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リアクション
第七章 奇襲作戦4
「火車の動力は霊力とか呪術といったもので、陰陽師が使役したとされる使役神のようなものだったらしいですぅ。しかし、今のマホロバで、これらを復活させるのは難しかも……」
百合園女学院メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が書庫から見つけたという、巻物を開いてみせた。
かなりの年代物で、ところどころかすれたり、虫食いの跡が見える。
「二千五百年前にあった技術が失われてるなんて、古王国シャンバラみたいね。もっとも、マホロバは平和すぎて鬼鎧を使わなくなったんだっけ?」
メイベルと共に資料をあさっていたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、ちょこんと首をかしげた。
「それっていいことだよね……本当は」
「マホロバが今まで通りだったらねぇ。瑞穂藩の藩主であり、エリュシオンの七龍騎士で『神』という人が攻めにきちゃったんだもの。騒いでも叫んでも仕方ないわあ。鬼鎧だけでも、研究を進めておきましょう」
「みなさんお疲れ様です。何か、分かりましたか」
タカモト・モーリ(たかもと・もーり)が赤ん坊を抱いてやってきた。
子供の名は毛利 輝元(もうり・てるもと)という。
「あぅ〜? あぅ〜?」
「あ……輝元、あまり皆さんの邪魔はしちゃダメよ?」
輝元はフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の足にすりより、抱えられると、彼女の胸をぱふぱふしていた。
「く、くすぐったいですわ。あ、そんなに掴んじゃいやですわ」
「これ輝元! ごめんなさい、いったい誰に似たのかしらね。鬼城の血は本当に……」
「いいんですわ。とても可愛いですもの。え、この方、まさかあの……?」
「はい……すみません」
タカモトは、輝元がマホロバの前将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)の血を引く子だといった。
「でも、托卵ではなかったので、この子は普通の子です。『天鬼神』の力はありません」
将軍家は代々、托卵という秘儀によって将軍継嗣の子をもうけていた。
しかし、輝元のように普通の男女の営みで生まれてくる子どももいる。
その子は『天鬼神』の力もなければ、将軍にもなれない。
「あの……どうしました?」と、タカモト。
「あまり考えたくないですが、廃嫡された鬼城家の血を引くものは、その代用足るのか?って……」
フィリッパの言葉にタカモトの顔色が変わる。
鬼鎧にとって起動するのに必要な『鬼の血』不足は以前から指摘されている。
これまでは、鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)の献血でまかなっていた部分もあるが、それも厳しいだろう。
「実は、私もそれを考えてました。鬼鎧が仕える主がいなくて戸惑っていることも」
タカモトは彼女たちを鬼鎧が収められている蔵に案内する。
そこで、卍 悠也(まんじ・ゆうや)たちに出会った。
彼らは、鬼鎧緋染羅刹とともにどこか行こうとしている、。
「悠也さん? 神楽さん、魔夜ちゃんも。どうしたんですか? これから出かけるんですか」
「……できれば、皆に会わないうちに別れたかったのに……ボクたち、ここを離れるんです。今までありがとう」
「え? どうして?」
悠也の言葉にタカモトは驚きを隠せない。
「ほら、兄様。やっぱり、鬼鎧の完全起動や改良など、まだまだ兄様にできる事はあるじゃないですか。幕府と袂をわかって研究する必要は……此処で続けるのではダメなのですか?」
卍 神楽(まんじ・かぐら)が悠也の羽織りの袖を引っ張るが、彼の決心は固い。
「鬼鎧は起動できたし、数もまだ五、六十機ぐらいだけどそれなりに揃ってきた。対空能力の問題とかもあるけれど、アメリカ軍や幕府の人たちに任せるべきだろうし。神楽、ボクが抜けても大丈夫そうだよ」
「そんな、今まですっと鬼鎧のことをやっていて……その貴方がいなくなれば、幕府も葦原も困ります」と、タカモト。
「でもね、今の幕府も、将軍さま以外の鬼城家も、そしてアメリカと関係のある葦原も……ボクには鬼や鬼鎧を道具にしているとしか思えない。これ以上、協力はできないよ」
悠也にも苦悩の様子が伺える。
誰よりも鬼鎧に一番近くにいた人物のいうことだけに、タカモトたちは言葉を失った。
黒妖 魔夜(こくよう・まや)が緋染羅刹からひょっこりを顔を出す。
「あれ、おにいちゃん行かないの? 家出するんでしょ? 魔夜も一緒にいくよ〜。今、鬼鎧動かすからね」
緋染羅刹が前進する。
悠也が頭を下げた。
「ごめんね。ボクはボクなりに研究を続けてみるよ」
「待ってください。それじゃあ、鬼鎧が使えなかったら、マホロバは……どうなるんですかぁ? ユグドラシルが扶桑に成り代わるなんていう人に、乗っ取られてしまいますよぉ!」
ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)は「世界樹と国家神と共に国は成り立つのだから、そのためにも扶桑を守って欲しい」といった。
「でもね、鬼鎧は『侍』なんだ。『兵士』じゃなくてね。だから『戦』は得意かもしれないけれど、『戦争』には不向きなんだと考えてる。戦争で必要な事は、末端は指揮者に従う事だからね。侍には不向きでしょ?」
悠也はじっと鬼鎧を見つめている輝元に気がついた。
確か、この子は貞継公の血を引いていたはずだ。
「キミもわかるのかな。鬼鎧の声が。なんていってる?」
「あぅ〜! あぅ〜!」
小さな赤ん坊の手に鬼鎧は無骨な指先を付けた。
「……! あれ、勝手に動いた!」
魔夜が緋染羅刹の中で動揺している。
「無理強いはできません…が、せめてこの子達が暮らすマホロバを守ってはくれませんか?」
タカモトは悠也たち――ではなく、鬼鎧に問いかけていた。
――ショーグン――
一瞬、そんな声が頭に響いた気がした。
「今、将軍っていいましたよねぇ?」
メイベルたちが顔を見合わせた。
悠也にもはっきり聞こえた気がする。
「将軍がどうしたんだい? ねえ!?」
しかし、鬼鎧はそれきり黙ってしまった。
悠也の鬼鎧へかける声だけが辺りに響いていた。