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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

リアクション



よみがえる記憶


 ミツエ本人が来た、という知らせはすぐにヨシオの耳に届き、竜司と迅に両脇を守られながらヨシオはミツエと対面した。
 無事に逃げ出したるるは王宮で葵達と休んでいる。
「率直に言うわ。あたしと手を組んで生徒会を倒しましょう」
「これ、プレゼント」
 てててっ、と小走りにヨシオの前に出たシェルティ・セルベリア(しぇるてぃ・せるべりあ)が二つの小箱を差し出した。
 迅が開けると、中にはエメラルドとオルゴールが入っていた。
 シェルティはにっこりして説明を始める。
「このエメラルド、蟹座のるるさんの幸運を呼ぶ石なんだって! 『君の緑の瞳もこのエメラルドのようだ』とか言いながら渡せばいいと思うよ」
 ませたガキだな……とミツエ達は思った。
 そんな周囲の心の声は、獣人の感覚がどんなに鋭くても届くはずもなく。
「早く生徒会を倒して、るるさんの誕生日に二人っきりで星の下で告白しなよ!」
 と、無邪気な表情で続けた。
 子供にまでせっつかれて呆然としているヨシオへ、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)がそっと言った。
「良雄さんはミツエさんに恨みはないでしょう? それなら手を組みましょう。みんなの幸せと良雄さんの恋が叶うためにも。──手を組んでくださったら、良雄さんの恋を全面的に応援しますわ」
 王宮で待機中の使者達にも言われた言葉だ。ヨシオの心をぐらつかせた。
 迅と竜司がじっと見守り、ミツエが挑むように見つめる前で、ヨシオはミツエと手を組むことを決めた。
 ヨシオはすぐに、アルツール達のもとへ兵を引くようにとの使いを出した。


 このことで迫り来る金剛にじりじりとしていたエル・ウィンド(える・うぃんど)は、膝を叩いて立ち上がった。
 そして携帯から祝詞 アマテラス(のりと・あまてらす)に連絡をとる。
 エルも生徒会軍の久のように、今回だけD級四天王の位を得ていた。
 短い通話を終えたエルは、配下へ向けて出発の号令を飛ばした。

 そのアマテラスがどこにいるかというと、金剛である。
 彼女は配下を賊に変装させ、自分と数人は船で積荷を運ぶ商人に扮していた。
 一方、生徒会に味方する蛮族になりすまして金剛で外の見張りをしていた夏野 夢見(なつの・ゆめみ)
 夢見の前に、河賊に襲われたふりをしたアマテラスが、生徒会に助けを求めてきたのだ。
 お互いの事情など知らない両者は、しばらくしらばっくれていた。
「賊は追い払ったよ。目的地はどこ? 送っていけるかも」
「いえ……積荷もだいぶやられてしまいました。助けてくださったお礼に差し上げます。これからヨシオタウンへ向かうことは聞いてますので、祝杯の足しにでもしてください」
 どこかぎこちない口調のアマテラス。丁寧語が慣れないようだ。
 夢見は、それを賊に追われた恐怖から来るものだと思った。
 積荷を点検した夢見は、祝杯の足しにと言っていたわりに酒類が少ないことに気づいた。代わりに油臭さが鼻についた。
「ねえ、この積荷……」
「ああ、うちは酒や油を扱っているのです。今回は油のほうが多くて」
「ふうん、そうなの」
 夢見はこの油に目をつけた。
 アマテラスのことを他の見張りに任せて、桜花・ミスティー(おうか・みすてぃー)のいる倉庫室へ向かった夢見はこのことを話した。
 二人は忍び笑いをもらした。
「外の人にはどこかに行ってもらおうね」
「それじゃ、少ししたら火をつけますねぇ」
 潜んでいた木箱から出た桜花がひらひらと手を振った。隠れて行動することがあまりうまくない桜花は、夢見が運んできた荷物として潜入したのだ。
 外に出た桜花は、見張りの兵に軽く挨拶をし、すれ違いざまに吸精幻夜で幻惑状態にした。そして彼に、別の場所で見張りをするように言う。
 この倉庫室はさして重要な場所ではないし、今は攻められているわけでもないので見張りは彼一人だけだった。問題はこれから向かおうとしている火薬庫である。前回だいぶ爆発したが、まだ残っている。
 夢見が通路を歩いていると、後ろから「火事だー!」という叫び声があがった。
 桜花がうまくやったようだ。
 たちまち集まってくる兵達へ、夢見は倉庫室を指し示し、
「あっちで火の手があがった!」
 と、誘導した。
 その中から、人を掻き分けて桜花が夢見のほうへ走ってくる。
 二人は騒ぎに乗じて火薬庫へ向かった。
 その途中、ひとけのないところで持ってきた雑誌に火をつけて放っていく。
「こっちだよ」
 夢見を見失わないように桜花は走った。
 ほぼ同じ頃、軽身功で水面を駆け抜けたエルが、抱え持っていた油の入った瓶を金剛へ投げつけ、火術をぶつけて爆発を起こしていた。
 エルに預けられた兵が乗る船からも火炎瓶や火矢が打ち込まれ、金剛を揺らした。
 金剛では「敵襲だ! 火事だ!」と大騒ぎになっていた。
 金剛はまだ前回の破壊の痕が濃く残っている。修理をしながらのサルヴィン川行だった。
 アマテラスは兵の目が離れた隙に、積荷に向けて火球を放った。
 酒類と油だ。爆発のような勢いで炎が燃え上がる。
 アマテラスは足元のほうからもかすかな振動を感じた。
 突然艦内で起こった火事が原因だろうと予測する。
「沈むか……?」
 呟くと、彼女は少しずつひとけのないほうへ移動していった。
 共に商人のお供として乗り込んだ数名の配下も、そろりそろりとついてくる。
 そして、眼下のエル達に気を取られている生徒会兵達からは見えないだろう物陰まで移ると、アマテラスは配下達へ今のうちに逃げるよう言った。
 自身も空飛ぶ箒を出すとそれに乗り脱出をはかる。
 アマテラスが甲板を蹴ったのを合図に、配下達もそれぞれに散っていった。

 外は大変なことになっているというのに、前回脱出せずに牢に居残った駿河 北斗(するが・ほくと)は、多少船が不自然に揺れてもお構いなしに修行に励んでいた。いや、動いていたからこそ、揺れに気づかなかったというべきか。
 剛次に勝つために北斗は鍛錬メニューを組み、あれから毎日欠かさず繰り返した。
「スクワット200、腹筋100、腕立て腹筋100、素振り500……を、朝昼晩と、日に三セット。他、ショートランニング……と」
「あと、イメージトレーニングもね」
 付け加えられた項目に、ふぅ、とため息をつくベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)
 もう何度目かわからないそれに、クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)はクスクスと笑った。
「何よ。ふん、あの馬鹿。力、力って求めるものが直裁すぎてそのうち力に飲み込まれ……だから、何なのクリムリッテ」
「ふふ。……さて、ああやってがんばってる北斗を見て、ベルはパートナーとして思うところはないのかな?」
 何を考えているのか含み笑いをするクリムリッテに、冷えた視線を送り同じく冷えた声で答えるベルフェンティータ。
「どうせ、あの馬鹿の力じゃ私の剣の真価なんて発揮できないわよ。悩むだけ無駄だわ。馬鹿みたい」
「どうかなー? 男子三日会わざれば何とやら。ミツエのとこの火口くんだってそうだったし、ああいう年頃の男の子って馬鹿にできないよ」
「な、何よ。わかったふうなこと言って、お姉さんぶって……」
 たじろぐベルフェンティータにクリムリッテはからかいの色を濃くした笑みを見せる。
 拗ねたような顔でそっぽを向いたベルフェンティータは、抱えた膝に顎を埋めた。
 その目はどこか寂しそうに、ひたすらに強さを求める北斗へ注がれている。
「本当、馬鹿みたい……」
 本人にしか聞こえないような呟きをもらした時、慌しい足音が響いてきた。
 やって来たのは生徒会側のパラ実生で、ガチャガチャとうるさい音を立てながら牢の鍵を開けている。
「何だ? ようやく俺と手合わせしてくれる気になったのか?」
「ちげェよ、馬鹿。この船がヤバくなったからさっさと逃げろって言いに来たんだよ」
 直後、遠くのほうで爆音がしてやや大きく船が傾いだ。
 火薬庫の方角だ。
「……またここに留まるのは勝手だが、後ろのお嬢ちゃん達だけでも逃がしてやれよ」
 ぶっきら棒に言い捨て、そのパラ実生は走っていってしまった。
 漂ってきた煙のにおいに、彼の焦りが現実であることがわかった。

「ドージェ……」
 生徒会室にも騒ぎは伝わっていて、もしここも危険になるなら西倉南を連れて逃げようと、外の気配に注意を払っていた時ふと南が小声でもらした。
 それは、これまでのようにぼんやりとしたものではなく、確信を持った声音だった。
 どこかで破裂音がして足元が震える。
「わたくしがドージェの妻かと聞きましたね?」
 朱 黎明(しゅ・れいめい)を見る南の目はしっかりとした意思があった。
 黎明はハッとして南を見つめる。
 外の騒ぎを忘れたような静けさが室内に満ちた。
 注視される中、南は囁くような、けれど不思議と誰の耳にも届くような声で話しだす。
「確かに、その通りです。今まではっきり答えられなくてごめんなさいね。わたくしはニマ・カイラス本人です」
 剛次が嘘を言っていたわけでも、そっくりさんでもなかった。
 ニマはナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)へ目を向ける。
「いまさらかもしれませんが、今の生徒会は剛次さんが掌握しています。校長も行方不明でしたし、わたくしも記憶をなくしていましたから。ですから、今日までのわたくし達の動きは生徒会の総意と言えます」
「思い出したんだ?」
「ええ。そしてこれからは……神子を見つけなくてはなりません。わたくしはもう……」
 言いかけた時、金剛は一度大きく上下に揺れてそれきり動かなくなった。
「剛次さんのところへ行ってきます。それでは……」
 ニマは丁寧に礼をして生徒会室を出て行った。