボンを解くと、E.G.G.に興味を持っていじりだした。説明書だとでも思ったのか、ぱたぱたとマニュアルを広げる。まだ文字は読めない筈なのに、その表情は確かに楽しそうだ。無意識と意識を織り交ぜながら、彼女は立派な機工士――あるいはそれ以上――へと成長するだろう。
 ――しかし。
「い、イディア様、そこを外すと壊れるでありますよ!」
「……フフ、気に入ったみたいだな」
 まだまだまだまだ子供であり、まだまだまだまだ直感のままに適当にいじって遊ぶだけである。スカサハと朔はファーシーと一緒にイディアを囲み笑っていて、その中でセラは、未だ黙り込み何か考えているらしいアクアに話しかけた。
「アクアさん、ルイのことどう思う?」
 一瞬びくっとしたアクアは、訊いてきたのがセラだと知って力を抜いた。あの場に居た、というか自分をあの場に連れて行った彼女は全てを知っている。今更、何を隠すこともないし誤魔化しようもない。
「とりあえず、あの日の行動について煮え切らないでいるようなので“彼”に『お詫びの品』を持たせましたが……ぶっちゃけ、悩んでいる姿は鬱陶しいですし」
「でも、セラちゃんがあたし達が入院した原因の1つなんだよね? おにいちゃんが言ってたよ?」
 そこで、ピノがひょこりと顔を出した。何故か鍵が開きっぱなしであった家に帰った彼女は、あの日突然体に衝撃を感じて意識を失った。様子を見にきたセラとアクアはそれを発見してすぐにルイに連絡し、彼が向かった病院と同じ病院にピノを運んだのだが――ちなみにルイは自力では病院に辿り着けず途中で救急車を呼んだらしい。最初からそうしろというのは後のラスの言である――ピノはそれから約3日程昏睡し、更に要1週間の入院が必要だと診断された。大事を取って結局2週間入院し、退院して元気を取り戻したわけであるが。
「やっだなーもうー、あれはセラのしんせつしんですよー」
「てことで、セラちゃん。あたしにも『お詫びの品』欲しいな?」
 思い切り棒読み口調で言うセラに、ピノは邪気の無い瞳で言う。事情を聞いた後は(流石に大人な部分までは聞いていないで察しただけだが)、怒ることもできなかったのだが巻き込まれた事は確かであり。
 彼女も、結構酷い目に遭ったのだ。
 だから、半分冗談で、半分本気だ。
「ピノちゃんにはお勧めできるモノじゃなかったですよ? だけど、ほら、ピノちゃんの入院のお世話とかペットの世話とか色々頑張ったじゃないですかー」
「お世話? ……うんそうだね。しっぽちゃん達が元気だったのは助かったよ!」
 元々半分冗談だったので、それを思い出してピノは水に流すことに決めたようだ。話に決着がついたところで、セラはアクアにもう一度訊く。
「アクアさんはルイのこと、どう思います?」
「……どう、と言われましても……」
 まだ、分からない。あれから、彼の顔を思い浮かべて何度も何度も考えた。けれど、答えは出ないままに彼女は今、彼の姿を目で追っている。想像ではない本人を前に、心の深層を探るために。