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リアクション
第八章 桜下の再会4
「ど、どういうことですかぁ!」
イルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は、校長室でまさに椅子から転げ落ちんばかりに驚いていた。校長室で一人うたた寝をしていたところ、珍しく世界樹イルミンスールの方から呼ばれた――頭に直接響くような声があった、最初エリザベートはなんだか分からなかったが、そういえば前に似たような経験をしたのを思い出し、声の主が世界樹イルミンスールであると思い至った――と思えば、とんでもない事態を告げられたからである。
「なんだか知らないけど、イルミンスールがどこかと勝手につながっていて、それがマホロバの扶桑かもしれないって、どういうことですかぁ!」
エリザベートの問いかけに、最初は黙っていたイルミンスールだが、しばらくしてエリザベートの頭の中に声を響かせる。アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が、イルミンスールを離れこの場に居ないことで、事情を説明できるのが自分しか居ないと思い至ったようであった。
世界樹同士が「こことは協力しよう」と思い合うことがある。
ただし、助けたからといって世界樹の序列が変わることはない。
そんな内容の声を聞いたエリザベートは、う〜ん、と考え込むように腕を組む。
「じゃあ、その扶桑っていう世界樹が、イルミンスールに助けを求めてきた、ってわけですかぁ? そういうことがあるんですねぇ」
あまり考えずに納得しかけたエリザベートだが、やはり疑問は残った。アーデルハイトが事前に生徒と何らかの話をしていたからかもしれないが、それでもどうして扶桑は、イルミンスールを対象に選んだのだろうか。大体、助けを求めるのであれば、ネットワークの中で最も序列の高いユグドラシルに頼むのが、確実ではないだろうか、と。
その疑問をイルミンスールにぶつけてみると、返ってきた答えは。
扶桑も、地球人と契約している。
「……えええぇぇ!? 地球人と契約しているのは、イルミンスールだけじゃなかったんですかぁ!?」
エリザベートの疑問は尤もである。エリザベートもそう認識していたし、アーデルハイトもそうだと生徒たちに知らせていたからである。
扶桑は、この事実を隠していた。
イルミンスールからの声を聞いて、エリザベートはうぅ、と頭を抱えた。何度かコーラルネットワークにアクセスした中で、扶桑だけはいつも反応がなかったなと思ったら、そんな重大な事を隠していたとは。そして扶桑の隠蔽は、アーデルハイトを謀るほど完璧だったということになる。扶桑、恐るべし。
「……待つですよぅ。ということは、イルミンスールと扶桑は同じ、ということになりますよねぇ?」
この場合の『同じ』とは、地球人と契約している、という意味である。それに思い至ったエリザベートが、何やら不敵な笑みを浮かべる。あれは絶対、よからぬことを思い付いた顔である。『恩を売った』代わりに何か見返りを要求しそうな感じである。子供なのにそういうところだけは知恵が回る。
「……あれ? 扶桑は何のために、イルミンスールに繋がろうとしたのですかぁ?」
でもやっぱり子供なので、肝心なことを今まですっかり考えないでいた。
扶桑は、生き長らえるための生命力を、イルミンスールに求めてきた。
それを告げられ、エリザベートが慌てて外へ視線を向ける。事実、葉の色がわずかに変わっていき、どこか元気がなくなっていくようにも見えた。
「そ、そんなことをして、イルミンスールは枯れちゃわないんですかぁ!?」
エリザベートの疑問に、イルミンスールは答えない。イルミンスールはコーラルネットワークの中では最下位なので、上位である扶桑に逆らえない。最悪、生命力を根こそぎ持って行かれたって、おかしくないのである。
「とにかく、扶桑はどうなってるんですかぁ!?」
そう叫んだところで、答えは返って来ない。
エリザベートはわたわたしながら、いつ切断するのかと見守っていた――。
卍卍卍
「扶桑が……傷が塞がっていく?」
意識を取り戻した
樹月 刀真(きづき・とうま)の眼に飛び込んできたのは、色を取り戻しつつある扶桑と、やつれながらも美しく微笑む
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)だった。
「よかった。刀真さんが目を覚まさなかったら……私……」
「本当に白花なのか? 白花、白花……!」
刀真は彼女をかきいだき、折ってしまいそうなくらい強く強く抱きしめた。
「しかし、どうやって……そうかコーラルネットワークか!
刀真は扶桑を見上げる。
扶桑の裂け目だけではなく、枝に先にまで、小さな光の結晶が流れているようである。
しかし、やがてそれも弱まり、蛍の光のように消えていった。
側では、
木花 開耶(このはな・さくや)と(SFL0003468)リース・バーロット、が
橘 柚子(たちばな・ゆず)たちに介抱されている。
開耶は力なく言葉を発した。
「すんまへんなあ。私だけが残ってお二人を救いたかったのに……私まで、助かってしもた……」
開耶は涙を流しながら何度も謝っている。
「しかも、また……別の方を犠牲にしてしまうとは……新たな巫女を……」
開耶の言葉に皆ようやく気がついた、
一時的に回復した扶桑に気を取られていたが、辺りをいくら探しても、
秋葉 つかさ(あきば・つかさ)たち三人の姿は見つからない。
刀真は愕然とした。
「つかさ、なんてことをしたんだ。お前がいなくなって、誰も悲しまないとでも思ったのか!?」
彼は傷ついた腕で地面を叩く。
人目もはばからず嗚咽していた。