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リアクション
「半分無理だと思っていたが……。探してみるものだな」
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の言葉に、『カゼ』は振り向いた。
「やはり空京に来ていたのか」
『カゼ』もセレスタインに渡る為に、空京に来るのではないかと予測していた。
空京郊外をあちこち歩いていて、呼雪はついにその姿を見つけたのだった。
今は戦う気はない。ただ訊いてみたかった。
「どうしても知りたい。お前達のような存在を作り出した者のことを」
黙って睨み見る『カゼ』に、呼雪は問う。
素直に答えてくれるとも思わなかったが、何らかの反応が返るまで、視線を逸らさず、睨み返した。
「人間は、そこまで、理由が必要なのか」
「……そうだ」
答えながら、ふと違和感を感じる。すぐに気付いた。
これまで右手に持っていた錫杖を、彼は左手に持っている。
右手の甲に、癒えない傷が見えた。
確か、朱黎明が、あの場所に負傷させたと言っていた。
だが以前、彼は受けた傷をすぐに治してみせたのではなかったか。
「……ネフライト」
呟きに、呼雪は我に返った。
「彼はこの世に生まれいずることができなかった。
世界を憎んで、命を代償に、我等を呼んだ。俺は彼の”絶望”だ」
言うなり身を翻す『カゼ』を、「待て」と呼び止める。
「その傷……」
『カゼ』は右手にちらりと目をやって、微かに目を細めた。
「随分と、強い感情が込められている」
しかも、それは厳密には『カゼ』自身に対するものではなかった。
もっと深いところでは、もっと別の。彼の過去の。
「とんだやつあたりだ」
ぎゅっと呼雪は眉間を寄せた。
「……彼を侮辱するな」
「何故だ。それが我々の存在意義だ」
何故侮辱していると思うのか。これは侮辱などではない。むしろ。
それ以上を語らず立ち去った『カゼ』に、呼雪は溜め息を吐いた。
益になるような情報は得られなかった。
自らそんなものをぺらぺらと喋るような男ではないだろうが、解ったのは、『カゼ』達を差し向けた、既に死んでいるという男の名が、ネフライトという、ということくらいだ。
彼の憎悪を、『カゼ』達は有しているのだと。
携帯を取り出し、情報待ちでミスドに控えているパートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)に、何と伝えるべきかを迷って、暫くボタンを押すことができなかった。
他にも情報を探している人達に役立つようにと、研究者の家で知り得た情報をミスドに流して、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は日を改めて、パートナーのアンブレス・テオドランド(あんぶれす・ておどらんど)と共に再び件の男の家へ向かった。
まだ、幾つか訊きたいことがあったからだ。
「セレスタインてのは、危険なとこなんだろ?」
アンブレスに問いかけられ、ウィングは「多分」と頷く。
「最初に魔境化した場所ですし……。
瘴気に満ち満ちた、人間が歩き回れるような場所ではないはずです。
あの人が、それに関して何か有効な情報を知っていると助かるのですが」
「ま、どこへ行こうが、俺様に任せな!」
胸を張って請け負うアンブレスに、
「頼りにしてますよ」
とウィングが答えた時、アンブレスはふと気がついた。
「ん? ありゃ誰だ?」
前方を、目的地が同じと思しき二人組が歩いている。
彼等は初めてではないのか、既に道を知っているようだった。
「ゴーレム博士というと……例のあの?」
うんざりした様子のドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に、パートナーの黒崎 天音(くろさき・あまね)は「多分ね」と言った。
ミスドで聞いた、誘拐騒ぎに始まった、飛空艇にその操縦士、蛮族の関わり等、無視できない話や、”渡し”の噂、気になることは、1つに選べないほど一気にできた。
「あれもこれも、なんて少し欲張りすぎかな」
「お前の好奇心が常軌を逸していることは今に始まったことではなかろう」
独り言のような天音の言葉に、ブルーズは当然のようにそう返して、
「とりあえず博士のことに絞るけど。
何気に失礼だねブルーズ」
突っ込まれて、ふい、とブルーズは視線を逸らす。
そうこうしている内に、ひっそりと佇む一軒の家が見えてきた。
呼び鈴を鳴らして暫く待ってから、恐る恐る覗うように、
「どなたか?」
と人が出てくる。
「お久しぶり、ラウル・オリヴィエ博士。
その節はどうも。その後ゴーレム研究は捗っているかい?」
天音が言うと、彼は訝しげに扉を開いた。
「会ったことが?」
「忘れられているような気もしたな。
以前あなたの依頼に振り回されたことがあった者だけど」
天音が苦笑しながらそう言うと、オリヴィエ博士は首を捻りながらあれかなーこれかなーと考えて、まあいいか? と結論付ける。
少なくとも、怪しい人間ではないという評価を下されたらしい。
「とにかくここでは何だし、どうぞ。君はこないだの人だね」
そして、その背後に辿り着いたウィングの方を見て言った。
「あなたのもとを訪ねてきた、怪しい5人組がいたと言っていましたね」
まだ、助手とやらの休暇は終わっていないらしく、姿が見えない。
出された紅茶に、ウィングは苦笑して口をつけなかった。
軽く匂いをかいだブルーズは、これも礼儀か、と脳裏で呟いてかぱりと飲み干す。
天音はウィングのその言葉を聞き、ミスドでその話を聞いた時に思うことがあったので、その件か、という表情で口を挟んだ。
「それはひょっとして、『カゼ』『ヒ』『ミズ』『ツチ』と名乗っていなかったかい?」
はっとしてウィングは天音を見る。
「うーん……名前は聞かなかったけど……。
最初は5人とも褐色の肌で……えーと、1人は銀髪の男で、1人は金髪の子供で、……あとは女性が2人と……随分大きな巨人がいたかな……」
君より遥かに大きかったよ、とオリヴィエ博士はアンブレスを見た。
間違いない。あの連中はここに来たのだ。
「最初は、とは?」
ブルーズが訊ねる。
「帰って来た時、1人メンツが変わっていたよ。
女性が1人減って、代わりに、ヴァルキリーの女性になってた。
捕縛されている感じがしたけど、余計なこと言うとこっちも痛い目に遭いそうだったしさ……」
肩を竦めてそう言ったオリヴィエ博士に、ウィングは目を丸くしたが、天音はその言葉で更に予測の正解を確信した。
「やはり、”渡し”は博士だね?」
「そんなバイトをしてなきゃ、あんな怖い連中に目をつけられることもなかったのにねえ……」
しかもあれ無料奉仕だったよ、と溜め息を吐いて、ほとぼりが冷めるまではと暫く家を空けてたのに、全然意味がなかったし、とぼやく。
ウィングが首を傾げた。
「意味がなかった、というのはどういうことです?」
「今朝また来たよ。今度は1人だけだったけど」
「!!」
1人、ということは、それは『カゼ』だろう。
彼は再び、セレスタインに向かったのだ。
天音は考え込み、ブルーズを見た。
「君、この件を先に空京へ伝えてきてくれるかい?
”渡し”を探している人もいると思うし、僕はまだ彼と話があるから」
「使い走りをさせるつもりか?」
ブルーズが情けない顔をする。
「これからは脱いだ服はきちんとまとめて置くから」
「……そんな言葉に騙されるか」
「今少しぐらっときたくせに。
まあ仕方ないね。じゃあ早川にメールしよう。
パートナーをミスドに置いておくって言ってたし。博士、ここ携帯通じるかい?」
「この家からなら多分ね」
お前確信犯だろう、とブルーズは思ったが、言っても負けるので黙っていた。
「もうひとつ」
と、ウィングがオリヴィエ博士に問う。
”渡し”の居場所を訊きたいと思っていたのだが、それが彼自身ならば、訊きたい質問は別だ。
「”渡し”に使われるのは、何らかの魔法ですか?」
彼は笑った。
「いや、私は魔法は使えないよ。そういう道具がある」
予想外だったが、”渡し”を探すことについては、特に労力を必要とはしなかった。
誰もが知っている、という程有名なわけでもなかったが、それでも、訊き回れば必ず誰か知っている人がいる、という程度には知名度があるようだったからだ。
「ああ、その変人科学者なら、空京の外に住んでるよ」
特に隠れてやっているわけでもないらしく、ジェイダイトを探す時に比べたら、拍子抜けするほどあっさりとそんな話が出てきて、影野 陽太(かげの・ようた)はほっとするやら複雑やらの気分だった。
やがてミスドに天音からの情報が入ってきたこともあって、”渡し”の情報を探す者達が続々とラウル・オリヴィエの住まいを訪れた。
「何だろうねえ、呼んだわけでもないのにこんなに大勢お客が来る、って初めてだよ。
散々あの道具は使うな捨てろと助手に言われまくったものだけど」
そして確かに、捨てておけば良かった……と思ったこともあったのだけど。つい最近。
などど言っているオリヴィエ博士に、ソア・ウェンボリスは
「あの、こちらにおじいさんが訪ねて来ませんでしたか?
女の人と一緒なはずなんですけど」
と、ハルカの祖父のことを訊ねてみた。
「いや、来てないね」
オリヴィエ博士の言葉に、ソアと雪国ベアは顔を見合わせる。
ここで彼を追い越した、らしい。
「じゃあ、待ってりゃここで掴まえられるか?」
やったぜ! とベアが目を輝かせる。
「”渡し”にはSPを消費するって聞いたけど……具体的にどれ位消費するものなの?」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が訊ねる。
「それがまちまちなんだよねえ。
そもそも昔は使用者の魔力を食ったりするものじゃなかったらしいんだけど、何しろ古代シャンバラ時代の道具で、古いからねーこれ。
いつ動かなくなるか解ったものじゃないよ」
「そんな胡散臭い代物なのか」
胡散臭いとは聞いていたが、本当に胡散臭い。
呆れた顔をして、レキのパートナー、ミア・マハ(みあ・まは)が言う。
「まあね。だからこれでおおっぴらに商売してるわけじゃないんだけど。
時々物好きな人が試しに来るくらいで」
「じゃあ魔力が低い人の代わりに、他の人の魔力で補完できる?」
続くレキの問いに、彼は頷いた。
「うん、それは出来るよ。
1人につき、じゃなくて、1回につき、だからね。
自身の魔力じゃなくても、魔力のある物を身につけていたら補えるし」
居間から案内されて、入った部屋は、研究室なのか資料室なのか物置なのか解らない、雑多な道具や本などが、ごちゃごちゃと積み上げられているところだった。
部屋の隅には、直径1メートル弱程の円形の台座が置かれてある。
博士は、これがそう、と指差した。
「ここに乗り切った人が、一度で送れるよ」
「これでセレスタインまで行ける?
あのね、この本に書いてある、この島に行きたいの」
わくわくしながらカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、ハウエルとカチエルの2人の騎士を描いた、あの絵本を取り出して、オリヴィエ博士に見せた。
「へえ……懐かしいね、これ」
昔読んだなあ、と呟いて、ぱらぱらとページを捲る。
「全く騎士ってのは、自己犠牲精神が強くて仕方ないよねえ」
苦笑しながらそんなことを呟くが、その口調には、嘲るものとは違う、何か感慨のあるものが込められているようで、カレンは首を傾げた。
「博士?」
「ああ、ごめん。この島にはね、行けないよ」
「えっ!? 何で!」
「だって今、この装置壊れてるから」
「ええっっ!!」
驚いて訊き返したカレンに更に爆弾発言が続き、カレンは大口を開けて固まった。
「しょっちゅう止まっちゃうんだよ、これ。
何回か使ったりすると、すぐ息切れしてしまう。
何日か経つと、また動くようになるんだけど」
「本当に大丈夫なんですか、それ」
とりあえず後ろの方で、ずっと黙って話を聞いていた朱黎明が、ついに呆れた口調で口を挟んだ。
「どうかなあ……。
まあ動くまで3日4日……1週間はかからないはずだけど、いつもなら」
「カレン……」
ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、不安げにカレンを見る。
彼女はそんな話をものともせずに、瞳をわくわくと輝かせながら
「じゃあ待つわ!」
と言い放って、彼女を心配するジュレールは、ひっそりと溜め息を吐いた。
「一旦動かなくなっても、いつもまた動き始めて、また使えるようになるんでしょ?」
「まあそうだね」
「この島まで行って帰ってきた例もあるのよね?」
「まあね」
「なるべく、一緒に行く人を、この台に乗り切る範囲で大勢集めればより安全よね?」
「そうだね」
「じゃあ私もやる! わくわくするじゃん!
久々に、知的好奇心ってやつが大騒ぎし始めたよ〜」
飛空艇を使用しても何日もかかる距離だという。
ならば空京で何日か待っても同じことだ。
こうなったカレンは止められない、とジュレールは諦めた。
装置が動くようになったら連絡をくれると約束して、とりあえずカレンとジュレールはその家を後にした。
必要な情報は得たので、どうするか皆と相談してみる、と、レキとミアもそれに続く。
「私達もできれば利用させて貰いたいんですけど……一応、皆に詳細を伝えてきます。
あの、もしもこういうおじいさんが来たら、連絡をお願いできますか」
と、レベッカ・ウォレスの描いたハルカ祖父の似顔絵を見せて、ソアとベアも一旦空京へ戻ることにした。
最後に残った黎明は、腕を組んで考え込んでいた。
「まだ何かあるかい?」
「いえ、これはどういった仕組なのかと。
例えば空間転移を阻止する、なんてことは出来るんですか?」
「さあねえ……何しろ貰い物だし。
多分完全な状態なら、もっと色々出来るのかもしれないけど、そもそも最初は利用者の魔力を使うなんてヤクザな代物じゃなかったみたいだし。
でも何分、魔法的な分野はさっぱり管轄外でね」
簡単には話してくれないのでは、という危惧をしながらここへ来たのだが、確かに知りたいことは全く話して貰えていないのだが、隠されているのではなく本当に知らないのだというのが解るのが複雑だった。
よく知らないものを、まあいいかで使っているのだから、全く頭が下がる。
「……やれやれ。こっちは話して貰う為に色々準備してきたというのに」
「ん? 何を?」
「まあ有体に言えば賄賂を」
びくりとパートナーのネアの肩が震える。
「あの……でもそれ、この場合、もうしなくてもいいんですよね……?」
「何この子のこの恥ずかしがりっぷり。
何をやらせるつもりでいたの」
「大したことじゃありませんよ。ただのメイド服です。
『ご主人様』とか言わせて喜ばせようという趣向だったんですけどね」
オリヴィエ博士はじーっとネアを見た。
ネアは赤くなっておろおろしたが、その視線には性的なものが全く無い。
「うーん、生憎私にはそういう趣味はないかな……いい骨格をしてるとは思うけど」
「そう言うと思いましたよ」
科学者とか研究者とか、そういうことをやっている人間には、女性を普通の男の視点とは別のところから、生物学的にとかそういう感じで見たりする者がいるから始末に追えない。
直感で、この男は男としてどうか、と感じた通りの男だった。
「あ、でも、そうだね。メイドとして家の中を掃除してくれると有難いかも。
うちの助手は、もう処置無しとか言って、最低限の掃除しかしてくれなくなっちゃったんだよね」
「メイドはそういう風に使うものではありません」
じゃあどういう風に使うものなんですか……!
というネアの心の叫びは、声にはならなかった。
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