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ンカポカ計画 第3話

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ンカポカ計画 第3話

リアクション


第6章 

(はあ〜。めんどくさいですわ)
 ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)は、夕方陣が転んでナオラーナボールを割ったとき、そばにいなかった。
 そのため、みみ毛の宅急便にならず、未だにめんどくさい病だった。
 砂浜でぽけーっと海を眺めていた。
 独り言すらめんどくさくて、心で何かを思っては、思ったことが面倒だと思っていた。
(あら〜。海からなにか来ますわ。みなさんに報告を……いえ、めんどうですわ)
 海には、金ダライが1つ浮かんでいた。
 金ダライから手が出て、すいすいすい。たっぷんたっぷん……。
 中には、ピンク・フラミンゴ号に乗っていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の姿があった。
「やーっと着いたぁ。あの火は、きっと船に乗ってた人だよねぇ」
 砂浜には、椿薫がみんなが帰ってくるときの目印になるようにと燃やしている焚き火があった。島の各所に散った仲間のためであって、まさか海からの目印になるとは思ってなかったようだが。
 弥十郎は救難信号を受けたときに、ピンときていた。
 ――エメが乗ったブルー・エンジェル号だ、と。
 だからこそなんとしてでも救出したかったのだが、結局一緒に津波に呑まれてしまった。そして海に投げ出され、なんとか金ダライに乗って浜辺まで漕いできた。
 全ては、魂の片割れであるエメ・シェンノートを助けたいという一心だった。
「待ってろよぉ、エメ。今……助ける……から」
「おーい! 大丈夫でござるかあ?」
 助けられたのは、体力の限界に達していた弥十郎自身だった。
「だ……だいじょうぶ……だよぉ」
 もうフラフラだ。
「ジュリエット殿。手伝ってくださらぬか?」
 すっかり浜辺の世話役になっている椿薫は、暇そうなジュリエットに声をかけた。
「手伝い……ですか。まあ、断るのもめんどうですし、わかりました」
 2人で弥十郎に肩を貸して、焚き火まで運んだ。
「疲れたでござろう」
「エメ……エメは?」
「エメ殿ならきっと温泉でござる。後で体力が戻ったら弥十郎殿も行ってみるといいでしょう」
 そのとき、ロウンチ川から1人帰ってきた。
「弥十郎!」
「おお。君は!」
 黒いちんちんの刀真だ。
 刀真は、ピンク・フラミンゴ号の人から弥十郎が乗っていたことを聞いていたようだ。
「無事だったんですね。よかった。きっと生きてるって信じてましたよ」
「はは〜。なんとか金ダライに乗ってね、必死でしたよぉ」
「お疲れのところ悪いんですけど、この魚! 料理してもらえませんか?」
 弥十郎は、知る人ぞ知る料理人なのだ。
「おや。これは鮭ですかぁ? いや、イワナかな?」
 刀真は胸を張って答えた。
「ナオランギョです!」
 この言葉を聞いて、砂浜に残っていた連中がぞろぞろと集まってきた。
 みんな、興味津々で刀真にどうやって釣ったのかと尋ねてくる。
「そ、それは……企業秘密です!」
 ちんちんに噛みつかれたとは、口が裂けても言えなかった。
 ただ、川原に置いておいた服がリュースに使われてしまったため、今は裸にブラックコートひとつ。しかも体力がないため、ただの黒いコートでしかない。誰がどう見ても、露出狂の変態だ。
 そして、うっかりコートを開いて、噛まれた跡の残る黒いちんちんが見えてしまった。
 ――よりによって、記憶を失って非常に繊細な神経のリカインに。
「きゃあああああ」
 リカインは怖がって、ジャングルに走っていってしまった。
 垂は慌てて追いかけていった。
「キイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
 砂浜風紀委員長ランツェレットの蹴りは、黒いちんちんに炸裂した。
「てんっっっっっちゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!」
 それにしても、ランツェレットはかわいい顔してねっぺはするわ、奇声をあげて金蹴りするわ……いや。うん。かわいい女の子である。
 刀真がよたよたと逃げると、そこには久しぶりの仕事にあつく燃える鉄槌屋が待っていた。
「なんですか、それは?」
「え……んぱー。なにが?」
 黒いちんちんは、ランツェレットの蹴りによってますます大きく腫れあがってコートからはみ出していた。
「あ、これは……!」
「委員長に指導されてもなおその態度とは……ゆるせんっ! くおのへんたいがああああああああああああ!!!!!」
 ドッカアアアアン!!!
 今までは頭を殴っていたが、怒りのあまりコートからはみ出たちんちんを殴ってしまった。
「つまらないものを殴ってしまいました……」
 ぴくぴくぴく……。
 刀真は仰向けに倒れて痙攣していた。
 が、これで終わりではない。風紀委員はもう1人いたはず――
 そう。浅葱翡翠だ。
「樹月刀真……さすがはのぞき部の真の敵ですね。それを剥き出しにして痙攣のフリとは、面白いボケです」
 同じ“真の敵”として、ライバルを叩き潰すチャンスとでも思っているのだろうか、ニヤリと笑みを浮かべると……最強兵器ネギペンチを出した。
「ツッコミ。入れさせていただきます……ふんっ!」
「や、やめ……て……」
 が、既に大きく腫れすぎたちんちんはネギペンチにおさまらなかった。
「くっ。運のいい……覚えていてくださいよ」
 翡翠は去っていった。
 そして刀真は脳みそがトコロテンになってしまった。
「んぱーんぱー」
 弥十郎はこの異常な展開に戸惑いながらも、薫らにこれまでの経緯を聞くと疲れをおして立ち上がった。
「そういうことなら、腕によりをかけて作っちゃおう。この魚だけじゃないよ。その辺の草でもキノコでも、ワタシにかかればなんでも美味しくできちゃうからねぇ」
 みんなは大いに喜んだ。
 が、弥十郎もただのお人好しではなかった。
「でもねぇ、美味しい料理はタダというわけにはいかないよぉ。ワタシに忠誠を……尽くす?」
 なかなかに腹黒い。
 しかし、これくらいでないと飢えた奇行症人間たちを相手に生き残ることはできないだろう。
「尽くすよー。あったりまえじゃーん」
「弥十郎様に忠誠を尽くしまーす!」
「神様仏様弥十郎様〜〜!」
 みんな正常な判断能力がないのか、料理のためにあえて嘘をついてるのかわからないが、とにかく弥十郎の子分となった。
「あなたはどうするのぉ?」
 尋ねられて、ジュリエットは迷った。
「どうするって……考えるのもめんどくさいですわ」
「だったら、忠誠を尽くしたら?」
「それで結構ですわ。めんどうですもの」
 こうして普段高飛車なジュリエットまでを子分にすると、人間とはこういうものだろう、弥十郎は段々図々しくなってきた。
「よーし。ワタシはこの島に一大レストランを作ることにしたぞぉ」
 砂浜にログハウスを建てようという無謀で壮大な夢をぶちあげた。
 このワガママな夢にさすがの子分たちも戸惑いを隠せなかったが、望月 あかり(もちづき・あかり)は全力で乗った。
「あかり隊員! キャンプ設営しまっす!!」
 ヒーローごっこやハリウッド映画ごっこに飽きたあかりは、今度は探険隊ごっこをしているらしい。
「探検隊たるもの、ベースキャンプを持たなくては!」
 レストランにベースキャンプと、それぞれイメージはバラバラだったが、細かいことは気にしてられない人たちだ。問題ないだろう。
「これでなんとかなりますか?」
 影野 陽太(かげの・ようた)が木材を集めてやってきた。
 ブルー・エンジェル号から持ち出した壊れかけの通信機器を雨風から守りたいし、危険生物から身を守る意味でも何かしらの建物は必要だと思っていたのだ。
「さすが影野隊員! みんなもがんばりましょう!」
「あ……はい」
 陽太はあかりの勢いにタジタジだった。
 せっせと働く子分たちの動きを見ながら、首を傾げる者もいた。
「おいおいー。さすがにこんな夜中にまともな道具もなしでログハウス建てようってのは無理があるぜ」
 サバイバルはお手の物といった風の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)だ。
 と、そのとき。
 また海からぷかぷかと何かがやってきた。
「あれは……?」
 今度は金ダライではなく、木の棚だ。
 ひょこっと中から顔を出したのは、ブルー・エンジェル号で魅世瑠にカッコいいところを見せるためだけに「拙者を置いて、先に行くでござる!」とかやっていたドスケベ男、坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)だ。
 そして鹿次郎の奇行症は、日曜大工。
 トツゼン発症すると、カナヅチでトンテンカンテン。あっという間にログハウスを造ってしまった。
 が、途中で醒めてしまったので、屋根はない。
「巫女さんはどこでござるか?」
 きっとブルー・エンジェル号の中で海水に長く潜っていて、脳みそがダメージを受けているのだろう。
「巫女さんはジャングル? おお。その奥の洞窟でござるか。んぱーんぱー。行ってくるでござる」
 鹿次郎はせっかく建てたログハウスで休むこともせず、とっととジャングルに行ってしまった。
 魅世瑠は、船での出来事はまったく覚えてなかったが、大工の腕前には感心していた。
「やるじゃんよ。……よし。屋根はあたしが引き受けたぜ」
 小枝を集めてツタで縛り、それを骨組みした長い枝に並べていった。
 あかり隊員は考えていた。
 ベースキャンプとはなんのためにあるのか……そうだ。野生動物から身を守るためにあるのだ! そのためには落とし穴を作るのだ!
 ということで、落とし穴も人知れず作っていた。
 屋根ができあがって、いよいよ弥十郎のナオランギョ料理タイムだ。
 だが、焼いて食べると効果があるということなので、捌いて焼くだけのことだ。せっかくの料理テクニックが宝の持ち腐れである。これでは弥十郎の必要がないわけで、
「うーん。いまいちやる気が出ないなぁ」
 というわけで……頭や尾の部分を金ダライに入れて、石狩鍋ならぬロドペンサ鍋を作ることにした。まあ、それもしょせんは鍋なので宝の持ち腐れに変わりはなく、やっぱりやる気が出ないようだ。
「エメ……この仕事が終わったら助けに行くからな」
 ナオランギョには手もつけずに、ひたすら遠くを見ていた。
 魅世瑠は、鍋の材料になるように食材を集めようと立ち上がった。
「おーい。ジャングル行く奴、一緒に行こうぜー!」
 魅世瑠は、危険生物と1人で対峙するような不利な状況を作らないようにするため、もっとはっきり言ってしまうと、自分が逃げる間の人柱を求めて同行者を募った。
 だが、もう夜も遅い。プルプルガー曰くもっとも危険な時間帯であり、誰も手を挙げる者はいなかった。
 この人をのぞいて、他には。
「んぱあ? ジャングルに行くのじゃな。それなら、わしも行こう」
 物忘れの激しすぎるファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は、夜は危ないという話をきれいさっぱり忘れていた。
「夜のジャングルか。んふ。楽しそうじゃのう」
 魅世瑠が装備を確認しながら声をかけた。
「じゃあ行こうぜ。キミ、武器は持ってるか?」
「大丈夫じゃ。いざとなったらファイアストームでぼおっといくからのう。ぼおっと」
「気をつけろよ。山火事だけは起こさないように頼むぜー」
「はあ。紅茶が飲みたいのうー」
 さっそくファタは大事なことを聞いてないようだが、もうこの人はしょうがない。魅世瑠もついていることだし、大丈夫だろう。
 そして、火と言えば危険な男がもう1人。
「んぱーんぱー……あれー。なんだ。火が弱いな」
 焚き火の前でずっとトコロテンだったウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)がようやく目が醒めたようだ。
「燃えろーっ!」
「わわわ。危ないでござるよ!」
 火の管理をしていた薫は慌てて止めた。
 すぐ近くに建てたばかりのログハウスもあるし、ジャングルの端なので木に燃え移るのも危ないのだ。
「それにしたって火が小さすぎるぜ。ん? 薪はこれしかないのか?」
 ウィルネストは立ち上がると、ワンピースを脱いだ。
「うきーーー! もうこんなもん着てられっかァ! だりゃああ!」
 自棄になってるのか開き直ってるのかよくわからないが、ワンピースを燃やしてふんふん鼻息荒くしていた。
 しかし、しばらく火を見ているうちに落ち着いてきたのだろうか。
「火って浄化作用があるんだよなー」
 とやさしい声で黄昏れている。
「おーい。おまえもこっち来て火にあたれよ。気持ちが落ち着くぜー」
「今取り込み中だから」
 声をかけられた女性は、最初からブルー・エンジェル号にいた五月葉 終夏(さつきば・おりが)だ。
「夕方からずっとあれでござるよ」
「おーい。取り込み中って、何もしてねえじゃねえか。どうした、ぎっくり腰かぁ?」
 終夏は、夕方からずーっと砂浜に立ったまま動いてなかった。
「ごめん。話しかけないで。今忙しいの」
 ウィルネストと薫は顔を見合わせて苦笑した。
「あれ、どういうことだ?」
「なんのことだかさっぱりでござるな」
 終夏は小さな蜘蛛を前にして固まっていた。
 足が4本以上ある生物が苦手な彼女は、目を逸らすとその隙に攻撃されると思っていたのだ。
「ち、ちくしょう……こうなったら、逃げてやる。逃げきってやるぞお」
 1ミリずつ、足を後ろにズラし始めた。
 大変な、それはもう大変な進歩だった。
 が、その瞬間――
 蜘蛛は消えた。
 なんと、もっと大きな蜘蛛パラグモに食われたのだ。
「うああああ!!!!」
 パラグモは本当に恐ろしく、体長が30センチもあった。
「あ……う……あ……」
 終夏の冷や汗はまさに滝のように流れ、浜の砂を水浸しにしていた。
 ウィルネストと薫の焚き火コンビも恐怖で動けなかった。
「おまえ、忍者ならどうにかしろよ?」
「むむむ無理でござるよ」
 そのとき、終夏はトツゼン瞳孔が開いて、
「ぶううううううううん」
 狩りバチになって、飛び回った。
 このまま逃げるのかと思われた瞬間――
 さすがは狩りバチ、一瞬にしてパラグモの顎に尻から生えた針をブッ刺した。
 ぶっしゅうううう。
 気持ち悪い液体が飛び散って、終夏の背中に飛び散った。
「ぶううううん。ぶううううん」
 終夏はパラグモから離れたところで、目が醒めた。
「は。距離が。ていうか……死んだ?」
 それでも十分気持ち悪く、怖いが、ゆっくり後退りすることはできた。
 焚き火コンビは唖然として、何も言えなくなっていた。
「ねえ。そこの2人、見てた? どうしてあの蜘蛛死んだの? 見てたよねー。教えてー」
「ウィルネスト殿」
 薫はウィルネストを肘でツンツン。
「あ、ああ。……ええっと、どうだったかな。そうだ。俺は見てないぞ。うん、何も見てねえよ。はっはは。見るわけねえって」
 女子にはやさしいウィルネストは、言葉を濁した。
 まさか終夏自身が針を刺して殺したなんて、言えなかった。
 そして、今の様子をずっと観察していた神楽坂翡翠は日記に書いた。
『五月葉終夏、パラグモの子グモを狩りバチになって退治』
 あれでも「子グモ」らしい。
 そしてひとつ前のページには、『パラグモ:体長1メートル。恐怖』と書いてあった……。