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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
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第一章

1.

 屋敷は、いつも通り穏やかにそこにあった。
 常に霧に包まれたこの地にあって、その佇まいは常に変わらぬままだ。
 しかし、現領主……ウゲン。彼をめぐり、様々な思惑がこの屋敷を目に見えぬ糸となって絡みついている。
 いや、むしろ。その糸を張り巡らせているのは、少年自身なのかもしれない。

 この日。糸の一端が、また、この屋敷の門扉をくぐった。
 
 
「御初にお目にかかります、タシガン領主ウゲン卿。先じて挨拶に伺うのが遅れた咎、どうぞ御許し頂きたい」
 教導団の公式規定に則り、慇懃に挨拶をすると、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)
は目の前の少年を見つめた。
「おなじく。お初に御目にかかります。タシガン駐留武官補佐、イヴェイン・ウリエンスと申します」
 レオンハルトに影のように付き従うイヴェイン・ウリエンス(いべいん・うりえんす)がそう言い添え、深々と一礼をした。
 ウゲンは椅子に座ったまま、頬杖をつき、あまり興味はない様子だ。
「別にかまわないよ。第一、最近戻ったばっかりなんでしょ?」
 教導団は、シャンバラが東西に分裂した際、一度はタシガン駐留からひきあげている。しかし統合した現在、再びこの地に駐留するようになっていた。
 いかにも、とレオンハルトは頷いた。
 イヴェインはやや後方に下がり、彼らの会談の模様を、警戒しつつ見守っていた。
 ウゲンはこの部屋には一人きりだ。他に警備をつけている様子もない。それは、教導団がここで彼に対してなにかを仕掛けるつもりはないとわかっているのか、あるいはただ、自己の力を過信するか故かは、誰にもわからないことだった。
「それで?」
 ウゲンが促す。レオンハルトは、口を開いた。
「此度御時間を頂いたのは1点、御確認願いたい旨が在ったからに他なりません。単刀直入に、ウゲン卿にタシガンへの駐留許可を引き継いで頂きたい」
 頂きたい、という単語とは裏腹に、その口調は強いものだった。なおも、彼は言葉を続ける。
「駐留に際し承認願いたいのは2点。タシガン内での警邏・捕縛権、及び緊急時の武力行使権の認可。これらはいずれも“現行犯”か“政治犯”に対し行使される物です」
 つまり、“領主であるウゲンと対立した者に武力行使出来る権利”であると、彼は暗にほのめかしていた。
「ふぅん。あとひとつは?」
 ウゲンはにこやかに笑いつつ、そう尋ねた。あくまでもその表情は、幼い子供のものだ。
「それともう1点、我々はあくまでシャンバラ女王アイシャ陛下、及びその臣である金団長の指揮下に在ります。駐留中ウゲン卿の御要望は最大限尊重させて頂きますが、女王陛下及び金団長の命はその上位に位置します。ご了承下さい」
 レオンハルトはそう言うと、一礼をした。
 教導団にとってマイナスになる指示には従うことはできない。しかし、タシガンにおいては、薔薇の学舎よりも、領主であるウゲンの意思を尊重するとレオンハルトは告げていた。
 すると、今まで沈黙を守っていたイヴェインが、「失礼」と前置きののち、レオンハルトへと告げた。
「レオン。駐留の際自分達を筆頭に、教導団に於いて鋼鉄の獅子隊と称されるレオンハルトの部下達が、これを補佐する可能性がある…と言う点には、一応言及しておいた方が宜しいかと」
「ああ」
 なるほど、とレオンハルトが頷き、再度ウゲンへと尋ねようとする。しかし、それにウゲンは軽く右手を振って。
「いいんじゃない? 一人じゃ遊べないっていうんだったら、しょうがないよね」
 いささか挑発的に笑い、ウゲンは刹那、薄暗い瞳で彼らを見下ろした。
「……では、全てをご承知の上で、お引き継ぎ願えますか?」
 しかし、レオンハルトはその挑発にはのらなかった。赤い瞳に強い意志を秘め、彼は再びウゲンを真正面から見据えた。
「どうぞ」
 ウゲンはあっさりとそれを認め、くつくつと肩を揺らし、笑った。
「君らがいたほうが、なんだか楽しそうだからね」
「ご決断、感謝いたします」
 レオンハルトとイヴェインは、再度礼をした。
 ――これで、足場は出来た。
 レオンハルトの口元にも、そう、微かに笑みがあった。



「暇ですねー」
「暇だねーシルヴァ様ー」
 シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)は、そう言い交わした。
 両者とも、レオンハルトの部下として同行してきたのだが、会談には同席せず、こうして外で屋敷の警備を担当している。
 少なくとも、レオンハルトがいる間は、この屋敷を護るつもりだった。少なくとも、領主に失脚されては困る。そんな思惑も否定はしない。
「レオ君、どうしたかなー?」
「問題ないと思いますよ」
 ルインの問いかけに、シルヴァが穏やかに答える。ここでレオンハルトを無下に扱っても、ウゲンにはとくに利益もないだろうからだ。
 むしろ気にかかるのは、ウゲンを敵対視していると思われる、ディヤーブ・マフムード(でぃやーぶ・まふむーど)。……今はイエニチェリでもない以上、たいした権限もないが、その分破れかぶれの特攻をかけてこないとも限らない。
 明らかに過剰ととれる強引な手段に出た場合、それを『犯罪人』として押さえ込む手はずは、すでにあった。
 しかし。
「待たせたな」
「あ、レオ君!」
 屋敷から出てきたレオンハルトとイヴェインの姿に、ルインが振り返る。
「どうでしたか?」
「予定通りです」
 シルヴァに、イヴェインが答える。
 用事が済めば、長居は無用だ。駐留している拠点へと、四人は引き上げることにした。
(少し、意外ですけどね)
 微かに屋敷を振り返り、内心でシルヴァは呟く。ディヤーブの性格からいって、黙っているとも思えなかったのだが。
 しかし、今はこれ以上、この場に留まる理由はなかった。