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リアクション
使命
ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)の紹介で生徒会の拠点『金剛』へ入ることができたロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は、目の前で鷹山剛次に寄り添う女の姿に愕然とした。
よろめきそうになるのを必死にこらえる。
(嘘……こんなの、嘘よ……!)
濡れた瞳で剛次を見つめる『剛次の情婦』と噂される女の正体に気がついてしまった自分に酷く後悔し、同時に剛次を憎んだ。
それは、最近あまり姿を見かけなくなってしまっていた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。
とてもうまく変装しているから、ロザリィヌでなければ気づかなかっただろう。
しかし、この場で騒ぎ立てることはせず、ギュッと拳を握り締めて顔にも出さず考えを巡らせた。そして、剛次の向かい側のソファに腰掛けている生徒会長西倉南ことニマ・カイラスに目をつけた。
ナガンやロザリィヌ達にも椅子が勧められ紅茶が運ばれたすぐ後に、剛次に定期連絡が入った。
室内に入ってきた配下は、バズラの部隊の現状を報告した。
それによると、ミツエのほうはヨシオタウンから出てきた一隊と挟撃された形になり間もなく崩壊するだろうということだったが、ヨシオタウンのほうは思った以上に守りが堅く手こずっているとのことだった。
「ミツエを捨てた英雄殿ががんばっているというわけか」
皮肉げに口を歪める剛次。
「すまないが席を外すぞ。バズラに援護を送ってやらねばな」
「……いってらっしゃい」
当然のように亜璃珠を連れて行く剛次を、南は淡い微笑みで送り出した。
一方のロザリィヌは突き殺しそうな視線を剛次に向けていた。
ドアが閉まろうとした時、小走りに駆け寄った増岡 つばさ(ますおか・ )の手がそれを止めた。
つばさはドアの隙間をすり抜けて通路に出ると、剛次を呼び止めた。
「少しだけ、いいかしら。聞きたいことがあるの」
振り向いた剛次は、言ってみろと視線で促す。
「もし、南……いえ、ニマ生徒会長が現在の立場が辛いと感じて逃げ出したいと思っていたら……あなたは彼女の手を取って逃げる気はある?」
つばさは、見ていたニマの様子から自ら望んで生徒会長になったわけではないのではと思った。そして、もし考えたようにニマがそれを苦に思っているのなら。
「あの人の笑顔を守るのはドージェじゃなくて、あなたかもしれないわ。あなたも彼女も地球では立場のある家柄かもしれないけれど、でも、そんなものよりも大事なものがあるかもしれないわよ」
「おもしろいことを言う女だな」
剛次は短く笑った。
「あの人は逃げ出したりはしないだろう。だから、そんなことにはならんさ」
どこか焦りを含んだような口調で言い、剛次はつばさに背を向けた。
角を曲がりその姿が見えなくなった頃、つばさは誰にともなくこぼした。
「他の学校と同じく、実はパラ実も地球の何かの勢力に動かされてるのかしらね……」
生徒会室では、ロザリィヌがニマにくつろいでもらおうと、パートナーのシュブシュブ・ニグニグ(しゅぶしゅぶ・にぐにぐ)を紹介していた。
シュブシュブは黒山羊のゆる族で、その毛並みはふかふかとしていてたいへん触り心地が良い。
そっと遠慮がちに触れるだけだったニマだが、慣れてくると気持ち良さそうに撫でていた。
シュブシュブもされるがままで、まるでただのクッションのようだ。
「バター茶をいれましたが、どうですか?」
少し前に席を外していた川村 まりあ(かわむら・ )が、ニマが好きだと言っていた飲み物を持って戻ってきた。
「ありがとうございます」
ニマは丁寧に礼を言って受け取った。
彼女がおいしそうにバター茶を飲むのを見届けたまりあは、やや気遣うように話しかけた。
「あの……あのですね、剣の花嫁って『使い手にとって大切な人』の姿に似るんですって。だから、ドージェさんのところのマレーナさんがニマさんに似てるってことは、ドージェさんの真に大切な人はニマさんってことですから」
もしかしたら傷つけてしまうかも、と危惧したまりあだったが。
ニマは不思議そうにまりあを見つめるだけだった。
まるで、まりあが言ったことがわからない、というように。
あれれ、と戸惑うまりあと同じように朱 黎明(しゅ・れいめい)も「おや?」と思っていた。
以前彼はドージェについて調べたことがあった。
それによれば、ドージェの家族は亡くなっていたはずである。
けれど剛次は西倉南が実は亡くなったはずのドージェの妻、ニマ・カイラスであると言った。
にも関わらず、まりあの言っていることがわかっていな いふうだ。
目の前のニマは、亡くなったニマのそっくりさんなのか、それとも何か事情があるのか……。
考えていても埒が明かないとみた黎明は、疑問をぶつけてみることにした。
「あなたは、本当にニマ・カイラスなのですか……?」
「ニマ……?」
わずかに目を細めるニマ──いや、今は西倉南なのだろう。
「じゃあさ」
と、今まで黙って話しを聞いていたナガンが身を乗り出して会話に加わってきた。
「ドージェはアンタがが生きてることは知ってる?」
「知らないかもしれませんね……会ったことありませんし」
「ああ……そう」
ナガンが期待したものとはちょっとずれた返答だったが、彼女は質問を続けた。
「それならこれは? 今回のヨシオタウン制圧のことだけど、これは生徒会の総意? それとも鷹ぽの独断?」
「鷹ぽ?」
「鷹山剛次サン」
本人とはまったく似合わない呼び名に、まりあやビスク ドール(びすく・どーる)からクスクス笑いがもれた。
ナガンは返答を待ったが、南は首を傾げた後にゆるゆると左右に振った。よくわからないのだろう。
生徒会長は南だが実権は剛次が握っているというのは本当のようだ。
「じゃあニマちんは、このことをどう思ってる?」
「ニマちん……」
「嫌だったら変えるけど」
「ふつうにお呼びすれば良いではありませんの」
呆気に取られている南の代わりに、ナガンに返すロザリィヌ。
南は妙な呼ばれ方については特に何も言わずに、神子が、と小さくもらした。
「神子を、見つけなくてはなりません……。戦乱から生まれる神子を……」
とたん、頭痛に見舞われたようにこめかみをきつく押さえる南に、まりあが心配そうに寄り添った。
ロザリィヌが黎明とナガンを押しのける。
「はい、質問大会はここまでですわ! せっかくこうして集まっているのですもの、もっと楽しい話をしましょう」
「賛成〜! これ以上生徒会長をいじめる人は、ビスクドールが追い出すよ。金剛から!」
「ほほほ、それは良いですわね」
二人の視線が黎明とナガンに注がれ、彼らは追い出されないためにしばらく口にチャックをした。
特に黎明とナガンの質問に疲れたというわけでもないのだが、いつの間にか悪者にされていた。
「それじゃ、楽しいお話しの前に手品をひとつ。じゃじゃ〜ん!」
どこからともなく人数分のティーセットを出すナガン。
ビスクがティーポットから温かい紅茶をカップに注ぐと芳醇な香りが部屋に満ちた。
シュブシュブは南が寄りかかりやすいようにわずかに移動し、まりあはカステラを切り分けていく。
ロザリィヌは率先して自分のことや学校での授業風景や友達のこと、その他放課後などであったおもしろかったことを話して聞かせた。
南がそれに微笑んだり聞き入ったりする様子に、ロザリィヌはここに来た時に生まれた激情を忘れていった。代わりに、この生徒会長と友達になりたいと思うようになった。
黎明もまた、そんな南を見てさまざまなことを考えながらも、亡き妻を思い出させる雰囲気に、助けになれたらと思うのだった。
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