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リアクション
第3章 災いの少女(夜の花壇)
「はい、皆どうぞ」
葛稲 蒼人(くずね・あおと)に付いて花壇にやってきた神楽 冬桜(かぐら・かずさ)は、集まった者達に用意してきた夜食と温かいお茶を配った。
「おぉ〜、美味そうですね」
「ちょっとリュース、目的を忘れないでね」
ほくほく顔で早速ご飯に手を伸ばすリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)に、パートナーであるグロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)は慌てて釘を刺した。
趣味・食べる事、というリュースは恐ろしく食い意地が張っているのだ。
夜目にも輝く銀の髪に、神秘的な緑の瞳、すらりとした長身と、黙って立っていればまるで王子様なのだが……。
「分かってます、分かってますって……オレは食べ物に弱いですが、鼻は利きますから」
「……どうだか」
今の所は危険はない、言って誠治が持ち寄った食料へも手を伸ばすリュースに、グロリアは額を抑えた。
他、瀬島 壮太(せじま・そうた)のパートナーミミ・マリー(みみ・まりー)もココアを配ったりし……そこはさながら、夜のピクニックの様相を呈していた。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがと……しかし、この状況は何なのかしらね」
もし災厄と出会ったら……緊張していた自分は何だったのかしら、ぼやく蘭にクロードはそっと告げた。
「諍いにならぬならその方がずっと良いですが……くれぐれも気はぬかれませんよう」
「あれ、蘭さんちょっと顔が怖い……キンキンに冷えたジュースの方が良かったかな?」
「仕方ないですよ。この時期、夜は冷えるものです……これだけの暑さは以上ですから」
チラと夜魅を見やり、蒼人。
先日の事件から災厄について気になり調べていた。
そして、この夜中に聞こえる声の主と災厄とは関わりがあるのでは?、と思いここにやって来た。
おそらく、他の者達もそうだろうが。
(「とは言うものの、慎重にいかなくては」)
『やった、外〜!』
はしゃいでいる夜魅を見つめ、蒼人は思った。
(「とりあえず世間話からだな」)
同じ気持ちの零が口を開くより先に、夜魅が振り返った。
『ね、そらってどれ? ここにある?』
「あっ、ああ。あれが空だ」
天空を指し示す零。夜魅の顔が見る見る曇った。
『なんだ、暗い……あれがそらなの』
「今はあぁですが、空は色々とその表情を変えるのですよ」
「そうだな。明け方とか夕暮れとかすごくキレイだし」
『本当? 見たいなぁ』
ルナと零が言った途端、その表情はパッと明るくなった。
(「まるで子供だな」)
その様子を見、零は思う。
『あぁでも、無理かなぁ』
「そんな事、ないさ。時間潰してりゃあ夜は明ける……折角だししりとりでもするか」
政敏の提案に、夜魅は小首を傾げた。
『しりとり……?』
「あぁ、ルール教えてやる。しりとりって言うのはな」
壮太や零や勇や、皆で順番にしりとりゲームをしていく。
緊張気味だった夜魅は、ビックリしたり怒ったりしながら、酷く楽しそうだった。
「仲間と共に遊んだ事なんてないんだろうな」
「そうね。あぁしていると普通の子みたいなのに、ね」
『すごい! しりとりってとっても■しいのね』
痛ましげに交わす政敏とカチュアの耳に、夜魅の弾んだ声がどこか物悲しく響いた。
「おかわりあるよ。夜魅ちゃんも……」
皆で笑って楽しくて。お茶を差し出した冬桜は、自分の失敗に気づいた。
あんまり普通に遊んでいたから忘れていた。
夜魅は実体ではないのだと。
『ううん、あたしはノド乾かないから』
「食べ物は? あなた好きな食べ物はありますの?」
わたくし何を聞いているのかしら?、思いつつ気がつくと口をついていた。
蘭は肉とパンと果物しか食べる事が出来ない。けれど、夜魅は……予感が胸を突いて。
『……良く分かんない』
果たして、困ったように答えられ、蘭は言葉を失った。
(「うっうまいフォローを……何か、言わないと」)
それでも言葉は出てこなくて。
「お師匠を見るであります!」
見て取ったロレッカは、とにかく明るくて楽しい話を!、とクゥネルをババンと大仰に示した。
「お師匠の毛並みの良さと愛くるしさは、自分的に素晴らしいと思うのです。世界もふもふ選手権というものがあるなら、かなり上位にくいこむでありますよ」
触ってみるであります……ノドまで出掛かった言葉を、何とか飲み込む。
「我輩の毛並みですじゃ? ははは、ロレッカ殿の言ってる事はお気になさらず」
言いよどむロレッカに気づいたクゥネルは夜魅に笑って見せた。
「我輩は量産型ゆえ、これはその辺りのゆる族となんら変わらないただの着ぐるみですじゃ。しかし抱きつかれるのはとても嬉しいのですじゃ。心が和みますのじゃ」
「宜しければいつか、堪能して頂きたいとおもいます……っ」
クゥネルに励まされるように、ロレッカは告げた。いつか……希望を込めて。
「そうですわね。機会があれば、一緒に食事するのもいいかもしれませんわね」
そして、蘭も。ツンと顔を逸らして不器用に言う蘭に、夜魅は「うん」と小さく小さく、微笑んだ。
「そういえばおまえ、この学園の生徒じゃないよな?」
何でここにいるんだ?、という壮太の問い。だが、夜魅は別の所に反応した。
『学園ってなぁに?』
「蒼空学園……学校っていうのはな、友達とだべったり飯を食べたり遊んだり、楽しい所だ」
「建前で良いので、色々な事を学ぶ場所とか入れましょうよ」
誠治に思わず突っ込む御凪 真人(みなぎ・まこと)。
『……友達?』
「一緒にいると楽しい仲間……ま、オレ達と夜魅さんももう友達だぜ」
『うん。アリシアもアリアもせーじもみんな、みんな友達、だね』
「そうですね、みんな友達です」
念を押すように言い聞かせるように優しく繰り返す真人を、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は少しだけ面白くなさそうに見つめていた。
あまり感情を表に出さない真人が、あんな風に可愛い女の子に優しい眼差しを向けているのは……何かもやもやする。
「まぁ、仕方ないけど」
『うん。友達がいっぱいだと■しいね』
喜んでいる夜魅を見ていると、セルファ自身だって力になってあげたいと、そう思うのだから。
「ちなみに夜魅ちゃん……花壇に発生している虫について何か知らない?」
『うん? あたしが放ったの。外に出る為には、封印を何とかしなくちゃだから』
隙にするりと質問を滑り込ませる沙幸に、夜魅は得意そうに答えた。
「まぁ、そんな気はしていました」
対照的に、残念そうに輝樹は溜め息をついた。
花壇に来てから薄々気づいていた。
普通の虫なら光に寄って来るはずである。だが、花影に見え隠れする虫にそんな様子はなかった。
夜魅に従うように、実に静かなのだ。
「御柱の少女との関係は? ない、とか言いませんよね?」
『うん。あいつは何の罪もないあたしを封じ込めた悪人なの』
「成る程、そういえば最初っから怪しかったのよねぇ」
「そういう展開もあり、なのでしょうか」
頷くあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)とアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)。
「でも、それだけじゃないのでしょう? キミのその姿、御柱とそっくりよ」
ズバリ、切り込んだ筐子に夜魅は『うん』と頷いた。
『これ、御柱の姿だから』
「……は?」
『んとね、あたしの身体はもうないの。ぼーそーしてなくなっちゃったんだって。でも、放っておいたら危険だから、御柱が自分の身体にあたしの魂を封印したんだよ』
「………………」
あんまりさらっと言われたものだから、その意味を理解するのに少々時間がかかったようだ。
「えと、じゃあもしかしてキミの目的は……」
『自由になる事。御柱を消して、この身体をあたしだけのものにする事』
「ちなみに、鏖殺寺院って知ってる?」
『おーさつ……? 知らないよ』
「……そう」
首を傾げる夜魅をじっと見つめ、筐子は考える。
鏖殺寺院は今回の件に関わっていないのだろうか?
夜魅が嘘をついている様子はない。
だが、妙に引っかかった。
「暴走したから封印された、ですか」
封印されたには封印されただけの理由があったはず……リュースはサンドイッチをペロリ一口で平らげつつ、突っ込んでみた。
『うん。だって、外に出たかった……空が見たかったんたもの』
「えと、外に出た事がなかったの?」
『災いだから、ってずっと閉じ込められてた。お告げとか信託とか、難しい事はよく分からないけど……』
「それが本当なら、同情の余地はありますが」
おにぎりをぱくつきつつ、リュースは考える。
夜魅が嘘をついている感じはしない。だが、それは真実だろうか?
「ただ一つハッキリしているのは、今回の事件を自らの意志で引き起こしている、という事ですね」
気づかれぬよう、蒼人は唇を引き結んだ。
もし夜魅が自分の意思とは関係なく災厄を引き起こしているのなら、どうにかして封印などせず、共存できるように出来ないか?、そんな風に蒼人は考えていた。
けれど、それがもし自分の意志でやっている事ならば……。
(「いえ、まだ結論を出すのは早いですね」)
この少女が悪しきものかどうか、見極めなければ……内心の葛藤を押し殺し、蒼人は夜魅と真人達とのやり取りにじっと耳を傾けた。
「東の空が明るくなってきたな」
「永夷さん」
「あ、悪かったな。すっかり付き合わせちまった」
「良いんです、それより……夜魅ちゃんが」
津波に袖を引かれた零は気づいた。
夜魅の身体がどんどん透けていく事に。
『やっぱ無理かぁ……悔しいなぁ』
シン、と無言になる一同に夜魅は小さくねだった。
『また来てくれる?』
「来るであります!」
ロレッカは考えるより先に答えていた。
知っているから。
そう、たった一人きりはすごく不安で悲しいと。暗い所はとても、とても怖いのだと。
だから心の底から告げた。
「どうかまた、自分とお話してください。自分はまたここに来ますから」
「そうだな。今の話だけじゃおまえのこと、よくわかんねーし。もっと聞きてーから、今夜だけじゃなくて別の日にも会いたい。いつ何処に行けば会える?」
『夜、此処にくれば会えるよ。あたしを呼んでくれれば、出てこられるはず』
「そっか」
頭を撫でてやろうと伸ばした手は、虚しくすり抜けた。
「どうやったら触れるようになる?」
『触れる?……うん、あたし頑張る! 頑張るから待っててね!』
そうして、夜魅は朝の空気に溶けるように、消えた。
「でも壮太、よく他の人が見てる前で口説いたりできるよねえ……ちょっと恥ずかしいや」
ミミの突っ込みも壮太には届かなかった。
何故だろう、別れ際の夜魅から何か……嫌な感じが、した。
「お師匠、自分は……夜魅殿を解放してあげたい。想いを叶えてあげたいであります」
彼女はまた一人で暗い場所に帰ったのだ……それが哀しくてロレッカは俯いた。
「ロレッカ殿が考えている事もわかるのですじゃが……今はどうしようもありませんぞ。恐らく……こればかりは、軽い気持ちで手を出してしまうと取り返しのつかない事になるかもしれないですじゃ」
だからその時のロレッカは気づかなかった。
クゥネルの戒めの言葉の、その意味が。
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