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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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第1章 ファーストコンタクト(夜の花壇)

「お気に入りのペン、ちゃんと見つかるといいんですけど」
 夜の帳が下りても、暑さはちっとも和らがない。
 熱帯夜の夜だった。
 ねっとりとまとわりつく熱気の中、アリア・ブランシュ(ありあ・ぶらんしゅ)は探し物をしていた。
 昼に水を遣りに来た時に忘れた、お気に入りのペン。
「無いですね……どこに落としたのでしょうか?」
 月明かりの下、探し物の代わりに見つけたのは、先日植えた花。
「この花……うん、元気そうでよかった」
 自然と口元をほころばせたアリア。
 その時、雲が月を覆い隠した。世界が、紗をまとったように薄暗くなる。
「そういえばここの花壇、夜になると変な声がするとかしないとか……うぅ、そういう話って苦手なんですよね……」
 花の様子も確認出来たし、そろそろ帰りましょう。
 グルリと回れ右を仕掛けたアリアの足が止まったのは、本当に何かが聞こえたから。
「ひゃっ!?」
「わわっ?!」
 思わず声を上げたアリアにビックリしたのは、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だった。
「夜中の花壇から謎の声……御柱さんなら不気味がられることは無いと思うけど……」
 アリア・セレスティは、耳にした噂を気にしていた。
 謎の声に害がない事が分かれば、花壇の手伝いをしてくれる人が増えるだろう。
 そして、もし何か危険なモノがいるのならば。
「もしまだ魔物がいるなら、雛子ちゃんたちが被害を受ける前に倒さないと……」
 と決意し、花壇の周りを掃除していたのだ。
「ごっごめんなさい、探し物をしていて……」
「あっ、もしかしてこれ?」
「そうです! 良かった……ありがとうございます」
 お気に入りのペンを手に、ホッと微笑むアリア・ブランシュ。
 その時。
 『声』がした。
『……れか……居……あた……声……聞こ……』
 酷くか細く不鮮明な、『声』。
 二人のアリアは顔を見合わせ、それが空耳ではない事を確認し合った。
「女の子の声……?」
『誰……居……の?』
「はい、います。此処に居ますよ」
『待っ……逃……ない……』
 必死な声にアリア・ブランシュは小首を傾げた。あまり怖くない……かもしれない。
「大丈夫、逃げたりしませんから」
「私はアリア、アリア・セレスティです。良ければお名前を教えてくれませんか?」
『名……? 名前っ……なぁに?』
「「!?」」
 途切れ途切れながら、アリア達には分かった。声が何を言ったのかが。
 名前ってなぁに?、そう不思議そうに問うたのが。
「名前というのは、その人を表すもの……アリア、というのが私の名前なんです」
『アリ……と……リア……あたし……アリア?』
「ううん、私達はたまたま同じ名前で……そうね、他の人に呼んでもらう為の大切なもの、かしら?」
『呼び……? それ……災い。みんな……呼ぶから』
 身体が震えた。こんなに暑いのに、震えてしまった。
 皆に災いと呼ばれていると告げた声が、確かに頼りなく哀しげに聞こえたから。
 何か言わなければ……アリアもアリアも思い、口を開こうとした。
 けれど、それより先に。
『……限界……もう……でも……』
 力尽きるように、声が細く細く消えていった。
「うん、分かった! また明日も来る、来るから!」
「必ずまた、来ますね」
 アリア達はとにかくそれだけを必死に伝えた。
 少女にそれが届きますように、祈りながら。


「我と同じく危険な存在として封印を受けた者……。気になるな」
 この一部始終を見ていた者達がいた。コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)である。
 剣の花嫁であるルオシンは、危険な存在として封印されていた。
 だから、二人は気になっていた。この花壇に施された封印。封じられているものの、存在が。
「危険かもしれません……でも」
「我の覚悟は決まっている」
 コトノハとルオシンは、後ろ髪引かれながらアリア達が帰途についたのを確認してから、
頷き合い。
 二人でエターナルディバイダー……光条兵器を持った。
 全ての力を注ぎ込み、斬りつける。
 花壇の上、たゆたう空間を!
「今です!」
 そして、僅かな隙間へと飛び込む。
 二人を飲み込み、世界は再び静けさを取り戻す。
 虫の声さえしない、静かな夜に。

「……ここは?」
 そこには、漆黒の闇が広がっていた。
 自分の姿さえ見えない、深く重い闇。繋いだ手、互いの温もりだけが確かな証。
「誰? 誰か、いるの?」
 闇の中、か細い声が聞こえた。
「私はコトノハ、こっちはルオシン……怖がらないで、あなたと友達になりに来たの」
「……ともだち?」
「そう、友達です」
「あたしが災いでも?」
「っ……そんな事、関係ない。関係ないわ」
「災いだから……封印されたのか?」
「うん、そう」
 簡潔な答えに、一度震える手。コトノハにはルオシンが怒っているのが分かった。
「ずっと独りで寂しかったんだね……」
「さびしい?、それってなぁに?」
「……っ!」
 不思議そうな声に、胸が詰まった。
 先ほどから息苦しい。この空間に居られる限界が近づいているのをコトノハは感じていた。
 けれど、この胸の痛みは違う、それが原因ではないのだ。
 声がする、確かに居る。
 なのに闇に隠され触れられない、その姿さえ見えない……それがとても哀しかった。
 抱きしめてあげたいのに。
「そらって見た事、ある?」
 と、唇を噛み締めるコトノハに、唐突に少女が尋ねた。
「それってどんな味がするの? どんな形や色をしてるの? どんな音が出るの?」
「空っていうのは……」
「待って、ルオシン。ね、それは自分の目で確かめた方がいいわ」
「自分の目、で……?」
「ええ。何か方法を探すから、ここから出して上げるから、だから……」
「コトノハ」
「待ってて」
 辛うじてそれだけを残し、コトノハはルオシンに抱きかかえられるように、『外』に出た。
 即座に空間が塞がる。
 その、間際。
「さぁ行って。隙間をぬって、外へ。そして、集めて。不審不快不安嘆き哀しみ絶望……あたしの力になる、ものを」
 炎と闇が、外へと放たれた。