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リアクション
第五章 燃ゆる扶桑の都4
瑞穂の鬼鎧の前では手傷を負った現示が何か呟いていた。
それが独り言か、祈りなのか、瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)と常に共に紫月 唯斗(しづき・ゆいと)には分からなかった。
「――現示、睦姫を連れてきたぞ。ちゃんと話をしろ」
唯斗はこの戦いを止めさせるため、睦姫を伴っていた。
現示は姫を見て、驚いて叫んでいた。
「こんな戦場に……お連れすんな、馬鹿野郎!」
「馬鹿はお前だ、こんな状況になってもまだわからないのか。戦うことしか出来ないだと? 違うだろう!お前はソレしかしようとしないだけだ!」
唯斗が現示にずかずかと詰め寄る。
「やり方なんて幾らでもあるんだよ! 俺と同じだってんなら、とっととこっちに来やがれ!あんましウジウジしてんなら睦姫は俺が貰っちまうぞ!」
「姫様……俺は」
現示が申し訳なさそうに睦姫を見遣る。
睦姫は彼の視線を捕らえ、彼女はきっぱりと言い切った。
「日数谷現示、私は命じます。今すぐ、この戦を止めなさい」
睦姫はずっと肌身離さず被っていた御高祖頭巾(おこそずきん)を取った。
美しい金色の髪がハラハラと落ちる。とても、とても多くの髪が。
「私はもう瑞穂の姫でも何でもないわ。だから、こんなことを言っても何の力もない。けど、だからこそ言えるの。私は、赤ちゃんを守りたいの。私みたいになって欲しくないのよ!」
睦姫は初めて、自分の本当の意思を口に出した。
唯斗は、睦姫を励ますように頷いている。
彼女の美しい目が彼を捕らえ、現示はただ首を振っていた。
「もう……仕方ないのです。許してくれとはいいません。ずっと、俺を恨んでください」
当然に、睦姫たちの背後から、悲鳴が聞こえてきた。
「どうして? その子を返してください!」
瑞穂藩士らに囲まれて、唯斗のパートナーであるアリス紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は叫び声を上げていた。
剣の花嫁エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と魔鎧プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)も唯斗に頼まれて、雪千架を守っていたのだが、四方から瑞穂藩士たちに銃を突きつけられては身動きができない。
彼らはエクスたちの動きを知っていたように待ち構えていたのだ。
赤ん坊は取り上げられてしまった。
エクスは剣を構えたままにじり寄っていた。
「貴方たち、こんなことが許されると思ってるのか? 睦姫様は……」
「お亡くなりになった……そうだな?」
瑞穂藩士はちらと睦姫を見て、冷たく言い放った。
「しかし、睦姫のお子、穂高(ほだか)様は龍騎士シメオン様がお預かりになっているそうだ。だから、その子はなんの関係もなかろう? 我らが連れて行く」
「人さらいですわ!」と、プラチナム。
「日数谷殿の命令だ」
「……現示? 日数谷のこと?」
エクスが信じられないというように瞳が開かれる。
「現示が裏切ったの?」
「何を言ってるかは知らんが、日数谷殿は承知だ。そして我々は、人さらいではない。もともと瑞穂藩邸にいたのを、火を放って逃げ出したのはお前達だ。それを追ってきただけのこと。そしてお前たちが、葦原の『八咫烏』と繋がっていることも知っている。どうこう言われる筋合いはない!」
現示は仲間から雪千架を受け取ると、脇差しを抜いて、赤ん坊の手の甲を切った。
小さな手から鬼の子の鮮血が流れる。
睦姫が悲壮な叫び声を上げた。
「こうでもしなきゃ、鬼鎧は動かねえ。罪は、全部俺が背負います」
現示は雪千架の血を鬼鎧へ塗り付け、中に乗り込むと戦場へと向かっていった。
睦姫の死を偽装して、逃亡の手助けをした酒杜 陽一(さかもり・よういち)も心配になって付いてきていたが、この状況に愕然とした。
「やっぱり、あのまま、国外へ逃がしときゃ良かった。世話の焼ける奴らだ!」