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『君を待ってる~封印の巫女~(第4回/全4回)』

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『君を待ってる~封印の巫女~(第4回/全4回)』
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第7章 迫る時と闇と
「……はうっ?!」
「雛子?!」
 空を焼く十字砲火。
 戦況を見守っていたリネンは、崩れ落ちた雛子を慌てて抱えた。
「どうして突然……?」
 胸元を押さえる仕草を不審に思い、確認すると……丁度胸の間に、奇妙な痣が浮かび上がっていた。
 ドス黒く禍々しい、不吉な痣。
「これは一体……一体、いつから?」
「……分かり、ませ……でも……」
 ぎゅっと強く胸元を抑える。
 何かを堪える……押しとどめようとするように。
 それが何なのか、直ぐにリネンは悟る。
 背後で上がる、悲鳴。
 振り返った瞳に映る、開きだす扉。
「……リネン、さん……時間が……どうか、約束を……」
 どこか憑かれたように乞う雛子に、リネンは迷った。
 覚悟がなくなったわけではない、雛子から……痣からイヤな気配は感じる。
 だが……頭のどこかが警鐘を鳴らして。
「リネン、さん……」
「リネン!」
 そこに、解放されたユーベルが帰ってきた。
「ユーベル……お願い、力を貸して」
 そうして、リネンは光条兵器を振りかざした。


「……くっ!……間に合わないか」
 動き出した扉を見てとり、クルードは覚悟を決めた。
 ずっと決めていた。
 限界まで、誰も犠牲にしない道を求めようと。
 だかもしも、もしも先にタイムリミットが来てしまった時は自分が、幕を下ろそうと。
「……そういうのは、俺の役目だ……魔剣士である、俺のな……」
 一度詫びるように目を閉じ。
「……仕方ない……はあぁ……封印、解凍! 【羅刹】!」
 クルードは力を解放した。
「……行くぞ……許せとは言わん……恨めばいい……だが、俺にも護らなければならないものがあるんだ!」
「……クルードさん……御免なさい……夜魅さん。どうかクルードさんの事を許してあげてください……代わりに、私を恨んでくれていいですから」
 バーストダッシュで上空へ飛び、居合いの構えのまま急降下するクルードを目で追い、ユニもまた一筋涙を流し。
「冥狼流暗黒奥義! 【驟雨狼冥雷斬】!」
 苦痛の只中で、夜魅は目を閉じた。
「……させない!!!」
 だがそこに一陣の風が滑り込む。
 【獅子の牙】ルカルカ・ルーと、【獅子の盾】ダリル。
「夜魅の周りに防衛陣を!」
「小僧ども、悪いがここは通せないぜ」
「ルカはまだ諦めていない。ならば俺たちは信じてここを守るだげだ」
 影から瘴気からクルード達から。
 カルキノスが淵が、壁となる。
「人は、誰もが誰かに愛されることで存在している」
 ルカルカは語りかけた。
 影使いに否定され、おそらく今も自らを責めている、少女に。
「貴女は、自分が闇の子だと絶望に囚われているけれど、貴女はずっと白花に守られていた。母親に生きててくれと望まれていた。白花は最後まで貴女を想っていた。白花の中でそれは貴女も感じていたのではなくて?」
 決して大きくない筈のそれは、押し寄せる絶望の中、不思議と響いた。
「貴女は、愛されている! 貴女の存在そのものが、愛されている証……貴女は、愛されているわ!!」
 けれど、一発の銃声がルカルカの声をかき消す。
「……すみません、これ以上は見過ごせませんでした」
 ずっと隙を窺っていたライ・アインロッドの、銃弾。
 だが、それはギリギリ軌道を逸らされた。
 銃ごと凍りついた、手。
「諦めたら終わりだから、最後まで足掻いてみたいんですよ」
 それはオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)の氷術だ。
 こんな時でさえ、或いはこんな時だからこそ、オレグは冷静だった。
 夜魅を……助ける為に。
「ハッピーエンドを目指すのはすばらしいことです。しかし、それで被害が広がっては元も子もないでしょう」
「それも一理あります。ですが……与えられた運命なんて、糞喰らえではないのですか」
 ライのそれは、夜魅を運命に従わせる事だとオレグは思うから。
「私はね、世界の観察を続けて分ったことがあります。人の心の光は眩しくて、こういのも悪くないってことですよ」
 それはオレグ自身、不思議な感覚だった。
 自分の変化……或いは進化。
「時間切れですよ。彼女の心は光で満たされは、しません」
「そんな事はありませんよ」
 一見穏やかな会話。
 だが、ライは氷から逃れようとタイミングを図り、オレグもまた油断なくライや周囲を警戒している。
「夜魅さんの心を光で満たすにはどうすれば良いのか」
 それは即ち、どうすれは自分の心や想いを他人に伝えるか、という事だとオレグは考える。
「私は思うのです。踏み躙られても、枯れたとしても思いは残り、想いを伝えることはできると」
「そうだよ。それに、それじゃあ影使いの思う壺だよ」
 アインと共に、夜魅を守る位置に立ちながら、蓮見朱里はライに必死で呼びかけた。
 影使いを……本体を探そうと必死に攻撃している美羽。
 それをどこかで眺め嘲笑っている影使い。
 今、夜魅を殺せばそれは影使いの思惑通りではないか、そんな確信があった。
 それに。
「一生に一度でも『誰かに迷惑をかけたことのない』人なんていないよ。色々失敗して叱られたりして、一歩ずつ成長してゆくんでしょ? 夜魅だって同じだよ」
 夜魅や雛子を殺すことは、結局過去の繰り返し。今の問題を先送りにするだけで何の解決にもならないと、朱里は思う。
「諦めたらそこで終わりだよ。影使いはその『諦め』を利用して、夜魅たちを不幸にしてきたの。だから私、絶対諦めない!」
「そうだ、夜魅! 感情も魂もないはずの、機械の体のこの僕に、朱里は『人を愛する心』を教えてくれた。夜魅にだってきっと、それが出来るはずだ」
 必要なのはきっと、思いを受け取る勇気。
「夜魅ちゃんは傷つけさせないんだから!」
 羽入 勇(はにゅう・いさみ)もまた両手を広げ、夜魅を守るべく立ち塞がる。
 パートナーであるラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)と共に。
 けれど、二人とも攻撃はしない。
 何かを傷つけて幸せを手にしてしまったら、説得力が無くなる……そう無意識に感じ取っていたから。
「夜魅ちゃん夜魅ちゃん夜魅ちゃん! もし夜魅ちゃんが他の人を傷つけた事で悩んでいるんだったら、一緒に謝りに行こう! みんなきっとちゃんとわかってくれるよ」
「他人を傷つけたのがあなた自身の望みでないと、ここに来たみんながわかっていますよ」
 何度も何度も何度も、呼ぶ。
「あなたはこんなにも愛されている。傷ついてもあなたを助けたいとこんなに人ががんばっているのですから」
 勇もラルフも、声が枯れるまで。
「白い花は枯れてなんかいない! ボク達の心に沢山咲いている!」
 小さく、夜魅のまつ毛が震えた。
 項垂れていた顔が僅かに動く。
 扉が開く速度が、落ちる。
「ヒーローの仕事は悪を倒す事じゃない……誰かを護り、救う事だ!」
 そして、仮面ツァンダーの檄が飛ぶ。
「奇跡を起こすのはヒーローじゃない。何時だって願いを、想いを信じ、貫いた奴が起こすんだ!」
「その通り!」
 そして、陸斗が剣を掲げた。
 封印の剣から伸びた白い光が、開こうとする扉を押し留めようと。
「陸斗殿!」
 その額に浮かぶ汗と、悪くなっていく顔色。
 黎は不測の事態に備えながら、思いだしていた。
 出会った時、陸斗は雛子に心配をかけぬ様に、内密に兎の大群をどうにかしようとしていた。
 水蛇の時もサラマンダーの時もバシリスクの時も、何とかしようと奮闘する陸斗を黎はすぐ近くで見てきた。
 今も……全身全霊で守りたいとそう、思う。
 この場所がこの状況がどんなに危険だとしても。
 だから。
「早いところ終わらせ、お茶会で寛ぐ事にしようではないか、陸斗殿」
「いいな、それ」
 力を貸しながら、敢えて楽しげに言葉を掛けた黎に、陸斗はニヤリと口の端を釣り上げた。
「陸斗殿、頑張るであります!」
 そんな陸斗にSPリチャージを掛けながら、ロレッカはただひたすら夜魅を見つめた。
 願望かもしれない。
 だが、夜魅もまた扉を開かせまいと闘っている、そんな気がしてならなかった。
 ただ、突きつけられた、自分は災いなのだという思いに、縛られていて。
「夜魅殿は災いなんかじゃありません。普通の女の子でありますから。もちろん雛子殿も。犠牲になることはありません」
 誰かが悲しい思いをするのは、ごめんだった。
 それよりも笑っていたいと、そう思う。
「好きな人たちと一緒に居たいというその思いだって、光にはなりませんか……?」
 いつしかロレッカは呟いていた。
「ここには夜魅殿に手を差し伸べている暖かい方々が大勢います。どうかその手をとって、帰ってきてください」
 祈るように、ただひたすらに。
「オレ頑張る! 皆にでお茶会で、オレの焼いたクッキー食べてもらうんだから!」
 エディラントは言いながら、陸斗のほっぺたにキスでSP回復する。
 封印の剣の力……陸斗のSPやらHPやらが見る見る減っていくのが感じられて。
「負けるなよ、陸斗にーちゃん!」
「当たり前や」
 少し不安にかられるエディラントに、フィルラントの強い口調で断言した。
「ボクの持ってる、全ッ部で、黎もエディラもヴァルフも陸斗はんも、みんなみんな、みぃいんな!! 連れ帰って見せるで!」
 両手を広げ、皆を守り回復しながら。

「真人、夜魅は任せたのじゃ。……お主の想いで彼女を救ってきてなのじゃ!」
 何かに気付いたセシリアがミリィと共に、何処かへと消え。
「往ってこいっ! 真人ぉっ!! 俺の分も頼んだぜーっ!」
 レイディスは敵に後を追わせないと、剣を手に叫ぶ。
「この思いと願い、託されます。そして、必ず彼女に届けて見せます!」
 レイディスからセシリアから翔子から託された思い。
 抱きながら、真人は闇が噴き出す扉へと……否、夜魅の元へと駆けだした。
 毒と傷とに侵された身体、レイディスは剣で支え立ちながら、唇を噛みしめ。
「行かせねぇ…行かせねぇぞ……真人が…セシーが……戦ってんだ…ッ!」
 扉を背に艶然と笑むメニエスに、遠当てを放った。


「白花! お前はお母さんと約束したんだろう? 妹を守ると! このままじゃあその約束を破る事になるぞ、それで良いのか!?」
 その中、樹月刀真は白花に必死に呼びかけていた。
 出てこられない……それでも、感じているはずの、この光景に心を痛めているはずの、白花に。
「良いわけないよな? 何処の誰とも知れない奴に好き勝手されて! 納得できないよな? 今まで頑張ってきた事全部無駄にされて!」
 『お母さん』との約束。
 両親を亡くしている刀真にとっても、それはとても重い。
 まして、時を超えて約束を果たそうとしてきた白花だ、守らせてやりたかった。
「今、此処でお前が無理してでも動かなきゃ妹の夜魅を守れないぞ!」
 だから、叫ぶ。
 声を限りに生命を限りに、ただ白花を『呼ぶ』。
「応えろ白花、俺の声が聞こえるなら!」
『……とうま、さん……』
 名を与えたのは刀真だった。
 この世界と封印の巫女とを繋いだのは、刀真だったから。
 名が思いが、存在を引き寄せる。
『ごめん、なさい……遅くなって……しまって……』
 恥じ入る白花の姿は、しかし、無残だった。
 漆黒の蔓に絡め取られた全身に走る、ノイズ。
「欲しいのは、そんな言葉じゃない」
 今にも消えそうな中、それでも気丈に微笑もうとする白花の謝罪を、刀真は遮った。
「夜魅の所に行きたいなら道を切り開いてやる、力が足りないなら俺の生命力をいくらでもくれてやる。望め、願え、全部叶えてやるから」
 掴もうとした手はすり抜ける。
 それでも手を……顔を寄せ。
 刀真は白花に口付けた。
 それはそう……契約の証。
「白花、刀真に何でもねだって良い」
 ビックリしたように目を見開く白花に、月夜は真摯に告げた。
「女の子の唇は高い……私にも一回しかした事無い」
 だからこそ、言ってもいいのだ。
 どんな無茶な願いでも、無謀な賭けでも……刀真は絶対叶えてくれるから!
『私……私は……」
 見開かれた瞳は驚きから徐々に強い意志へとその色を変えていく。
 比例して増す、存在感。
 契約。それは互いの了承無くしては成立しないもの。
「戦って下さい……一緒に」
「そんなの勿論、了解だ」
 真剣な眼差しに応え、刀真は宣言する。
 その手でしっかりと白花の手を掴み。
「俺がお前の剣(ちから)だ!」
 白花の背に出現する羽。
 一気に広がったそれが、まばゆい光を放った。