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ンカポカ計画 第3話

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ンカポカ計画 第3話

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第1章 

 太陽がまだ頭の上にあった頃――

 とろとろとろとろ……。
 こっそり隠していた小型飛空艇に乗って津波を避けたコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は、ロドペンサ島の上空をとろとろと飛んでいた。
「唯乃さん。どこに行きましょうか」
 後ろには、直前に奇行症のジャンピングだっこで便乗した四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)がいた。もう1人乗っていたが、おそらく途中で落ちてしまったのだろう。今はこの2人だけだ。
「行き先はお任せするわ。これは私の飛空艇じゃないし、あなたのおかげで助かったんだから」
 唯乃は便乗してる身として気を遣っていた。見た目は10歳だが、もう子供ではないのだ。
「ではもう少し島を見てまわりますね」
 コトノハは飛空艇の高度を下げたまま、島の様子を上から見ていた。
「はあ〜。それにしても、コトノハさん。私たち、海風で髪がすっかりベタベタになったよね。どこか洗えるところないかしらね……」
「さ、探しましょうか?」
「ううん。いいのいいの。これはコトノハさんの飛空艇なんだから、好きにして!」
 唯乃はしっかり気を遣っていた。やはり、もう子供ではないのだ。
「そうですか。では……あ。あれは!」
 コトノハは、前方のジャングルの中に洞窟の入り口を発見した。
「それにしても、コトノハさん。すっかり汗かいちゃったねー」
「や、やっぱりきれいな川とか温泉とか探しましょうか」
「ううん。コトノハさんが行きたいところに行けばいいのよ。ワガママ言うつもりはないわ……あら? あそこから何か湯煙のようなものが出てるね。まさか温泉じゃないよね。あ、でもいいのいいの。ますます髪がベタベタになるけど、洞窟でいいのよ?」
「……湯煙見てみましょうか」
「え! いいのー? なんか催促したみたいで悪いなー」
 完全なる棒読みだった。
 これは面識のない者同士の腹の探り合いにコトノハが敗北したことを意味した。
「いいんですよ。全然。私も見てみたかったところですし。えへっ。えへっ。えへへへへへ」
 コトノハの頬は、ピクピク引きつっていた。

 その頃――

 青 野武(せい・やぶ)緋桜 ケイ(ひおう・けい)の乗った飛空艇は、山を越えようとしていた。
 パラミタカウボーイズを牽引していたバラロープは津波の直前に切れ、2人はついに自分たちが牽引していたことに気がつかないまま飛んでいた。
「よし。そろそろ奴らのアジトとやらが見えるはずだ。見ればわかると抜かしていたが、果たしてどんな建物か。……実験施設なのだからお堅いデザインであろうな。……この立地だからバベルの塔や洋風の城のようなものも似合うがな。……おぬしはどう思う? ……んん?」
 野武が振り向くと、そこケイはいなかった。
「カアカアカア!」
 ケイは奇行症でカラスになって、飛んでいってしまった。
「ぬぉわははははははは! カラスか。落ちたかと心配したが……それなら大丈夫だな」
 野武はカラスの背中に呼びかけた。
「緋桜ケイよ! おぬしとのフライト、楽しかったぞ。……また会おうッ!!」
「カアーーーッ!」
 カラスはすーっと急降下すると、背の高い木のてっぺんに止まった。
 野武はそのまま飛行し、すぐにアジトを発見した。
「あ……あれか!?」
 そのあまりにも酷いデザインに、野武は一瞬脳みそがトコロテンになりかけた。
「んぱっ! な、なんぱあれは……なんというしょうもないっ!」
 そこには、巨大な巻き巻きぼっとんが落ちていた。
 この建物は、ンカポカ一味曰く“ぼっとん塔”。そのものズバリ、巻き巻きぼっとんをモチーフにした建物だった。
 ケイは木の上で奇行から醒めた。
「うお! あれかよ。ひでえ。……って、え? ちょっ。なに。ここどこ? 木? うわっ風強ええ! 落ちる〜! ここここええええ!!!」
 そこに、パラワシが襲いかかってきた。
 ギヤース! ギヤース!
「なんで? え……まさか……そんな!!!」
 ケイの止まった木にはパラワシの巣があり、かわいくないヒナがいた。
 ギヤース! ギヤース!
 母パラワシはケイを敵と見なしていた。
「違うって! そんなんじゃねえんだよ。誤解だよ誤解! わかる? ゴ・カ・イ!」
 ギヤーーーース!!!
 ケイは鋭い爪をかわすのがやっとだ。
「おーい。野武〜! たすけてくれ〜〜〜〜〜!」
 しかし、ぼっとん塔まではかなり距離があり、その声は届かなかった。
 野武はぼっとん塔の入り口で飛空艇から降り、警備員に囲まれていた。
「我輩の名は青野武。ンカポカに伝えよ。青が実験の報告に戻ったぞ!!」
 警備員は何の躊躇いもなく、たんたんと野武を拘束した。
「おぬしら! わざわざ報告に戻ってきてやった我輩に何をするー! 雑魚めがー!」
 警備員は野武をぐるぐる巻きにして担ぎ、「わっしょいわっしょい!」と中に入っていった。
「野武……!」
 ケイはパラワシに突かれながら、その様子を見ていた。
「警備員1人になったぞ? ザルだな……はっ!」
 ぼっとん塔から、ユウが出てきた。
「ユウ様……!」
 ユウは周囲を気にしながら、こそこそと出かけていった。
「叶わぬ恋を取るか、新たな友情を取るか……」
 ケイはユウを追うか野武を助けるか迷っていたが、木の上にいる限りどちらもできなかった。
 再び奇行が発症して木から降りることができたのは、日が沈みはじめた頃だった……。


 山の向こうでようやくカラスが鳴いた頃、砂浜では聖の3分間奇行発症タイムだった。
「みみ毛ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「すね毛ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 みみ毛の宅急便になったザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が、佐倉 留美(さくら・るみ)を担いでジャングルを駆けていた。
 “元祖宅急便”すね毛の志位 大地(しい・だいち)は、久世 沙幸(くぜ・さゆき)を担いでその隣を走っていた。
 留美は担がれながらもザカコのパンツを脱がそうとし、沙幸は大地に「おねーさま!」とスリスリしていた。
 史上稀に見るダブルデートだ。
 奇行から醒めたとき、4人はナオラン温泉の湯煙が見える位置まで来ていた。
「もしかして、わたくしたちを運んでくださったの?」
 留美はザカコのパンツから手を離して尋ねた。
「どうやら、そのようですね。妙に体力を使った気がします……おや。留美さん、その傷は?」
 留美は手から血を流していた。
「あれ? なんでだろう……」
「もしかして……!」
 ザカコはローブの裏に仕込んである愛器カタールを手に取った。
「やはり、血が付いている。宅急便の間に手が入ったのでしょうか。奇行症とはいえ、申し訳ありません」
 自分の奇行症を理解している留美は、自らザカコのパンツを脱がそうとして怪我したに違いないとすぐに気がついた。
「あ……いや。いいんです。わたくしがいけなかったのですわ。自業自得ですわ」
 そう言いながらポケットをまさぐると……
「ああ! な、ないっ!! どこかで落としたのかしら!」
「何をっ!?」
 みんなで心配するが、留美は口が裂けても言えなかった。
 ――誰かのおパンツだなんて。
 沙幸は様子がおかしかった。
「沙幸さん……な、なにか!?」
「ううん。なんでもないの……」
 沙幸は、まさか留美がなくしたものが自分のモノだとは思いもしなかった。
 ただ裾がボロボロにほつれてますます短くなったスカートと、当然穿いてなくてスースーするあそこが気になっていた。
(宅急便の間、誰かに見られなかったかな……?)
 相変わらず微妙な距離感の2人だ。
「留美! それよりあれ見て、あれ!」
「あ! 湯煙! もしかして……ナオラン温泉かしら?」
「行ってみよう♪」
 こうして沙幸と留美は温泉を目指し、宅急便コンビと別れた。
 カタカタカタカタ。ピピピピ……。
 大地は籠手型HCに現在地と周辺情報を入力していた。島の状況を把握するためだ。
「砂浜からここまで1奇行でしたね。3分の猛ダッシュですから、そう遠くはありませんね」
 ザカコはいったんしまったカタールをおもむろに出しながら、
「しかし、大地さん。発症中でもなければそんな無謀な進み方はできませんね」
 と、一閃。
 図鑑に載ってない昆虫を切り倒した。
 ザカコも見知らぬ土地を把握するため、山頂を目指していた。
 この2人は未開の地で生きぬくために第一にやるべきことがわかっていた。高いところからの状況把握だ。
 目的も意識もピッタリで、協力して進むことになった。


 この間に砂浜ではリカインの記憶喪失が判明して、騒然としていた。
 だが、やはり脳みそがトコロテン気味なのだろうか、この生きるか死ぬかというときにナオラン温泉に行こうとする女性が多かった。
「エメさんが石鹸貸してくれるって言ってましたよねぇ〜」
 プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は温泉を目指していた。体力は限界に近く、砂に足を取られてもつれることもあったが、大切なモップを杖替わりにしてなんとか歩いていた。
「プレナも温泉でゆっくりしたいよぉ〜」
 他にも、エメの石鹸貸し出しに反応したのか温泉に行きたがる女性陣がぞろぞろとエメの後を追っていた。
 が、いかんせんみんなトコロテン気味なので頼りない。
 レキはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)のカメラにドアップで写されて、カメラ目線だ。
「ンカポカー! もし温泉にいたら……遊ぼうよ! 遊ぼうよ!」
 奇行が発症したようだ。
 メイベルの大切なミズノのバットを引っ張っている。
「やめてくださいぃ〜。これは私のミズノですぅ〜。私のなんですぅー!」
 紳士なおじさん鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)はそれを見て心配していた。
「まあ、体をさっぱりさせたいって気持ちはおじさんわからなくもないけどよ、女性だけでこのジャングルを抜けるというのはなあ〜……よし。しゃあねえ。おじさんが護衛としてついていくか」
 洋兵は温泉に行きたい女性陣に呼びかけた。
「おーい! どうしても温泉に行きたいって女性は集まってくれ。おじさんが護衛しながら連れてくから、ここに集まってくれ。ジャングルではバラバラにならないで協力することが大切だぜー」
 すると、洋兵の護衛に勇気が出たのかエメの石鹸が目当てなのか、ぞくぞくと集まってきた。
 人が集まるところに、この人あり。
 バシッ!
「はい。いただきましたですー」
 ひなが蒼の顔拓をとった。
「あらー。まあ顔も髪もべたべただから黒くなってもいいやぁ」
 蒼はちょっと頑丈そうな木の枝を見つけて、ぶんぶん振り回した。
「この武器で温泉にたどり着けるかなぁ? 大丈夫だよねぇ」
 洋兵が心配するのも頷ける。
 そして、洋兵の義理の子、鬼崎 朔(きざき・さく)もやってきた。
 服がビリビリだが、まだなんとか体裁は保っていた。
「背中、見えてないですよね……」
 何故か、妙に背中を気にしていた。
 そして、洋兵が声を張り上げた。
「よーし。これで全部だな。じゃあ行くぜー」
「ちょっと待った!」
 パンダ隊の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がやってきた。
「見て。あそこ!」
 美羽が指差した先には、こそこそと温泉組の様子を見ているのぞき部部長の弥涼 総司(いすず・そうじ)がいた。隣には新入部員のハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)もいる。
「おじさんはあんまりよくわからないんだけど、あれはのぞき部か?」
「のぞき部ものぞき部。あっちの巨乳好きって顔に書いてある方がバカ軍団の大将よ」
「なるほどね。それで?」
「だから、パンダ隊の私も温泉に行くわ。ゆっくり疲れを取ろうにも、あいつらがいる限りそうもいかないからね」
 こうして、洋兵と女性陣はナオラン温泉を目指して出発した。
 ジャングルに入ると、彼女たちの行く手を阻むかのように土がもりもりと盛り上がってきた。
「な、なんだこれは! みんな下がれ。下がるんだ」
 洋兵が銃を構えた。
 土から何か聞こえてくる。
「り……り……り……どり……どりどり……どりどり」
 と、土から出てきたのは……瞳孔が開いた神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)だった。
「どりどりどりどり〜!」
 ブルー・エンジェル号に最初からいた九十九の奇行症は、人間ドリルだった。
「あれ? 私……土まみれになって、なにやってるのでしょうか……???」
 洋兵たちと向き合って、しばしの沈黙。
 九十九は土まみれのため、よく見るといろんな謎の生物がくっついていた。耳のあたりを七色のミミズがにょろにょろと這い、頭の上にはシマシマのカエルが「ろけろけっ」と鳴いていた。
 プレナはいつの間にか習得したカエル語で話しかけてみた。
「けろけろ。けろっ。けろけろけろっ」
「ろけろけ。ろけー。ろけ。ろけろけっ!」
 プレナは首を振った。
「ダメです。温泉まで案内してくれるように頼んだんですが、通じません。文法がまるで反対ですねぇ〜」
 九十九は、七色ミミズが視界に入ったようだ。
「きゃああああ!」
 慌てて洋兵が助けに駆ける。
「おいおい。こんなところで気失って倒れたりするなよー!」
「このミミズ。すごーくカラフルでかわいいですねー!」
 怖いからではなく、かわいくて叫んだらしい。かなり天然が入っているようだ。
 あっという間にシマシマカエルとも親しくしている九十九に、洋兵おじさんは尋ねた。
「温泉……一緒に行くかな?」
「行きますー♪」
「そうか。よかったよかった」
 こうして、温泉行きのメンバーがさらに増えた。
 もちろん、後ろの方から総司とハーポクラテスもついてきていた。
 さらに後ろからも、狙いがのぞきなのか効能なのか、はたまたただトコロテンだからついてきてるのかわからないが、ジャングルの中を男子が数人ついてきていた。
 佐野 亮司(さの・りょうじ)はさすが闇商人、こっそりポケットに芋ケンピを忍ばせていた。
「んぱー。なかなかうまいぜ……」
 ポリポリ。ポリポリ……
「それにしても、奴が見当たらなかったのはどういうことか……ま、商人の勘では、必ず温泉に現れると思うが……」
 奴とは誰なのか、それはわからない。
「む! この芋けんぴ。……いや、足にするには短いか」
 亮司はさらに、ジャングルに落ちていたパラワシのクチバシのようなものを拾っている。何に使うつもりだろうか。まったく闇商人というものは、不思議なものだ。
 亮司の後ろを歩いているのは、誰だろうか。見たことのない顔だ。試しにメガネをかけているところを想像してみると……ようやくわかった。如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)だ。
「メガネ……んぱんぱ。きっと砂浜で気を失ってるうちに、猿が持ってったんだ。ちくしょう……んぱー。メガネメガネメガネ。めがぱんぱねんがぱ……」
 佑也はメガネを取り返しに行くつもりだ。……ないと思うが。
 神無月 勇(かんなづき・いさみ)はずっと下を向いて歩いていた。
「はあ……はあ……」
 時々歩いてられなくなり、木に顔を埋めて苦しそうにしている。
「ダメだ……身体が……身体が疼く。……ミヒャエル!! ああ、ミヒャエル!!!」
 パートナーのミヒャエルに調教されてきた勇は、自分はまだ変態ではないと思いたかったのかもしれないが、それは大きな間違いだった。勇の身体が完全に開発済みであり、性的には何もなかったこの24時間という時間が彼を一人前の変態に仕立て上げていた。
「誰か……誰か私を……私をめちゃくちゃにしてくれっ!!!」
 結果的にミヒャエルによる放置プレイ状態になっているのだろう。勇の肉欲は人間の限界を超えるところまで高まっていた。
 ぴちゃっ。
「ん……? これは?」
 首筋にパラヒルがついている。気持ち悪い上に、血を吸われたら厄介だ。が……
「ああ。んぱんぱ〜……ミヒャエル……!」
 パラヒルをわざわざ身体に這わせてねちょねちょ。にちゃにちゃ。
 ジャングルの中心で恍惚としていた。
 その頃、砂浜に見たことのない者が1人いた。
 濡れた長い髪をだらーんと下ろしてツナギを着ている。
 ツナギはゆらゆらと歩き回り、桐生 円(きりゅう・まどか)が倒れているのを発見するや駆け寄った。
「アア! 桐生円! 生きてー!」
 死んでいる。
 すると、ツナギは迷わず……マウストゥーマウス!!
「ん……んぱ……だ、だれ?」
 円は生き返ったが、見知らぬ人間にキスされたと思ってプチパニック!
 だが、ツナギの次の言葉で落ち着きを取り戻した。
「はろはろー。ナガンですよー♪」
 ピエロメイクの落ちたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)だった。
 普段ズボン替わりにしていたツナギをきちんと着て髪も垂らしているので、わからなかったのだろう。ナガンのさらなる改造を狙う佐野や亮司や闇商人など、多くの者が発見できなかったのは、こういうことだったのだ。
 そしてナガンと円は、ナオラン温泉に向けてこっそりみんなの後をつけていった。

 太陽はとっくに西の空に沈み、ロドペンサ島はかすかな月明かりだけで暗くなっていた。長い夜が、はじまった……。