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リアクション
第二章 瑞穂からの逃避
扶桑の都。
瑞穂藩邸では、瑞穂 睦姫(みずほの・ちかひめ)がかくまわれていた。
龍騎士漆刃羅 シオメン(うるしばら・しおめん)から子供の雪千架(ゆきちか)を奪われないようにするためとはいえ、瑞穂の姫君という立場からすれば理不尽なことであった。
「ちかちゃん……大丈夫かな?」
白百合女学院桐生 円(きりゅう・まどか)が、心配そうに尋ねてきた。
「この間は変なこと言ってごめんね。でも、ボクのことも知って貰いたかったんだ」
円は睦姫の側で体育座りをして、雪千架の顔を眺めていた。
「確かに、ちかちゃんを道具としてしかみてこなかった人もいるだろう。でも、ちかちゃんは自由の代わりに瑞穂のみんなに希望を与えてきたんだよ。おかげで、瑞穂のみんなは今まで頑張ってこれた。それは生き方が間違っていなかったという事なんだよ?」
「でも、結局、私は自分が何をしてきたのか、分からなくなってきたわ」
「もう! ちかちゃんが、今までの道を否定する事は、これからの雪千架ちゃんの道を否定する事になるんだよ。まだ、何も決まってないこれからの未来をさ!」
「赤ちゃんは……可愛いわ」
睦姫は雪千架にほおずりしていた。
「こんなに可愛くて、良いにおいがして。だけど、先のことを考えたら、たまらなく不安になる……」
「将軍様と話してみたらどうかな。父親なんだしさ。力になってくれると思うんだけど」
「私ね、思い出してたんだけど、上様は私を瑞穂に返そうとしていたのよ。今思ったら、あの方は本当に瑞穂や私のことを思って、そうしてくれてたのかもしれない」
睦姫はひとつため息をついた。
円が立ち上がって、睦姫の手を引っ張る。
「確かめようよ、今からでも遅くないよ」
「……駄目。もう迷惑はかけたくないわ。私は、この子さえ居ればいいの」
睦姫が尻込みしているときだった、聞き慣れた声が彼女の耳に入った。
「姫様……睦姫様。お迎えにあがりました」
そこには憔悴しきった白百合女学院オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)が立っていた。
円のパートナー吸血鬼オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)と英霊ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が、身を乗り出す。
「オルレアーヌさん、よくお姿を現したわねえ」と、オリヴィア。
「先生のこと、探してたんだよお!」と、ミネルバ。
「先生のおかげで色々と大変になっちゃたんだからあ。どうしてあんなことしたの?」
「オルレアーヌさん主導で大老の暗殺を行うなど、ただの外国人による暴走ですわあ」
二人とも言い方は穏やかだが、核心をついてくる。
黙ったままのオルレアーヌに、ミネルバが尋ねた。
「もしかして、睦姫ちゃんの十字架を隠したのも先生なのかなあ?」
「それは違う!」
オルレアーヌは睦姫の青い眼を見て言った。
「私は、睦姫様を裏切るようなまねは決してしてない。ただ、睦姫様を自由にして差し上げたかっただけ……」
そして、オルレアーヌは、十字架のことは知らない、大老にしても死ぬかも知れないとは思ったが仕方なかった。瑞穂の脱藩浪士が暴走したのだと釈明した。
「例えそうだとしてもだ、幕府と瑞穂の関係を悪化させたのは事実だろう。もし大老が死なずにすんだとしても、襲撃の事実は変わらない」
空都大学如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、オルレアーヌの前に立ちはだかった。
「とりあえず、どんな思いがあろうとも実行するのはまずい。お前さんは、睦姫を守ろうとして、逆にピンチに落としいれてしまったんだぜ」
正悟はオルレアーヌに向かって、手を差し出した。
「素直にここで捕まってくれんかね。睦姫の為に起こしたというならね」
正悟達の会話は、少し離れた場所で剣の花嫁エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が記録していた。
エミリアが独り言のように呟く。
これは、正悟の考えでもある。
「言質などを取って証拠にすることで、瑞穂と幕府の誤解を解いて無駄な軋轢を減らす事ができるかもしれないしね……それをもとにティファニーさんの安全を確保できるように交渉できればいいのだけれども」
彼はこの記録を持って、葦原明倫館分校長ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)の将軍への機密の流布の一件の交渉材料にしようと考えていた。
ティファニーは現在も追われる身で、彼女の心身も限界を超えている。
正悟はなんとしてもティファニーを救いたかった。
一方、オルレアーヌは撮影されているのに気付いた。
「私が危険を承知で姿を現したのは、睦姫様を亡命させるためだ」
と、彼女は言い、突如身を翻した。
「逃がすか!」
正悟がオルレアーヌを抑え、捕らえる。
すると、異変に気付いた瑞穂藩士達がわらわらとやって来た。
屋敷の中が騒然となった。
「睦姫……」
混乱に紛れて、睦姫に話しかける男がいる。
見た目は大王理子そっくりに改造してあるが、彼は男だ。
波羅密多実業高等学校酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、睦姫に素早く囁いた。
「あんたが生きて瑞穂にいる限り、あんたは異教徒で追われ、大老暗殺の動機とされて瑞 穂も追求され続ける。このまま戦が始まって戦い続けるとなれば、瑞穂は例え勝っても、痛手を負い。国は荒れ果てるだろう。先人が、築いてきた歴史も途絶える」
「何が……いいたいの」
「いっぺん死んでくれ、瑞穂睦姫。あんたが二度と表舞台に出ないと言うなら、俺は逃げる手助けをする。日数谷 現示(ひかずや・げんじ)にも会って欲しい」
「日数谷? どうして」
「その手元にいるお子は、あいつがそうさせたんだろう? あいつとは……何度も戦った俺が言うのも何だが、血気盛んな瑞穂藩士をまとめている、抑え役だ。そういう存在だ。だから殺したくないし、これからもそういう奴は瑞穂に必要なんじゃないか?」
瑞穂睦姫は唇を噛んで考え込んでいる。
陽一は、彼女を急がせた。
「あんたたちには、多くの人々にここまでさせた責任がある。正直、俺が今からやろうとしていることも、正しいかどうかはわからん。ただ、数ある選択肢の中で、一番マシと思える行動をとるだけだ」
睦姫が決心したように顔を上げた。
「雪千架が追われることなく、無事に生きられるなら……私は死んでも構わないわ」
陽一はそれを同意とみなし、用意していた服を渡すと、仕込んでいた火を発火させた。
「火事だ!」
その声は方々から起こった。
「睦姫、こっちだ」
控えていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が睦姫を連れ出す。
「一度死んだアンタは、もう自由だ。あの馬鹿を止められるのはアンタしかいない」
彼のパートナーたちエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)、プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は雪千架を守っている。
「こんなことをするとは……!」
正悟は陽一が藩邸に火を放ち、唯斗が睦姫たちを連れ出すとは予想してはいなかった。
それは、オルレアーヌとて同様だ。
だが彼女はこの好機を逃さなかった。
彼女は炎に巻かれながら姿を消し、瑞穂藩邸は一部分を焼いて火が消し止められた。
卍卍卍
「ティファニー、ごめんな」
正悟がかくまっていた長屋で彼女に会った。
ボロの天井からは雨がしたたり落ちている。
「まだキミを自由にはできない。もう少し待っててくれ」
「正悟……気にすることアリマセンヨ」
ティファニーはガッツポーズを作ってみせる。
「ミーはこんなことぐらいで、くじけたりしないデス。ここの暮らしもオツなものデスヨ」
雨水がティファニーの背に落ち、彼女は「ひゃっう!」と跳ねた。
「と、とにかく。これ以上は、葦原明倫館に、ハイナ総奉行にご迷惑をかけられないデス。ミーは……分校長を辞めた方がいいかも知れないデス」
「まじか。いや、それは……まだ早まらない方が」
「大丈夫デス! ミーはこれしきのこと……ひゃっう!」
ティファニーが再び跳ねた。
正悟は当面、天井の雨漏りとも格闘しなくてはならなかった。
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